中編「19区の104 CENTQUATREへ現代アートを観に行かない?」 | PARISから遠く離れていても…/サント・ボームの洞窟より

PARISから遠く離れていても…/サント・ボームの洞窟より

わが心の故郷であるパリを廻って触発される数々の思い。
文学、美術、映画などの芸術、最近は哲学についてのエッセイも。
たまにタイル絵付けの様子についても記していきます。

  行きの空港からの送迎では、彼のほうが先に降りた。テルの裏にある駐車場だったと思う。普通はホテルの入り口に横付けするのだろうが、その通りが驚くほど道幅が狭いため一方通行で邪魔になるせいだろうか。そのため彼が降りた先に向かったホテルがどこなのか私は目視していない。   

すでに話したように最初の数日間を私は14区のシャンブル・ドットで過ごす手はずになっていたし、さっき階段でバッタリ顔を合わせなかったら互いに同じホテルに泊まっていたとは知る由もなかったろう。

 ある意味で同じ釜の飯を何日か食ったという親近感のようなものが急速に2人の距離を縮めていったのかもしれない。それとも単なる旅先での開放感と好奇心のなせる業? 

  ところで彼だったらもしかして…と、近くのカフェに移動するわずかな距離と時間の間に私の頭に閃いたある考えとは?  

 

 

 注文のコーヒーが運ばれて来るまでは互いに軽い雑談を、またコーヒーを片手にしばらくの間は彼の話が中心になった。彼は寿司職人の2代目だそうで、仕事を休んで今回の旅を実行するまでの経緯やこちらで食べた寿司やフランス料理の味について感想を述べた。近い将来こちらでお店を開きたいと思っているようだった。私は聞き役に徹しながらもその間相手の様子をそれとなく観察していた。  

  体格はどちらかといえばよいほうだし…高校時代は柔道部の主将をやっていたとたった今聞いたばかりなので尚更都合がよさそうだ。  

 

  「自分の話しばかりしちゃいましてすみません。ところで行きたい場所があるって言ってましたね」  

 

 さあ、今度はこちらが彼に提案する番だ。  

 「サンキャトルっていう場所なんですけど…」彼の表情を見ながら先を続ける。 「104と数字で書いて、フランス語ではそう発音します」  

 「なるほど。フランス語はさっぱりで…ああ、英語も変らないか」  

 

  頭を掻きながら答える姿に、正直な人だなあと思った。  

 

 それで、どんな所なんですか」  

 

  彼は興味があるだろうか。できればそうであってほしい。そのほうがスムーズにいきそうだから。  

 

  「アートはお好きですか?」  

 

 「ルーブル美術館に昨日と一昨日の2日間、駆け足で行ってきました。ごく普通に観る程度です。せっかくパリに来たんで、ほらホテルと目と鼻の先だし」  

 

  よかった。それなら大丈夫かも。  

 

  「19区に2008年にOPENしたアートスペース的な場所なんです。     ギャラリーの催しだけでなく何でも若手芸術家たちのアトリエや宿泊場所も兼ねていて、その制作現場も見られると言う…」  

 

  「現代芸術ですかー。19区という場所にもそんなスポットがあるんですね」  

 

  「ええ。実はそこはパリ市営の葬儀場として19世紀から使われていた場所で、調べたら1998年には閉鎖され、その後にその建物をそのまま利用したものだそうで」  

 

  「へぇー、葬儀場とはね、それは何か面白そうですね。観てみたいなその建物をぜひ」  

 

  彼のその言葉が私に拍車を掛けた。それに今度は私から誘う番だろう。   まさに切り出そうとしたそのタイミングで彼のほうが一歩リードした。


  「 もしよかったら、僕も一緒に付いて行っていいですか」  

 

  ナイスタイミング!というべきか。私のほうから言い出すまでもなく…。  

 

  願ったり叶ったりとはこういうことをいうのだろう。  

 

 

 

                        クローバー

 

 Palais Royal Musée du Louvre駅からメトロで向かうことにする。  7号線の終点La Courneuve-8 Mai 1945方面の電車に乗って。

 これだと目的地のRiquetまで乗り換えなしの直通で行けるからだ。

 一つ手前のStalingradで降りてもいいのだが乗換えが幾つかある大きな駅のようだし、地図で確認するとそのほうがわかりやすそうに思えたので。

 

  7号線は次のPyramides、そしてOpéraを過ぎるとほとんど垂直に右岸を北東部の先まで走り抜けてゆく路線だ。

 

 車中、彼の提案で今日これから一緒にいる間はお互いをニックネームで呼び合うことに決めた。彼はヒロさんで私はアミさんに決定した。 

 Grands Boulevardsあたりを過ぎGare de l'Est10区に近づくにつれ、メトロの乗客の肌の色は段々濃くなっていく。 

  私は緊張感で全身が強張っていくのを感じつつ、これから向かう場所について想像を巡らした。

 

  パリ郊外団地    Photograph by Arnau Bach For The New Yorker

 


  パリ19区といえば一般的な旅行者はおそらく足を延ばさないだろう。   

  いわゆる観光スポットといえる場所も後述するラ・ヴィレットを除いてほとんど見当たらない。それに北東部は、パリ20区の中でも一番治安が良くないといわれているのだ。周縁部に向かうほど移民率が高くなり、パリ市都市政策の影響で低所得者向け住宅、いわゆる団地が密集する地域である。(※これらの集合、住宅に住む貧しい社会的少数者グループの若者たちが問題になっている)

 今から約30年前の1986年にパリ大改造計画の一環によりラ・ヴィレット(科学・産業シティ)が誕生する以前は、麻薬密売人がうろうろし、今では青少年らの不良集団による傷害事件や半社会組織が集まるともいわれている場所なのだ。特にアジア系はその中でもターゲットとして狙われることも多いと聞く。

 でもサン・マルタン運河沿いの眺めやベルヴィルの丘の公園など独特の味わいのある風景も決して19区にないわけではない。

 私も一人ではなかったけどそれらの場所に立ち寄ったこともあるし(すぐに戻ってきてしまったが)、その場所の雰囲気というものもある程度は覚えてはいる。

 北東部というのがどの辺りを総称していうのかわからないが、今回の104のある地区は、なんとなく微妙~な雰囲気に私には思えたのだった。

  もう読者の方にはお分かりだと思うが、私はそのような場所にある104に興味を惹かれながらも一人でいくことに躊躇いを覚えていた。 

 彼だったらもしかして…と私の頭に閃いたある考えとは、一緒に付いて行ってくれるように頼もうかというものだった。

 先程、彼に先を越されてしまったけど、用意した台詞は次のようなものだった。

 「よかったら私のボディガードになっていただけませんか」


 
 

                       (後編へと続く)



★皆様へ   

このページを読んで下さった方達でまだ前編をお読みでない方は、

 

ぜひそちらも読んで頂ければと願っています。

 

(できれば前編から通してお読み頂けると嬉しいのですが…)


 


 ベルベルベル

※予定では前編、後編の2回で終わる予定でしたが、予想外に長くなり文字制限をオーバーしてしまいましたので、やむを得ず中篇を入れさせて頂きました。

後編も追って更新する予定ですので、ぜひ続けてお読み頂ければと思います!!