sakaturnさんのブログ で見て、私も挑戦。・・・流行ってるんですか?知らんかったでよ。


 ブログ通信簿


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 点数悪いなぁー(笑

 自分の意見ばっかり書いてるつもりなんですけどね。いや実は、医療ブログのコピペばっかりなのがばれてるのか(^^;;


 それにしても、歯科医師を目指せと!!医療崩壊の大先輩じゃないですか。絶対いやじゃ(笑


koume

 時期的には外れているネタです。


 農薬の除草剤の話をするときに、もしも除草剤が作物にかかったら作物が枯れるんだから、残留農薬としての除草剤のリスクを考えるのはイクナイと言う事があります。が、実際には作物にかかっても枯れない除草剤はあります。
 除草剤と言ってもいろいろな性能のものがあり、単純に言えば枯らす植物の種類によって得意不得意があります。イネ科の植物には効きにくい除草剤を選んで、田植えした後の田んぼに使用することはあります。


 そんなこと言われるとなんか不安を感じる人もいるだろうとは思いますが、この「作物にかかる除草剤」のポイントはまず、収穫物にはかからない事です。田んぼの稲だったら、穂が出たらもう使えません(そう決まっています)。世の中では漠然と、植物は農薬を代謝できないと思われている節がありますが、ちゃんと出来ますので、かかったが効かなかった農薬は時間が経つごとに薄まり、リスクファクターとして限りなくゼロになります。


 もう一つのポイントは、生えている雑草の状態です。たぶん、田んぼで除草剤を使うと言っても、ではその雑草っていったいどんなものか具体的に想像できる人は、農業関係者以外ではなかなか難しいのではないかと思います。

ひどい雑草


 この写真は、私が見るともう寒気がするような光景なのですが、ここまでになってしまうと除草剤ではほとんど対処不可能です。雑草がでかすぎです。稲には効かず、こんな雑草にも対応できるといわれる除草剤もあるにはありますが、私の経験から言えば、ほとんど効きません。除草剤を濃くして使えば効くのかもしれませんが、そこまでやると稲にも影響は出ます。
 じゃー除草剤ってのはどういう使い方をするんだってことですが、


かるい雑草

 実は田んぼの中に使う除草剤ってのは、こんな状態の田んぼで使うものなのです。どこに雑草があるか判りますか?

 雑草だって、小さい時には弱く、大きくなると強くなります。弱い時に弱い除草剤を使って叩いておけば、もちろん大きくなることはありません。もちろんこんな使い方をすれば自然系への影響も小さく、これこそまさしくエコな農業です。


 余談ですが、いわゆる減農薬農法ではこのように予防的に使う剤を減らして農薬使用回数を減らしていることがあります。もちろん、雑草がでかくなってから使う除草剤や、病気が出てから使う殺菌剤は量が多い上に使用時期も遅くなり残留のしやすさでは比較になりませんが、減農薬が減農薬たるゆえんは使用回数だけに依存するので、量や濃度などはどうでもいいというふざけた仕組みです。


koume

 前のエントリにたくさんコメントを頂きましたが、いつもは全部のコメントにレスをつけることをモットーにしているのですが今回の場合はいざ考えてみるとどれも同じようなレスになってしまいそうなので、勝手ながら今回は新しく一つエントリを立てさせていただくことにします。といっても前のエントリとかなりかぶるんですが。


 モトケン先生のブログ をよく読ませていただいています。医療関係の議論が熱いことでも有名なブログですが、その議論を読んでいるとときたま、内容が最初の基本に戻ってループしている事があります。
 それは、新規のコメンターがいらっしゃった時(医療関係者、法曹関係者、それ以外の人問わず)ですが、つまりモトケン先生のブログの中で使われている用語が共有されていないからです。確か以前、ループが発生しかけたときにモトケン先生が「また最初から説明しなければならないのか」と嘆いていたシーンもあったと思います。

