フランス, アルザスワイン365日記 -98ページ目

フランス, アルザスワイン365日記

フランス、アルザス在住言語学博士
★アルザス生活の中の日々の徒然
★アルザスワイン、ワイナリーに関する記事を執筆中

 
フランスにいながら結構日本のテレビやニュースも観ている。
 
私にとって今や日本が「外国」のような、おとぎの国のような時もある。
 
テレビなどでは新型コロナウイルスのこともそうだが、2020年で活動休止する嵐のニュースも多い。こんな(予想もしなかった)ご時世で、明るく元気にしてくれていた嵐の姿が見られなくなるのはちょっと悲しい。海外に居ながらも、いろんな嵐を見てきた。
 
嵐は多くの人に愛された国民的アイドルだ。
 
 
そして嵐の冠番組が2本4時間生放送された実は…よく日本のテレビも観ているのだがこの2番組もしっかりインターネットで観ていた。
今日はそんな色々観て来た嵐について…分析的な部分と個人的見解を含めて書いてみたい。年末のただの変な嵐に関する考察だと思って読んでもらえればと思う。
 
以前三浦春馬君のことを書いた時も、いろんな動画を観たり、いろんな記事を見たりして思ったことを綴ったのだが、とんでもないことになってしまった。
今回も、本当にあくまでも私が今まで観てきた嵐の番組や、嵐、そして嵐に関するニュースなどを通してただただ徒然書いている。
 
間違っていると思われる見解もあるだろうし、これは、仮説もなにもない、ただただずっと論文の合間や論文を書きながら観ていた嵐の番組で、嵐に癒されてきた私の勝手な嵐に関する考察だ。なんの根拠もないし、ただテレビという画面を通してしか観たことがない彼らのことを、ただただ綴ってみた。
 
因みに嵐ファンなのかと言われれば、世の中の人たちと同じくらいに嵐が好きだ。ジャニオタではないかもしれないが、ジャニーズアイドル好き、とも言えるが、私がコンサートにまで行ったのはSMAPだった…。そして、なぜかSMAPの方々とは仕事や街中など色んなところで何度か遭遇する機会もあったが、嵐は誰にも遭遇したこともない、本当にテレビの中の人たちなのだ。
 
だから、テレビという画面越しに見てきたことだけで、勝手気ままに綴ってみた。

嵐は画面の中の癒しでもあった。

そんな嵐がもう暫く見られないなんてちょっと寂しい…。


ちょっとニノを中心に書いているので、偏った意見かもしれない…。
 
 
【ジャニーズと言うアイドル集団】
 
ジャニーズと言う日本の特殊男性アイドル事務所は、本当に凄いなあと思いつつ、色んな歴史を作って来たアイドルが多くいる。
 
嵐は確かに国民的アイドルだが、私はそう言う意味ではSMAPの方が凄いアイドルだったのではないかと思う時もある。というか嵐は国民的アイドルだけど、SMAPの方が国民的スターという印象もある。
 
ただオトナの事情でSMAPのその解散があまりにも唐突で、そして何もそこに残すことができない、切ない終わり方になってしまった。もしもSMAPがもっとスマートに解散となっていたら、もしかしたら、多くの特別番組が放送され、多くの歌番組に特殊や特別企画があっただろう。
 
解散は、何かしらグループ内、もしくは事務所との問題があって起こることが多いだろうし、グループ内で皆んなが仲良く終わると言うことも少ないだろう。また人気絶頂の中で仲違いしていないのに解散する例も少ないだろう。
 
色んな意味で嵐は特別で特殊なグループなのかもしれない。
 
ジャニーズのグループで、誰1人抜けることなく最初から最後まで同じ人数だったグループも、最近では珍しいのかもしれない。なんて言うニュースも見たりしたが、実は意外にデビューからはずっと同じメンバーと言うジャニーズグループはいる気がする。
 
嵐の先輩のKinKi KidsもV6はずっと一緒だし、解散もしていない…でも何故かあまり話に出て来ていない気がする…。キスマイも、ジャニーズWestも、ABC-Zも、誰も脱退していない気がする。
 
