完全版 第一巻

 

第六章 645612

 

 

 

 

その日の朝

645612日。

 

晋作がその日の話を始めた時、俺たちはいつもの居酒屋にいた。今夜はなぜか三人とも酒を頼まなかった。水とお茶だけだ。晋作が「今日はシラフで聞いてほしい」と言ったからだ。

 

珍しいことを言う、と思った。でも、晋作がそう言うからには理由がある。

 

飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)——現在の奈良県明日香村。梅雨の晴れ間の蒸し暑い朝だったとされる。

その日、宮廷では三韓(高句麗・百済・新羅)からの使者を迎える儀式が予定されていた。宮中の大広間に豪族たちが集まり、重い儀式の空気が漂っていた。

 

入鹿は今日も宮廷に出仕してきた。

特に警戒する様子もなく。

 

——しかし、その日の儀式は、最初から「罠」として設計されていた。

 

612——計画的な暗殺

日本書紀が記録した乙巳の変の当日を、時系列で追っていこう。

 

早朝

 

中大兄(豊璋)は蘇我倉山田石川麻呂臣に密かに語りかけた。

 

「三韓の使者を迎える上奏文を、今日あなたに読み上げてもらいたい」

「承りました」

 

蘇我倉山田石川麻呂は入鹿の親族だ。しかし中大兄(豊璋)はすでに、彼の娘を妻に迎えることで、蘇我一族の内側から「仲間」を作っていた。——これも岐味(鎌足)が設計した「縁組の罠」だった。

 

上奏文を読み上げる役を頼まれた蘇我倉山田石川麻呂は、それが何を意味するか——分かっていたかもしれない。分かっていて、断れなかった。自分の娘が中大兄の妻になっている。今更引き返せない。

 

午前

 

儀式が始まった。豪族たちが広間に並ぶ。

蘇我倉山田石川麻呂が上奏文を読み始める。

 

その声が——震えていた。

 

入鹿が気づく。何かがおかしい。

振り返ろうとした、その瞬間。

 

広間の扉が開き、剣を持った男たちが飛び込んできた。

 

中大兄(豊璋)が自ら剣を振った。入鹿の頭部と肩に、深い傷が刻まれた。

 

そして中大兄(豊璋)は——叫んだ。

 

「鞍作(クラツクリ=蘇我入鹿)は天宗(キミタチ)を全て滅ぼして、日位(ヒツギノクライ=天皇位)を傾けようとしているのです」

 

【タケ】 自分がやろうとしていることを、相手の罪として叫んでいるのか。

【晋作】 気づいたか。「人は得手して、自分のことを語ってしまう」——これが証拠だよ。

 

皇極天皇は立ち上がり、奥へと姿を消した。

助けを求めた入鹿は——その場に一人残された。

 

そして複数の剣が、入鹿に向かって振り下ろされた。

 

昼前

 

蘇我入鹿、絶命。

 

広間の床に、大王の血が流れた。

縄文から続く日本の魂が、その日に一度、死んだ。

 

俺は水を一口飲んだ。

グラスを置く音が、やけに大きく聞こえた。

 

古人大兄皇子の一言

暗殺の直後。

その場にいた古人大兄皇子は、自分の宮へと駆け戻った。

そして、震える声で言った。

 

「韓人、鞍作臣を殺しつ。吾が心痛し」

 

——韓国人が入鹿を殺した。

——私の心は痛い。

 

第一章で、この一行から全てが始まった。

今ここで、その言葉が全く別の重さで戻ってくる。

 

古人大兄皇子にとって、入鹿は父であり、守るべき大王だった。そして豊璋(中大兄)は、幼い頃から共に育った男だった。だからこそ「正体」を知っていた。

韓人——百済人が、ヤマトの大王を殺した。

その慟哭が、たった十六文字に込められている。

 

【オシャレ】 ……泣けてくるわね。

【晋作】 1300年間、誰もこの一行を正面から受け取らなかった。

【タケ】 古人大兄はこの後、どうなった?

【晋作】 それが——三日間のうちに、全てが決まってしまう。

 

613——一族皆殺し

13日。

中大兄(豊璋)は、入鹿の父・蘇我蝦夷の屋敷を軍で包囲した。

蝦夷は観念した。自ら屋敷に火を放ち、炎の中に消えた。

 

その時——

蘇我蝦夷は持っていた「天皇記(すめらみことのみふみ)」「国記(くにつふみ)」を焼こうとした。日本の最古の歴史書が、炎に包まれようとしたのだ。

 

しかし船史恵尺(ふねのふびとえさか)という人物が、炎の中から「国記」を取り出し、中大兄(豊璋)に献上した。

 

【タケ】 その国記はどうなったんだ?

