中央大や亜細亜大、沖縄県内の大学野球部などは11日、那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇で復興支援試合を開催。
被災地出身の選手や、沖縄出身でともに甲子園をわかせた亜細亜大の東浜巨投手、中央大の島袋洋奨投手らが、約8000人の観客とともに黙とうをささげた。
沖縄尚学高で選抜大会を制し、ことしのドラフト候補としても注目される東浜投手は、興南高を甲子園大会春夏連覇に導いた島袋投手と先発で対決。
昨年、福島県内で少年野球チームを指導したという島袋投手は「がれきの横でプレーしている少年は下を向いていなかった。逆に見習わなければいけない」と語り、
東浜投手は「当たり前に野球ができることが幸せなことだと感じられた1年だった」と振り返った。
沖縄の大学選抜と対戦した東海大は、東京電力福島第1原発の事故で、実家が警戒区域となった福島県楢葉町出身の赤間謙投手が先発。
赤間投手は被災地への思いを胸に「いま野球ができることに感謝して投げました」と感慨を語った。
入場料など収益は義援金として東北の三つの大学野球連盟に送られる。
届け、初勝利――。未曽有の被害をもたらした東日本大震災から11日で1年。復興支援試合としてプロ野球の日本代表―台湾代表が10日に行われ、日本は楽天・田中将大投手(23)が先発。2回1失点で、日本代表として8試合目で記念すべき初勝利を挙げた。
決して忘れてはならない3・11。復興支援の責務と日の丸の誇りを胸に熱投した背番号「18」のエース。09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)以来3年ぶりに編成され、今年から常設化された日本代表「侍ジャパン」が初陣を飾った。
1球ごとに大歓声がとどろく。マウンドの田中は背負うものの重さをかみしめていた。しかし、プレーボールから6球目。09年WBC台湾代表の2番・潘武雄(パンウーション)に外角高めの直球を左翼席最前列に運ばれた。振り向きざまに目を見張ると、頬がゆがんだ。
「この試合の意味を自分なりに考えてマウンドに上がりました。僕たちは東北に本拠を置くので強い思いがあった。だから悔しさしか残っていない。打ち取った当たりと思ったけれど、思ったより飛んでいた」
それでも、らしさは見せた。徐々に調子を上げて2回は最速147キロをマークし、台湾打線から計3本のバットをへし折った。魂の35球で、代表初勝利を手にした。
決して忘れてはならない3・11。復興支援の責務と日の丸の誇りを胸に熱投した背番号「18」のエース。09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)以来3年ぶりに編成され、今年から常設化された日本代表「侍ジャパン」が初陣を飾った。
1球ごとに大歓声がとどろく。マウンドの田中は背負うものの重さをかみしめていた。しかし、プレーボールから6球目。09年WBC台湾代表の2番・潘武雄(パンウーション)に外角高めの直球を左翼席最前列に運ばれた。振り向きざまに目を見張ると、頬がゆがんだ。
「この試合の意味を自分なりに考えてマウンドに上がりました。僕たちは東北に本拠を置くので強い思いがあった。だから悔しさしか残っていない。打ち取った当たりと思ったけれど、思ったより飛んでいた」
それでも、らしさは見せた。徐々に調子を上げて2回は最速147キロをマークし、台湾打線から計3本のバットをへし折った。魂の35球で、代表初勝利を手にした。
3.「忙しい人」は、納期意識がギリギリ。(納期寸前で作業にとりかかるので、その仕事のみに集中してしまう為に効率が悪い。)
「仕事ができる人」は、前倒し。(納期より随分前から作業に取り掛かるので、2つ以上の仕事を同時並行処理したりする効率の良い仕事の仕方ができる。)