けれどその横で、SMAPも元々6人だったし、今はある意味バラバラになってしまったし、それ以外にも休業なども含め、TOKIOも少なっていき、KAT-TUNなんて皆の頭文字を取った名前なのに6人から半分になってしまった。NEWSもすごく多かったのに、今では3人になってしまった・・・。そういうニュースは流れるので、今では最近ジャニーズグループの脱退などが多かったという印象になってしまっている気もする。そんな中更に嵐の仲の良さが際立たのだろう…。
 
それに嵐は仲の良さが有名なグループでもあった。このご時世にはSMAPみたいなキラキラしたスター的なアイドルよりも、皆んな仲良く、少し自分たちの近くにいるようなそんなアイドルが、人気の要素だったのかもしれない。
 
それにしても、嵐と言うのはその中でも特殊だなと思った。それはその仲の良さもそうだが、仲が良いから故に、そしてファンを大切にするが故に至った彼らの休止という決断とその流れも、かなり特殊なケースだと思った。
 
 
【嵐の休止と言う決断】
 
嵐は2年前に2020年を持って休止宣言をした。
 
休止…であって解散じゃない。
ある意味たかが休止(敢えて「たかが」という言い方をさせてもらおう、だって解散ではなく、いつか戻ってくるのだから。これが最後ではないのだから。休止とはそう言う意味だと私は思いたい。)なのに、こんな特別に扱われるなんて、とも思うのだ。

しかしそれほどまでに彼らは国民的アイドルだし、それくらいの影響力があると言うのは間違いない。
 
けれど今までにどこのグループが休止宣言までに2年もの猶予を残しただろうか。これもかなり稀なケースだ。今までにも多くのバンドやグループなどが期限付きの活動休止や、無期限活動休止などあったと思う。けれど、その告知はある程度急なことか、長くても「年内をもって・・・」というケースがほとんどだと思う。休止宣言から2年もの時間があるグループなんて今までにあっただろうか・・・。
 
それはメンバーのことを1番に考え、そしてファンのことを1番に考えたからこそ、今回のような猶予を持っての休止と言う形になったのだろう。もちろん、その先に決まっていた予定なども考慮してのことだと思う。それでもかなりオトナな対応だったと思う。
 
嵐は嵐皆んながメンバーの事が好きで、お互いを尊重している。だからこそ出した答えが休止だった。
ニュースなどでは大野くんが活動を辞めたいと言うところから今回の休止の話が始まっているようだ。嵐が大好きな嵐にとって、きっと誰もが解散とか、誰かが嵐を脱退するとか考えていなかった事だろう。
 
そして誰かが抜けたら嵐では無くなってしまうと思ったに違いない。
 
他のジャニーズのグループのように、誰かが抜けても、そのまま活動するなんて考えられないグループだっただろう。
 
SMAPだって、最初6人で、冠番組が始まって、さあこれから!という頃に森君が脱退し、ある意味それもSMAPのパワーバランスのようなものがそこでちょっと崩れてしまったような感じもした。【6人だったSMAPは3人がドラマ班、3人がバラエテイ―班みたいな立ち位置もあり、3対3でうまくバランスが取れていたところもある。】けれどその後のSMAPの活躍も、国民的スターになったことも含め、一人抜けた後も活躍し続けた。
 
 
嵐はあの5人だからこその良いバランスが取れており、そして、あの5人のパワーバランスというか、役割もきちんとしていた。だからこそ5人があれだけ仲良くいられたのだと思う。そして、5人だからこそ、ここまでやってこれたのだと思う。
 
だからこそ、5人の意見を尊重し、そして、5人でなければ嵐でないという嵐の想いは2年の猶予を持って休止という決断を下したのだろう。
 
 
【嵐の冠番組】
 
そんな嵐の休止前、年末に嵐の冠番組の最終回として特番が放送された。
 
 
嵐の冠番組2つがどちらも4時間生放送という形で放送されたが、『vs嵐』よりも『嵐にしやがれ』の方に軍配が上がっていたような記事だった。けれど、それもなんとなく分かる気がする。
 
嵐の冠番組を最初に持ったのは日テレだったからだ。1999年のデビューから、2001年10月3日、初の単独レギュラー番組『真夜中の嵐』が放送開始。された。ここから、続いて日本テレビ系で「Cの嵐!」「Dの嵐!」「Gの嵐!」「嵐の宿題くん」の深夜番組シリーズが放送された。

