中世往復書簡Ⅰ「エロイーズとアベラール」にみる愛の形 | PARISから遠く離れていても…

PARISから遠く離れていても…

わが心の故郷であるパリを廻って触発される数々の思い。
文学、美術、映画などの芸術や、最近では哲学についてのエッセイなども。
時々はタイル絵付けの仕事の様子についても記していきます。

 “普遍的な物語というものに魅かれる”

 

それは人類というものが誕生して以来

時代や国籍、職業を問わずに繰り返されてきた共通の記憶でもある。

 例えば男女の愛について―

文学の世界ではどれほど多くの小説がテーマとして取り上げてきたことか。

 私たちがその世界に触れ魅了されるのは

作家が創造した人物に自らを投影し感情移入できるからだろう。

 それならば<書簡集>はどうだろうか。

それが恋愛相手の男女による<往復書簡>だとしたら‼

より身近なものとして溢れる好奇心を抱きつつページを捲ることは間違いない。

少なくとも私にとってはそうだった。

今回、恋愛の本質について考えるために取り上げた一冊の書物はこちらである。

 

『アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙」

/畠中尚志訳

岩波文庫初版本 1939年発行

 

これは中世のフランス12世紀に実在した一組の男女

論理学者でありキリスト教神学者として哲学界に名声を轟かした男と

当時としては稀な才色兼備を兼ね備えた女の辿った運命について書かれたものだ。

 

 

 本書は第一書簡から第12書簡まであり、そのうち第一書簡だけがアベラールが1友人に宛てた「不幸の物語」と言われる自伝的な内容。第二~第五書簡は俗に<愛の書簡集>と呼ばれ2人が交互に書いたもの。また第六~最後の第十二書簡までがアベラールがエロイーズを導くいわゆる<教導の書簡>と呼ばれるもの。以上の部分から構成されている。

 

聖職者や修道女となった身に

恋愛はやはり許されざるべきものなのか?

 

 それが精神的なものに限られるのは当然としても、私が言うのはつまり、心の中で密かに相手に欲望を抱くことも許されないのかということで、それが今回の私の最大の問いかけである。

2人の立場を充分に考慮しつつも私自身が女性であることからエロイーズの気持ちに沿うものとなったかもしれないが、それは大目に見て頂くこととしよう。

 

 

まずはこの往復書簡の基となる2人の事情というものを抜きには語れないので紹介しておこう。

(要約)アベラールは師をも凌ぐ実力と人々からの称賛を得ていた中で、あるとき聖堂参事会員の姪のエロイーズという少女を見初めた。彼女と近付きになりたいと切望した彼は、信用を勝ち得ていた彼女の叔父フュルベールの家へ下宿しつつ彼女の教育係も兼ねることとなった。ほどなくして2人は師弟関係を越え男女としての愛を交わすようになる。やがて彼女は身ごもり密かに彼の故郷の妹の所で男の子を産んだ。それがフュルベールに知れ裏切られた怒りは激しいものであったが、アベラールは償いのためにエロイーズとの正式な結婚を申し出て事は一見落着したように見えたが…。

 

 今回は小説や映画紹介と違ってネタバレ的なものよりも、むしろその言葉の裏に秘められた思いや感情というものに焦点を当てることのほうが重要だと思われるので、実話の全貌は最初に明らかにしておく。実際、第十二書簡まであるうちの第一書簡で事の全てはアベラールにより明かされているのだから。

 

(要約)ところがエロイーズは喜ぶどころか当時の哲学者というものの立場を踏まえて結婚には反対した。それでも結局は彼の言葉に従い2人はパリで人目を避けて生活をした。しかし、叔父フュルベールの恨みは実のところ収まることなく恥の仕返しをしようとして、それに抗議した彼女を虐待して苦しめた。彼女を守るためにアベラールはアルジャントゥイユの修道女院に彼女を移した。それがまた逆に彼女を厄介払いするためのものだという誤解を生み、フュルベールはとうとう仲間と陰謀を企てた末に、ある夜アベラールの寝込みを襲い彼の男としての部分を切断させたのである。肉体的苦痛より精神的屈辱を負った彼はサン・ドニの修道院の囲いの中へ逃避した。

かねてよりアベラールの哲学者としての勢いは師たちからの反感や嫉妬の的となっていたが、その後に書いた神学上の論文が異端だと騒がれたのを機に抹殺し迫害しようとする傾向が高まっていった。身内の修道院の者たちからのそれは最も危険で命の危険に怯える中での生活が続く毎日であった。

 以上が全貌である。

 

 さて先へ進む前に一つ大事なことに触れておかねばならない。

 それはこうした実話、それもかなり古い時代の文献にありがちな真偽に関する問題点についてである。

 事実この往復書簡についても散々取沙汰されたようで、書くからにはできる限り検証する必要性を感じた。そのための資料として信用できるものを手元に置き確認しながらの作業となった。

 

 用意したのは次の2冊の書物である。

『エロイーズとアベラールものではなく言葉を』マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ著 

/白崎容子 石岡ひろみ 伊藤博明 訳 (法政大学出版局)