【晋作】 ……現存していない。

【タケ】 どういうことだ?

【晋作】 中大兄(豊璋)の手に渡った後、歴史から消えた。おそらく彼らに都合の悪いことが書いてあったんだろう。

【オシャレ】 焼かれたの?

【晋作】 分からない。でも1300年間、誰も見ていない。

 

炎の中から救い出された歴史書が、権力者の手に渡った後——二度と現れなかった。

 

蘇我氏一族は、この13日をもって滅亡した。

 

証人が全員、消えた。

 

614——出来レースの即位

一族皆殺しの翌日——614日。日本書紀はこう記す。

 

「軽皇子(カルノミコ)は再三、固辞して、何度も古人大兄(フルヒトノオオエ)に譲って言いました。

『大兄命(オオエノミコト)は前の天皇が生んだ皇子です。そうして年長となり年老いました。この二つの理屈から、天皇位に居るべきです』」

 

——おかしい。

 

古人大兄皇子は「その場にいない」。皇極天皇も儀式の途中で消えている。主要な証人が誰もいない広間で、一人芝居のように「固辞」が演じられ——翌日にはもう、次の天皇(孝徳天皇)が決まっていた。

 

【タケ】 事件から二日で新天皇か。

【晋作】 しかも中大兄(豊璋)はその孝徳天皇の皇太子になった。次の天皇の座が確保された。

【オシャレ】 まさに出来レースね。

【晋作】 日羅が50年前に言っていた通りだよ。「百済は新たに国を作ろうと思えば……——国を乗っ取るのに、たった三日かかった。

 

俺は三日間の流れを頭の中で並べた。

 

12——入鹿を殺した。

13——蝦夷を包囲し、歴史書を手に入れた。

14——新天皇を決めた。

 

三日間。検証もなく、裁判もなく、弁明の機会もなく。全てが終わった。

 

古人大兄の「吉野行き」——そして謎の消滅

そして同じ14日。

古人大兄皇子が姿を現した——という記述が日本書紀に出てくる。

 

「私めは請い願います。出家して、吉野(ヨシノ)に入ります。仏道(ホトケノミチ)に勤めて、修行して、天皇を助けましょう」

 

そして古人大兄皇子は——吉野へと消えた。

 

俺は思わず晋作を見た。

 

【タケ】 吉野——また吉野だ。

【晋作】 そうだよ。二度目だ。

 

第五章で並べた「吉野の三度」が、頭の中で繋がった。

643年、山背大兄王が吉野へ消えた。

645年、古人大兄皇子が吉野へ消えた。

二度目——同じ場所に、同じように消えた。

 

その4ヶ月後——日本書紀は短く記す。

 

9月、異母兄・古人大兄皇子を謀反の疑いにて処刑」

 

一行だ。

証拠も、裁判の記録も、弁明の言葉も、何もない。ただ一行。

 

【タケ】 謀反の疑いって……証拠は?

【晋作】 書いていない。「韓人が殺した」と言った男を、4ヶ月後に「謀反で処刑」——これが何を意味するか分かるだろう。

【オシャレ】 口封じ……

【晋作】 そうだ。真実を知っていた唯一の証人が、これで消えた。

 

晋作は少し間を置いてから続けた。

 

【晋作】 ——正確には、消えたように「書かれた」。

 

俺はその言葉を噛みしめた。

「消えたように書かれた」。

本当に消えたのではない——消えたと書かれただけだ。

しかし本当は、吉野からさらに東へ——

 

27年後の671年、大海人皇子が吉野へ向かう時、「虎に翼をつけて放した」とつぶやいた者がいた。

その「虎」が誰だったか——俺にはもう、見当がついていた。

 

俺はコップの水を飲み干して、静かに言った。

 

【タケ】 三日間で日本が変わった。そして——28年後に、取り戻しに来た。

【晋作】 そういうことだよ。

 

店の外では、雑踏がいつも通りに流れていた。

1400年前の645612日のことが、今夜の話のように思えた。

その話は、ずっと続いているのかもしれない。

 

 

── 続く ──