このアイドルなのに深夜での放送枠で、かなりとんでもない事をしてきた(させられた?)嵐はバラエテイ―力なども培われていったのではないかと思う。この頃恐らく今のような国民的アイドルではなかったので、かなりとんでもないことばかりさせられていた。
 
アイドルもただカッコいいから、SMAPあたりから、バラエテイーやお笑い系のコントなどもさせられるようになってきたと思うが、身体を張って色々させられ始めたのは嵐からかもしれない。
 
『Cの嵐!』は「クレームの嵐」の略で、役所や企業のクレーム処理を代行するという番組で、その後『Cの嵐!』が改編し『Dの嵐!』が放送開始された。これは「ドキュメントの嵐」の略で、記者に扮したメンバーが取材や実験をするという内容だ。そして、さらに『Dの嵐!』が改編し『Gの嵐!』が放送開始。「G」は「がんばれ!」の意で応援団に扮したメンバーが困っている人のもとへ実際に応援しに行くという、バラエテイ―というよりは、『電波少年』などを彷彿される、ロケ番組とでも言うか、一般人の人とと絡む番組が多かった。

そしてGの嵐!が改編し『嵐の宿題くん』が放送開始。これはスタジオでゲストと共に過ごすバラエテイー番組だった。
 
どれも深夜枠であったためにかなり色々な事が出来た時間帯だったと思う。
 
そして・・・嵐が10周年のころはすっかり大人気のアイドルになっていた。けれど、そこまで行くのに、約10年かかっており、それまでに夜中の時間帯にかなり様々な身体を張ったロケや実験などを経験してきている。これが今の嵐の原形なのだろうかと思う。
 
だからこそ、彼らは国民的スターというよりも、国民的アイドルというのが合っているような気がする。
 
 
嵐は『1999年バレーボールワールドカップ』のイメージキャラクターとして結成されたグループでもあり、その放送をしていたフジテレビの影響力は大きい。もちろんVS嵐の前にも、嵐の冠番組があった。ただし、嵐という名前を入れつつ、番組の名前を変えながら、時間を変えながら、ずっと嵐の冠番組を持っていたのは日テレだったと言える。
 
もちろん、他の局でもVS嵐の前にも『嵐の技ありッ!』(2004年4月3日 - 2005年3月26日、フジテレビ)『まごまご嵐』(2005年4月9日 - 2007年10月6日、フジテレビ)なんてバラエテイ―系の番組があって、いろんなご家庭の孫になったりしていた。まさに一般人と近い存在のアイドルだった。

そして話がそれるが、別局だったが、確か嵐は全員チャイルドマインダーの資格までも取得している。だからこそ、子供からお年寄りまで、全国のアイドルという地位を確立したのではないだろうか。

そういう意味ではフジテレビや他局での番組も嵐のロケの対応力やバラエテイ―力には一役買っているとは思う。
 
ひと昔前はバラエテイ―はフジテレビという印象も多かったが、それはやはりお笑いの力が強かった気がする。「ひょうきん族」などの芸人によりお笑い系バラエテイ―はフジテレビだが、どこかに行って何か飛んでもないことをしでかすというスタンスは日テレが強いのではないだろうか・・・。

それは電波少年から始まり、イッテQのような・・・そういう番組作りは日テレの方が上手いのではないだろうか。
 
だから、実際のところ、最初に嵐の冠番組を持たせてくれたのは日テレであり、夜中の変な時間帯に、嵐というアイドルグループに電波少年のような要素を入れたハチャメチャなロケ番組?バラエテイ―番組が制作された。

嵐のバラエテイ―対応力はあのはちゃめちゃなバラエテイ―が得意とする日テレのお陰だと言えるだろう。お笑いの人たちとの絡みも上手い。

そして、その嵐の成長を最初の冠番組からずっと見続けてきたのが日テレで、だからこそ、最期の特番は『嵐にしやがれ』の最終回というよりは、日テレによる嵐の冠番組の終了ということだったようにも思う。
 
放送期間的には『vs嵐』も『嵐にしやがれ』も同じくらいだったのかもしれないが、その全番組なども含めると嵐のことをよく理解して嵐の事を思っていたのは日テレの方がちょっとだけ上だったのかもしれない。
 
 
【嵐の役割分担】
 
そんな嵐は仲が良いグループとしても有名だが、一人一人の役割分担がきちんとされているグループだからこそ、仲良くできているグループだという印象がある。

例えば普通なら、グループ内でも人気に差があったり、仕事量も各個人で異なる事がある。その場合たとえ同じグループでもライバル心がでてくるだろうし、それも不仲になる要因の一つだと思う。
 
