(※中篇とこちらの後編を同日に更新しています。中篇から先にお読み下さい)
「アミさん、どうかしましたか?急に黙りこんじゃって、気分でも何か…」
緊張感で強張った身体はやはり表情にも表れていたのだろうか。
最後のヨロシクねに、ほんの少しだけ力を込めた。
Riquetの駅に着いたのは11時をまわっていたと思う。
駅周辺は寂れた雰囲気ではあったが、特に危険という雰囲気は感じられず、メトロの出口を出てすぐの通りでは小規模だが朝市をやっていた。
朝早くに店を開けおそらく午前中で店仕舞いをする店が多いのだろう。
数件の店だけが細々とやっているように見受けられた。
無造作に床に並べられた品物、壷や人形、イミテーションのアクセサリー、子供の服にブリキの玩具類、要するにガラクタの山としか思えない品物を、二人で面白半分に冷やかしたりした。
ヒロさんの申し出で、私たちは朝市をバックにお互いのカメラで相手を一枚ずつ撮り合った。
その後に104の建物へと向かった。一本道で徒歩5分ぐらいの道程だった。
19区にあるStalingrad駅。ここから歩いてもいいのだが…
私が降りたのは7号線で1つ先のRiquet(リケ)駅。写真無し
104の全景。ちなみにこの104(サンキャトル)という名前はここの住所の番地からとられた
本文の中でも紹介したが、ここは19世紀からパリ市営の葬儀場として使われていたところ
(1998年閉鎖)21世紀に都市再構築計画の一環として改造された
催しは何も現代芸術やアートだけに限らない
ここは2008年に、 「アーティストと観客のための多目的文化センター」としてopenした
コンサート、ダンスパーティ、講演会など随時さまざまなイベントが公開されている
メインは2つのガラス張りの屋根(パサージュを思わせる)のある大きなホール。
入り口からすぐ入ったところでは「四角形のメリーゴーランド」というアートが展示されていた
入場は無料である (※2011年5月当時)
廃材を組み合わせて作ったと思われる奇抜なデザイン。まさに現代アートという感じ
もう一つのホールはコンサートをやっているようで入れなかった。
(※催しによっては有料の場合も)
こちらはホールとホールの間をつなぐスぺース。太極拳をやっている人々が集まっていた
私のいちばん興味のあった芸術家たちのアトリエ見学はできなかったが、キョロキョロと
あたりを見回していた私たち2人見て、どこかのマダムが親切に会場内を案内してくれた
104 rue d'Aubervilliers 75019 Paris ( 2、5、7号線Crimée駅またはStalingrad駅下車)
104を観終わった私個人の感想は、やはりパリという街、フランスという国は今更言うまでもないことだが、芸術や文化に対しては懐が深いのだな~ということだった。
芸術の都という名に相応しく、国の威信をかけてそれを保護し育成しようとする姿勢は、入場無料(特別なコンサートなどの催しは別として)というとてもわかりやすいカタチがそれを物語っている。
エピローグ
104を後にした私たちは再び下車した駅Riquetへ向かった。
時間は午後2時近くだったろうか。道すがら、私は彼にお礼の言葉を言った。
有難うございましたではなく、助かりましたという言葉にせいいっぱいの感謝の意味を込めて。たぶん彼は私が意図したその辺のニュアンスに気が付かないかもしれないが。
「いや、こっちこそ勝手に付いてきちゃって。半日ですがアミさんと一緒に過ごさせて頂いてとてもいい思い出ができそうです」
危険な思いに合わずに済んだのは,たまたまそれが真っ昼間のせいであったからかもしれないし、単に運がよかっただけなのかもしれない。危険は何もパリ北東部の専売特許ではなく、実はどこにだって潜んでいるのだ。華やかなパリ中心部にも、16区の高級住宅街にだって。
でも何といっても一番は、ヒロさんという頼りになるボディガードが傍らにいたからだと思っている。
駅の入り口が見えてきた。
「僕はもう真っ直ぐにホテルへ戻らなきゃならない時間ですが、アミさんはこの後どちらへ向かわれる予定ですか」と腕時計に目をやりながらヒロさんが尋ねた。
「アベスへ行ってみようかと。モンマルトルの下町方面へ」
「確か何か映画の舞台で。ええと…アメリでしたっけ?」
「ええ。それもですけど、アベス駅前の広場にあるジュ・テームの壁をまず観たいんです。いろいろな言語で書かれているジュ・テームを」
「いいなあ。ロマンチックですね。僕はまた次の機会にぜひ」
彼は来た時と同じように7号線を逆方向へと戻る形だが、私はアベスに行くためには7号線を次のStalingradで12号線に乗り換え、さらにPigalleで乗り換える必要がある。つまり一緒なのは次の駅までというわけだ。
詳しい説明をする間もなく、私たちは間もなくやって来た電車に乗り込んだ。すぐに私は彼に次で乗り換えると告げた。
「ああ、そうなんですねー」
感傷に浸る間もないほどの時間が殺風景な車外の流れと共に過ぎ去っていく。おそらく2分。いや1分と少し…。
車内の灯りは暗かったので互いの細かな表情までは確認できなかったが、私は微笑もうと心がけた。彼のほうも同じだったかもしれない。
Stalingrad駅の構内へ入ったのか、電車が速度を落とし徐行し始めた。
どちらから握手の手を差し出したのかは正直覚えていない。
私にとって最初でおそらく最後になるはずの、力強く柔らかい手の温もりを感じた。きっとまるごと彼の人柄そのもののような。
ドアが開けられ他に降りる乗客らと共に私はホームへ滑り降りた。
振り向くと同時にドアが閉まり、ドアのすぐ向こうでヒロさんが微笑みながら立ち、力いっぱい手を振っていた。
――さよなら、ヒロさん。マイボディガード。
私も電車の姿が視界から見えなくなるまで手を振り続けた。
現在、私のパソコンのマイピクチャーに保存されているこの時の記念写真には私のものはない。ヒロさんが写っている写真がたった1枚残されているだけだ。それはヒロさんの場合も全く同様で、私が写ったものが1枚きっと手元にあるはずだ。
★皆様へ。最後までお読み頂きありがとうございました。
このページを読んで下さった方々でまだ前編&中篇をお読みでない方は
ぜひそちらも読んで頂ければと願っています。(できれば前編から通してお読み頂けると嬉しいのですが…)
よければ、感想を一言でもお願いできればと思っています…。