 医療問題が浸透しづらい理由の一つに用語の行き違いてのはあると思います。医療問題を注視しる!その5 でやりましたが、話を分かりやすく伝えるにはどうすれば良いかな、と思っている私は言葉そのものに結構興味があります。


 で先日のエントリですが、ちらっと書いたように私は医業と言う言葉を今まで知りませんでした。今まで全く見た事がない言葉だったので実在を疑ったほどでしたが、ちゃんと存在するみたいです。
 ただ、存在する事はするんですが、Googleでためしに検索してみると検索結果は約30万件 で、約1億4千万件の医学 ・約8千万件の医療 に比べると圧倒的に少なく、しかもたいていは「医業経営コンサルタント」などとちょっと申し訳ないけど余り良い響きでの使われ方はしていないようです。


 さて医業の意味ですがどうやら想像とほとんど同じで、医療を業として行う事を医業と呼んで差し支えなさそうです。ちなみに、では「業として行う事」について、よく対価を頂く事を条件とするように思われがちですが、重要な条件ではありますが絶対必要な条件というわけではなく、むしろ習慣的に行われているかどうかという点がポイントになるようです。
 例えば、マンガのスーパードクターKはたいてい無料で患者を治していますが、ではKは業として医療を行っていないのかどうかといえばこれはおそらく業とみなされます。


 私はこの「医業」にこだわっていますが、その理由は、特に医療訴訟の場で「医学的には・・・」といわれている事柄がむしろ医業的と言った方がしっくり来るものが多いからです。なおかつ、医療にもコストが必要だと言うことを理解してもらうためには医業と言う言葉を使った方がその背景を容易に理解できそうに思います。医業って聞いたことのない言葉だとしても、医療を業として行うことだな、とは誰でも想像できるだろうからです。


 例えば加古川心筋梗塞訴訟の場合、最初に受けた病院ではPCIが出来ないので、次善の治療をしつつ搬送先を探したという判断は医学的に見て妥当だったといわれています。がこの事例ではむしろ医業的に見て妥当だったというほうが正しいように思います。
 PCIを行えば救命率が高かった、というのは医学的に見れば正しい話で、いやそうは言っても現実的には・・・と言うのは多分に医業的な判断が含まれます。医学で「PCIを行ったなら・・・」という場合は当然PCIが行える事を前提にしている、というかもともと医学(というか学問全体)そのものがそんな前提条件を無視したところで存在していると思います。


 当然、「実際そんな底の浅い学問じゃないよ」と言われることは想像していますが、医学とか医業とかの言葉の定義が重要性を持つのは医療関係者の間での話ではなく、むしろ他の業界の人間に対してです。
 この場合は司法関係者ですが、「医学的な根拠」について何か調べるとしたら真っ先に教科書や論文が対象になるはずで、「PCIの出来ない病院で心筋梗塞疑いの患者を受けてはならない」などとは書いていない教科書を根拠にして医学的判断をされても、そこに「医学的」批判を加えて主張を崩そうとするのは教科書が間違っていると言うのに等しく、言われた方はなかなか納得できないでしょう。
 つまりこの場合は教科書が間違っているのではなく、教科書が通用しないことを主張することになるのですが、それは医学的根拠と言うより医業的根拠といった方が通りが良くなります。


 そこで初めて、では司法としては医学的根拠と医業的根拠のどちらを優先すべきなのかと判断されるようになります。いやもちろん、今現在そんな判断がされていないと思うほど司法を馬鹿にしているわけではありません。しかし、こんな言い方をした方が外部で見ている人間(しかも非医療関係者)の誤解の余地は減る上に、医療業界最悪の敵であるマスコミなどはわざと誤解するネタをいつも探しているような有様ですから、そういうところに対する保険としてもちょっとはマシに動くんじゃないでしょうか。


 現在の風潮は、とにかく、医業的な事情など取るに足らんものだと思われていると感じます。「医師・病院は儲け過ぎ/儲けるなどもってのほか」な思想は未だにあります。そういう意味でも、医業としての医療・医学の概念を普及させることは意味があるんじゃないかと感じます。