また、年齢の違いもグループ内でのパワーバランスや仲の良さに関係するのではないだろうか。嵐は先ず年齢差が少ないグループでもあった。

大野君が一番上で現在40歳だが、デビュー当初は19歳、櫻井君が18歳(学年1つ下)そして相葉君が17歳、ニノと松潤が16歳で3歳差だった。
 
リーダーは大野君だが、これもよく書かれているがじゃんけんで決まった。一番上だからリーダーではなく、本人は櫻井君にリーダーをと思っていたのもよく分かる。確かにグループをまとめているのは櫻井君だし、リーダーは「リーダーらしいことはなにもしてくれない。」なんて相葉君が24時間テレビで言っていたりもした。
 
けれど、それが逆に良かったようにも思うし、それも嵐が仲良い要素の一つだと思う。マイペースなリーダーがいて、まとめてくれるのは櫻井君でその後に3人がいる。
 
家族構成で言うと、穏やかなお父さんが大野君で、しっかりもののお母さんが櫻井君で、その下にちょっと天然な長男の相葉君がいて、真ん中ぽいちょっとお調子者の次男ニノがいて、そしてしっかりもののできちんとしている、三男松潤がいる。
 
一番下が一番しっかりして、コンサートの演出なんかもしているが、一番年下であるからこそ、ある程度周りにも気を使うだろうし、一番上がのほほんとしているから、一番下も敬語を使ったりする必要はない空気感を作り出しているんだろうと思うし、大きな上下関係の無い良い仲間としていられるんだと思う。
 
ここで少し気になっているのが各メンバーの呼び方だ。
 
●大野君
大野君はみんなが「大野君」、もしくは「リーダー」なんて呼んでいたりする。
しかし、櫻井君は大野君を「智くん(ただし、なぜかイントネーションが独特だ)」と呼ぶ。ここである意味大野君と櫻井君の関係性がイコールな感じにも感じるのだ。
そして、番組内などではニノは「大野さん」なんて呼んでいることがある。 
 
●櫻井君
櫻井君は「翔ちゃん」「翔くん」が多いが、年上組の大野くんと相葉くんは「翔ちゃん」、年下組は「翔君」と呼んでいる気がする。
例えば松潤が「翔ちゃん」と言っているのはあまり聞かない気がする。ここは年齢のせいか「櫻井君」なのかな?と感じたことがある。

また、やっぱりニノが「翔さん」と「さん付け」で呼ぶことがあると思う事がある。けれど、もちろん普通に呼んでいる時は「翔君」の時もある。番組内で使い分けたりすることがあるし、本当にお互いを呼ぶ時は又違う事があるんだろう。
 
●相葉君
相葉君は「相葉君」か「相葉ちゃん」だ。それ以上でもそれ以下でもない。誰もが「相葉君」なのだ。これが恐らく真ん中という立場であるというのもあるかもしれない。年上組、大野君が「相葉ちゃん」と言っているのは聞いた事がある気がするが逆に年下組は「相葉君」そして、番組内などでは「相葉さん」なんて言っていることもある。
 
●ニノ
ニノはニノなのだ。これは年上も年下も関係ない。そして、もっと言うとどんな芸能人でも、彼を「ニノ」と呼ぶ。誰とでも仲良くなれる、大物ともため口に近い形で誰の懐でも入りこめてしまう、のはこの呼び名にもあると思うが、年下組の彼は皆から「ニノ」と呼ばれる。年齢的にも松潤以外は年上にはなるからニノで良いのだ。ニノはどこでも誰とでもニノな気がする

ただし、相手が別の呼び方をする事がある。

下の名前は和也「かずなり」なのだが、「かずや」と思われることもある、そう言うエピソードから、確かあの吉永小百合さんだけは、彼を「かずなりさん」と呼んでいると吉永さんが言っていことがあった気がする。