 『アベラールとエロイーズ』 エチエンヌ・ジルソン著 /中村弓子 訳 (みすず書店)

 

 

 それぞれが修道院へ遁世してからその後

長い間2人は連絡を取り合わず仕舞いだった。

修道請願を立てた彼女からは立場上無理としても

彼が彼女を修道院へ送り込んだ訳であり

修道院長の位まで上りつめたアベラールにとって

訪問や手紙を書くことぐらいは出来たはずだ。

 

 

 第二書簡においては、偶然に彼が友人に宛てた第一書簡を手に入れ読んだエロイーズがアベラールの不幸とその迫害の身を気遣いながらも、自分をなおざりにした理由を切々と訴える。

 唯一つおっしゃって下さい(中略)もしお出来になりますならば。お出来にならなければ私が私の感ずるところを、いいえ、すべての全ての人々が取沙汰しているところをもうしあげましょう。あなたが私に結んだのは友情ではなく色情であり、愛ではなく激しい情欲です。ですから、あなたの欲望が止んだ現在、その欲望の故にあなたのお示しになったあらゆる感情も、同時に消え去ってしまったのです (注*下線部分による強調は私自身によるもの)

 若き女修道院長の身でありながらもよくぞここまで言い切ったものと感心するが、精神と肉体共に深い絆で結ばれた過去ゆえの自信があってこそ言えるものではないのか。彼への問いかけに見えながら自分をもっと労わってほしいと甘える女心が垣間見える一方で、そうすることで自身の立場としての正当な要求を彼から引き出そうとする意図も感じられなくはない。

 

妻という名称はより神聖により健全に聞こえるかも知れませんが、私にとっては、常に愛人という名前の方がもっと甘美だったのです (注*本文では、よりの部分に傍点付き)

 

 この驚きの言葉も彼女がすでに読んだアベラールの第一書簡にて彼自身が自ら語っていたことであり、「彼女は結婚という鎖で無理やり彼女にしばりつけるのでなく、ただただ愛情によって彼女のものにしておきたかったのである」と彼自身は理解しているものなのだが。

 

 第三書簡ではアベラールが彼女へ、なおざりにしたのでなく寧ろ彼女を深く信頼していたためだと弁明し、もし今後自分の励ましや慰めが必要ならば、手紙でそれに応えようと約束する。

 しかし第二書簡でエロイーズが激しく自身の気持ちを吐露する調子に比べ随分冷静で、もちろん彼女の例の訴えに直接的に応えるわけでもなく、さらっとかわしつつ聖書の言葉を参考にするように誘導する態度とはなんなのか理解し難い。

 

 これは一般的に言う男女の違いによるものなのか。

それともやはり男性機能を喪失したことによる反応なのか。

エロイーズが言うように、欲望が止んだ結果として

その欲望故に存在していた彼女に対するあらゆる感情も

同時に消え去ってしまった結果なのだろうか。 

 

 古代キリスト教最大の神学者であるアレキサンドリアのオリゲネスも、女たちへ聖書教育を施そうとするにつけ、性欲を絶ち疑惑を除去するために、自らの身体に手を下したというがその効果はそれほど顕著に表れるものなのか。

 ただ一つはっきりしているのはアベラール自身がこの時点では、身体の毀損よりも名声の損失の方をもっと苦痛に感じていたことが大きいということである。

 

 それに関してぜひ一つ触れておかねばならないことがある。

それはこの時代の哲学者というものについての捉え方だ。

 

 ずっと以前から生活の何らかの優秀さによって他に勝るとみられる人々は知恵者(賢者)と呼ばれていた。これは哲学者のことを指し、異教徒(ユダヤ人)であろうと真に修道士の名に値する人々が神への愛故に行うのと同様なことを哲学への愛のために実行した。哲学研究の妨げになること、結婚とか富などの世俗的配慮に巻き込まれないよう、世間から逃れ一切の快楽を自分に拒んだのだ。

 

 皆様は先に、身籠ったエロイーズが正式な結婚というものに反対したという部分で不思議に思われたかもしれないが、アベラールの立場を重んじ結婚が彼にもたらす不名誉や、人々からの誹謗などを考えてのことだったのである。<自然が万人のためにと創った私>とエロイーズに言わせたほどにアベラールの哲学者としての地位と名誉は絶大なものだったことがこの言葉からも伺える。

 

 ここまでで、2人のそれぞれの立場や相手に対する思いというものが大分見えてきたような気がする。エロイーズがどんなにか彼を師として尊敬し男性として愛し、2人の関係を大切にしていこうとしていたかが浮き彫りにされたように思う。

 

 

赤薔薇続く第四書簡のエロイーズからアベラールへの返事は

古来女性の書き得た最も激しい愛の言葉に満ちていると言われているが

それはどんなものだったのか?

 

その続きはまた次回へ

ぜひお見逃しなく!!

 

 

 

よろしくお願いします

下矢印

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