 ドシロウトが言うにしてはあまりにも僭越すぎる話になったようにも感じますが、少なくとも私個人の言語感覚ではこうなるという話でした。もちろん、以上の言葉がこんな意味では通ってなんていないかもしれないし、自分の言語感覚が一般的だなんていうつもりはさらさらありませんので、まあ生暖かく読んでいただければと思います。


koume

 医業って言葉はあるんでしょうか。医療と言えばいいのか。けど医療行為を業として行わないことは出来ますよね。医療業とも言わんだろうしやっぱり医業でいいんでしょうか。まあその話は後です。


 前のエントリでもやしもんについて書きたいことはそれなりにあって、そのためにぐだぐだと書いたわけですが、4巻の巻末にほとんど答えに近いことがちゃーんと書いてありました。ちゃんと読んでから書けと言われたようで恥ずかしかったです。
 要するに、「もやしもん」は農学のマンガであって、農業のマンガではないということです。こんな簡単に表現できる言葉を捜すのが案外難しいんだよなぁ(←ただのアホで気づかなかっただけ)。


 誤解を恐れず単純に言うなら、稲や野菜などの作り方を勉強するのが農学です。しかし農業の場合は、出来た米や野菜などを売ってお金にして農家が生活できるところまでやらないと、農業として完結しません。それと農学の場合は栽培するための前提になる投資やなんかは(全部または一部)無条件で用意されることがありますが、それらをゼロから揃えるのも農業のうちです。死ぬほど単純に言えば農業にはお金が絡みます。


 お金と言えば農学には農業経済学ってのはありますが、一流の農業経済学者であっても一流の農業経済人とは限りません。農業を無視して経済学だけとっても、「経済学者はたいてい、貧乏である」ってのは経済学部古くから伝統のジョークです。


 もちろん、農学+お金=農業というわけではありません。農業にはできなくて農学ならできることはたくさんあります。典型的には「もやしもん」4巻でやっていた、東京都内で山田錦を栽培「してみる」ってのがそれに当たります。
 登場人物が言うように、酒造好適米を栽培するにはそれに相当適した条件が必要で、ごくありきたりな場所で作るのはかなり無謀なことですが、もし栽培に失敗したとしてもそれはそれで農学の一環としてなら成果になります。しかし農業の場合は失敗してもこれっぽっちの成果にもなりません。コシヒカリを作っていればちゃんと売り上げがあったところを失敗してゼロにしてしまうと下手をすると人の生き死にの問題になります。


 さて、普通の社会人ならば誰でも常識なことをまたうだうだやりましたが、それにしても農業と農学はよく混同されることではあります(ちなみにもやしもんの作者さんは混同していません)。ガーデニングでちょこっと野菜を育てているだけで農業とか呼ばれることはしばしばありますが、いつも違和感を感じています。他の業界だったら、こういう混同はあんまりないんじゃないかと思うんですけどね。


 ・・・と思ったんですが、もしかしたら医学と医業(?)ってかなり混同されていますか?
 私は「医学」がわからないのであくまで想像で書きますが、もし医学と言うやつにマンパワーとかコストとかを無視して成立している部分があるとしたら、心筋梗塞患者にはPCIを行うべきであった、と言う意見は医学的には正しいことになります。
 いや、それは正しいには決まっているけど実際にはそうじゃない、てな話は医学ではなく医業的な話になるのでしょう。


 もしかしたら医療訴訟の問題というのは医学と医業が混同されている点にあるんでしょうか。だとしたら例えば、「大野病院事件は医学的見地からするとミスと言えるものはなかった」てな言い方は誤りで、「医業的見地からすると・・・」と言うべきなのでしょうか。