正式な時など以外で彼が「二宮君」と呼ばれていることをほぼ聞いたことがないのではないだろうか。この辺りの呼び捨ても、年下組だということが実は分かる状況なのだ。
 
●松潤
松潤も「松潤」だ。ただし、ニノだけは「MJ」とか「J」なのだ。けれどお気づきだろうか・・・昔はニノは松潤を「潤君」と呼んでいた。(今でもそう言う時もあるのかもしれない。)みんなが「松潤」なのに、ニノは決して「松潤」とは呼ばない。これは「年齢的に数カ月ニノが上だけど、ジャニーズの入所は松潤が先なので、呼び損ねた。」と言っていたことがあるのだが、私はニノが「松潤」と呼び捨てにできない性なんじゃないかと思ったのだ。

同じ年、同じ学年なので、「松潤」で良いのだろうが、そうなると呼び捨てになってしまう。彼はそこに躊躇したのではないかとちょっと思ったのだ。
自分が他者と仲良くなるために、年齢関係なく、「ニノ」と呼ばれることに抵抗がないけれど、彼自身は松潤を「松潤」という呼び捨て的な呼び方ができなかったのではないだろうか。同じ年という対等を保つためにも、「潤君」だったのではないかと思う。
けれど松潤は決してそんなことは気にしていないんだろうなとは思う。気にしているのはきっとニノだけなんだろうし、そんなことをニノが考えているとも思っていないかもしれない。
 
ここでよくみると、実はニノだけが偶に周囲を特殊な呼び方をしていることがある気がする。(さん付)その呼び方によって、そのグループの年齢やパワーバランスも上手く保たれているのではないだろうかと思うのだ。
 
 
これはジャニーズならではだが、ジャニーズは先輩を「君」で呼ぶ傾向がる。
本来なら先輩は「さん」なような気がするが、この事務所は「君」なのだ。だから「君」にある程度の敬語的な要素が含まれているんだろうと思う。
 
 
【嵐が仲良いのは…】
嵐が仲が良いグループだ、と言ってしまえばそれですべてだ。けれど逆にどうして皆が仲良くいられるのか、ということを考えたことがあるだろうか。

グループに何人もいれば、その中でも仲が良い人たちと、ちょっと仲良くない人も出てくるだろう。けれど、このグループにはそれがあまり見えない。皆が皆仲良く見える。
 
彼らはそれぞれに多才でもあるのに、どこか抜けた部分や突っ込みどころ満載の部分がある。けれど、それは仲間同士で突っ込める、そんな人たちだからこそ、他の人達も一緒に突っ込める雰囲気が作られているのだろう。

その嵐の突っ込み担当はニノだ。
 
相葉君が24時間テレビで書いた手紙にニノに対して「場の空気、嵐の空気を読んでくれてまとめてくれてありがとう」と言っているのだが、私は勝手に(本当に独断と偏見の意見で)この嵐を裏でまとめているのがニノなのではないかと思っている。 ニノが皆と仲が良い印象がある。
 
●元々ニノと相葉君は総武線仲間で仲が良かった。
●ニノは大野君が大好きだ。というよりも、特別な想いがあるような、いつも大野君を触っている・・・(ようだ。)
●ニノと櫻井君は、『山田太郎物語』で共演して、また別の形で仲良くなっている。
●ニノと松潤は同じ年。(けれどニノが松潤への呼び方に、彼の気遣いが感じられる。)対等な関係でいられる。
 
 
実際、嵐になる前や、なってから暫くも、ニノは本来『天然キャラ』だった。相葉君や大野君とはくらべものにならないくらい、ボーとしていたし、受け答えもボーとしていたし、そしてあんなに突っ込みができる少年ではなかった。
 
それがいつの頃かすべての人のコメントなどを拾って突っ込む真逆のキャラになっている。彼は恐らく空気を読み過ぎる人なのかもしれない。私は実はニノが「繊細さん」なのかなと思う時もある。
 
 
アイドルとして多才な一人一人が、色々突っ込まれることで、そこか抜けた要素を持ち、だからこそ、それが皆がスターと言うよりもどこか完璧でない人たちとなって、親しみがあり、一人一人を尊重し合あえるグループになれたのではないだろうか、とも思う。
 
そしてそんな嵐の突っ込みキャラのニノは嵐内でもだけど,その他全ての人の言動にしっかり突っ込む。
 
●大野君は踊りも歌も上手いし、そして絵も描ける。趣味は釣りだし、最近はキャンプも趣味のようだ。でも周りと比べることもなく、自分のペースで自分ができることをする、競争心などがなさそうにも思う。リーダ-なのに、そういう競争心が無いところが良いのではないかなと思う。そして、そのマイペースさがテレビ出演時にも出ており、番組内でボーとしている大野君をニノが突っ込み…。他のみんなも突っ込む。
 
●櫻井君は慶応大学卒業し、もちろん色んな意味で常識的で、社会的な対応もしっかりしている。ニュースキャスターもこなし、毎日新聞を読み、ある意味一番一般人に近い常識的な考え方もしているかもしれない。本来ならインテリアイドルだ。
そして、インテリな櫻井君ですら、ニノの前ではボケキャラになって突っ込まれている。さらにそのインテリ感を押し出すことなく、バラエテイーなどではヘタレキャラだったりもする。
昔は櫻井君ももっと尖っていたし、インテリ感もすごく感じていた。けれどドラマ「山田太郎物語」で共演してからか、ニノは櫻井くんにもツッコミ,恐らくそれが又このグループを調和させる一つの要素な気がするのだ。
 
櫻井君は昔はもっと尖っていたし、大学卒業の時だって「大学4年間で卒業すごいですね」と言われても「大学は4年間で卒業するのは普通のことでしょう、」なんて記者会見で言ってのけたりしていた。
 
●相葉君はピュアで天然…もうそれだけで十分な気がするのだ。そしてひとりずっとバラエテイ―で培ってきた動物との交流やバカげた実験などを、一生懸命する姿は、もうそれだけで良いと気がするし、そういう気にさせられる。相葉君は相葉君のままで良い。だからこそ、本来なら中間管理職的な立ち位置の彼はそのままの姿で周りを和ませているのだろう。
けれどそこをピュアで天然キャラな相葉君をニノが突っ込み、更に他のみんなも突っ込む。
 
●ニノは演技にかけてはもう言う事はない。ハリウッド映画にも出演し、アカデミー賞まで獲って、でも彼はあくまでもアイドルグループの嵐の一員という事を言い続けている。そして彼は絶対音感も持っていると言っていた人がいる…。作詞作曲なんかもする。なんでも器用にこなしてしまう。けれどそんなニノはお腹が出ていたり、ゲーマーでオタク気質というアイドルらしからぬ突っ込みどころがいっぱいあったりもする。嵐の中では彼が中間管理職的な役割を果たしているような気がするのだ。
 
●松潤は嵐の中でも最初に嵐が全国的に認知されるきっかけを作った、『花より団子』のイメージもあり、恋愛もののドラマは彼が担当していると言えるほど、王道のキラキラしたアイドルのイメージすらある。けれど、大昔はキャラ作りに苦労しており、嵐の中の「お笑い担当」だった時期もある。一番年下なので、いじられキャラでもあった。今では嵐のコンサートの演出をするほど他の才能を発揮しているが、そんな末っ子は嵐の中ではいじられるだろうし、今では「MJ」なんていう呼び方で遊ばれている松潤だ。
 
私は嵐のコンサートに行ったことがないので、本来のアイドルのキラキラしたカッコいい部分を見たことがない。映像ではちょっと見たことがあるが、それでもコンサートの面白い部分なども観てしまっているので、キラキラしたスーパーアイドル的な部分はあまり知らないかもしれない。
 
けれど、そのギャップが良いんだろうと思うし、アイドル=カッコいい だけじゃない部分を沢山見せてくれているのは嵐だったのかなと思うのだ。
 
ツッコミが1人いるだけで、良いバランスが保たれている気がする。

 
【ニノの結婚】
 
最期に語りたいこと…
そんな中、ニノの結婚が報じられ、また、それによるメンバーの不仲説もニュースで飛び出していた。
私は嵐のメンバーの中で、嵐がいないと一番生きていけないのはニノだと思っている・・・。
 
誰よりも嵐愛を語るのはニノだし、ハリウッド映画に出演しても、アカデミー賞を獲っても、自分は嵐のメンバーだと言い、嵐のことを話している。本来なら一人の役者としても嵐がなくてもやっていけそうな良い役者さんなのに、ニノはいつも嵐のことを考えている。(もちろん他のメンバーもそうだが。)
 
そんなニノが休止前の大事な時期に結婚…。
多くのファンもショックを受けていたが、私が勝手に思うに、(これは嵐を見て私の勝手な見解だ。)嵐が休止してしまって精神的に生きていけなくなるのはニノだったのではないかと思った。
 