 ムチャクチャ細かく言えばですけど。


koume

もやしもん―TALES OF AGRICULTURE (1) (イブニングKC (106))/石川 雅之

 買ったのはまだ3巻までですが。


 面白いです。事前にちょっと調べたように、農業大学での学生たちの話で、しかも普通に農業と言って思い出されるような栽培系の話ではなくて主に菌系の話で、発酵とか、それに伴って醸造のこととかがメインですね。酒好きにも面白く読めます。
 最近、こういうニッチな素材を取り上げた薀蓄系のマンガがすごく増えてる気がしますね。面白いものも多いし、いいですね。


 さてと当ブログのコメント欄で地方勤務薬剤師さんから、この作品について農家はどう見るのかとか実は間違ってるんじゃないかとかの不安感を漂わせるようなご意見を頂いていたんですが、私は発酵のことはわからんとです(笑)個人的には農大(と言うか大学にも)行ってないんで、様々な意味で検証しかねる内容です。
 けどやっぱり基本的な部分がちゃんとしているので、中身は信用できると思いますよ。とかいうとすごく偉そうなんですけど。


 基本的な部分とは、とか言って説明しだすと「お前、馬鹿にしてるのか!?」とか怒られそうなくらい当たり前なことですが、有益な菌と有害な菌とは菌そのものの性質で決まるのではなくて人間側の都合で決まるってところがちゃんとしている点がいいです。代表的な部分は、発酵と腐敗の違いでしょうね。同じ事をしているに過ぎないんですが、人に都合が良いか悪いかで名前が変わる。
 何度も書くようにそんなことはごく当たり前なことですが、有機農法信奉者・・・と言うか農薬嫌悪者はそんなことにも注意を払わない人が多いので、やっぱり重要です。この点をちゃんと押さえておかないと、抗菌グッズは大好きなのに農薬の殺菌剤は大嫌いみたいな妙な主張にはまることになります。


 さて農薬については、少なくとも3巻まででは、この作品のテーマになっていないのでごくたまに触れられるだけですが、冷静にさらっと書かれていると思います。ただ、農薬嫌悪者が穿って読もうと思えば読めるような表現にもなってはいますが、つまりそれも農薬がテーマになっていないがゆえに、極端に言えば作者にとってどうでも良い部分だからなのではないでしょうか。
 これは別に批判しているわけではなくて、しょうがないことです。農薬を扱いだすと作品としてピントがずれる上に、こちらはこちらで大きなテーマになりますからね。


 ところでもひとつ農薬絡みですが、この作品では何度か、有害な菌が見つかると化学処理隊みたいのが登場して思い切り殺菌するシーンがあります。例えば(菌じゃないけど)インフルエンザウイルスやボツリヌス菌なんかですが、室内丸ごと殺菌するためにそこらじゅうにいるはずの有益な菌も有害な菌と一緒くたに全部殺菌しつくします。
 「もやしもん」を引き合いにして勝手に農薬のことを説明しますが、要するにこれが農薬の本質と言うか、もっと言えばリスクマネージメントなわけです。これは重要なシーンだと思います。


 つまり農薬使用を嫌悪する人がこのような菌や微生物を扱う視点で物を語る時、有益な菌まで殺すから農薬は悪いとします。しかし農薬はあくまで、悪い菌を殺すために使うのです。農薬を使わなければ有益な菌は生きのびますが有害な菌も死にません。有益な菌を増やせば有害な菌は駆逐されるはずだ、と言う人もいますが有益/有害はあくまでヒト視点のみに拠った勝手な分類であることは先に説明したとおりです。
 有益な菌を殺すリスクを負うが、しかしボツリヌス菌の害の大きさを天秤にかけて、殺菌することを選択しているわけです。どんな農家でも、有益な菌を殺すためにわざわざ農薬を使っているのではありません。


 1巻では農薬を使った田んぼには菌が少ないと言う表現がありますが、登場人物の樹教授はそれを「完璧な管理で草刈りの手間もコストも低い科学の英知の耕田だ」といいます。これを皮肉ではなくまともに読めるかどうかでこのマンガの評価が変わると思います。私はこれは、ごく素直に書かれていると思います。


 今度6巻まで買って来よう。


koume