ニノはゲーマーだし、仕事の合間でもずっとゲームをしている。けれどその姿は『みんなの中にいる一人』が好きなのかなという印象だ。

ニノの家庭は確か離婚されているとある番組で言っていたし、どこかほかの記事で昔学校でいじめにあっていた、なんて話も読んだことがある。そんなニノにとって、嵐は彼の居場所であり、そこにいるからこそ、外での活動ができる、彼にとっての『いつでも帰れる場所』だったのではないかと思う。

だからこそ、他の仕事ものびのびできるし、彼にとって嵐は家族のような存在だったのではないだろうか。
 
となると・・・その家族を失う前に、新たに『帰れる場所』を作っておくことは彼にとってとても大事なことだったのではないだろうか。もしそのタイミングを逃したら、もしかしたら別れになってしまうかもしれないし、じゃあ、休止の後に、となると、そこから自分の『帰れる場所』を創り上げていくにはある程度時間がかかるだろう。
 
それなら休止の1年ほど前から、彼の精神的な事を考えるとこれくらいの時間が必要だったのかな・・・なんて思ったりもした。
 
それでも、ファンのことを一番に考えたら、休止後が良かった・・・とは思うが、それは嵐あってのファンなので、嵐がなくなってしまうニノにとってはかなり精神的ダメージになってしまうのではないだろうか。
 
だから、嵐が休止してしまう前に、他の自分の居場所を作っておく必要があったのではないかと思った。
休止に関して、皆が話合っている様子をテレビで観たが、ニノは「このことに関して何も言わない。」と言っている。
 
きっと、本当に嵐がなくなってしまったら、どうしようもなくなるのはニノな気がするので、何も言えない、今は何も想像するのすら怖いのではないかと思う。

もう一つ思ったのはニノはフィジカルコンタクトが好きだ。特に大野くんにベタベタ(?)している。それがある時コンサート前にニノは大野くんを触っていたら、大野くんがちょっとキレたことがあり、それ以来ニノは大野くんにちょっかい(フィジカルコンタクト)をしなくなったそうだ。

大野くんはその時ちょっとウザそうにしたが、それ以来ニノが触ってくれないことを寂しがっていたとある時告白した。

もしかしたら、ニノは人肌恋しい人なのかなとも思うのだ。その大野くん事件と、彼の交際報道は同じくらいの時だった気がするのだ…。決して変な意味ではないが、人肌が好きな人はいる。

 
先ほども書いたが、ニノは今突っ込みキャラだ。

ただそれは誰のどんな小さな言動もちゃんと拾ってくれるのだ。私は彼がもしかしたら最近よく記事などでも見かける「繊細さん(HSP)」なのではないかと思う時がある。
読み過ぎるほど空気を読んでしまうタイプなのではないかと思うのだ。
 
彼は演技が上手いが、それは繊細さんならでは、の上手さにも感じる。演じているのではなく、役に入り込んでいるというか、役が降りてきている。有名監督や演出家にも褒められ、一言一句セリフ通り言わないと怒られると言われる倉本聰氏のドラマですらセリフを変えて、それでも怒られなかったというのを聞いたことがある。
 
ドラマの中に様々なアドリブがあるが、それはその役ならそうしているだろうということでしている感じがする。★特に『ブラック・ペアン』のアドリブが有名…。
 
そんなニノには嵐という存在が必要不可欠だった気がするのだ。だからその嵐がいなくなる前に、どうしても彼に居場所の家族が必要だった…。なんて勝手に推測したりも、する。
 
 
色々徒然書いたが…。ちょっとニノ中心の嵐について、とも言える書き方になってしまった。でも、私は嵐は
 
●あの緩い雰囲気を作ってくれる大野君というリーダーらしくない、リーダー
●事実上嵐をまとめる櫻井君
●ほんわりした嵐の雰囲気を作ってくれる嵐のムードメーカーの相葉君
●そして裏で嵐をまとめてくれているニノ
●嵐のカッコいい部分、コンサートなで嵐をまとめている松潤
 
と皆が皆それぞれの役割で嵐をまとめているんだと思う。

本当の嵐ファンの人が読んだら「何を言っているんだ?」と言う部分もあるかもしれないが、私なりに嵐を観て癒されて、最後に綴りたかっただけなのだ…。