タテマエの仮面 -29ページ目

輝いてるぜオメーラ!!

さてさてGolden Week も明けて一日目、どうでしたか?

休みボケしてませんか?

自分は相変わらずの阪急電車の混みっぷりに登校前から脱力。

JR西さん、お願い早く復旧してぇぇぇ。。。



早めに登校後、卒研でつかうキャラをポリポリとモデリングしてて気づいたこと。


・・・こいつぁ間に合わネェぜ旦那ァ。


登校後も仕事量の多さに脱力。脱力する暇があったらガンバレということで自分にムチを打ちつつ、ポリポリ頑張ってましたよ。

五月病なんかなってる暇ありゃしねぇ!



放課後は友人のモデルの修正&バグ取りをして過ごしました。

すると就職作品組が隣の教室で頑張ってたので様子を見に。

10人くらいが猛烈に追い込んでました。

自分はGWをのほほんと過ごしてきたわけじゃないが、それでも彼らの頑張る姿を見て自分はのんびり遊んでいたことに気づかされました。


なんか・・・輝いてるぜオメーラ!!

うらやましいぜ!

カッコイイ!!



・・・とエールを送ります。

みんなガンバレ!!


俺も明日からもっとがんばろ~っと。

もし自分が相手の立場だったら

自分がこれまで生きてきた中で一番大切に思ってきたことがある。

ゴールデン・ルール(Golden Rule)と呼ばれているらしい。


自分が嫌なことは相手に決してやらない

自分がうれしいことは他人にもしてあげる


みんなにも子供のころによく親にこう言われて怒られた記憶があるのではないだろうか?



勝負事になれば話は別だが、やられた事をそのまま返すと怒る人がいる。

人類最古の文明、メソポタミアでのハンムラビ法典に


 「もしある市民が、他の市民の目をつぶすならば、彼の目をつぶさなければならない」

 「もしある市民が、彼に対等の市民の歯を打ち折るならば、彼の歯を打ち折らなければならない」


というのがある。現代の 「目には目を、歯には歯を」 の由来だ。

これこそが人類が初めて制定した法である。ゴールデン・ルールを逆手に取った法と言える。

古代シュメール人も、このゴールデン・ルールを知っていた。



いじめ、詐欺、カツアゲ、窃盗、殺人・・・・悲しいことに最近の未成年では珍しくない行為だが、果たして彼らはこのゴールデン・ルールを考えたことがあるのだろうか?




そこまで大事にならなくても、日常でのちょっとした言葉遣いや振る舞いにも出てくる。


 もし自分が相手の立場だったら


という考え方。

たとえその相手が知り合いだろうが見ず知らずの人だろうが、その気遣いだけで喜ばれることがある。

会議をする時などはリーダーは特に気を使わなければならない。


これ以上伸ばすとみんな嫌がるだろうな。

こう言って否定するよりはもっと言い方は無いかな。

この人とばかり話して他の人は疎外感を感じてないかな。


などなど。

しかし問題は他人を考えられない人。


長時間会議してるけど俺は頑張れるから続けよう。

こう言って否定しても俺は傷つかないから大丈夫だろう。

この人とばかり話しているけれど、俺が他の人なら大事な話なので聞くからみんな聞いてくれるだろう。



違いがわかるだろうか。これでは相手の立場に立っているとは言えない。

ただの自分勝手である。

これはリーダーだけではなく、メンバーにも同じことが言える。



本当に相手の立場に立つのなら、相手のことを考えれることが前提となる。

難しい。完全に相手を理解するのは無理かもしれない。

しかしその努力こそが人間性を高め、人付き合いをよくする。

言葉

自分はMessenger というのがあまり好きではない。
MSN やYahoo! などが提供しているチャットソフトのことだ。

人間の情報伝達手段は、主に「言葉」である。
しかし、言葉だけじゃ全て伝わらないこともある。間違って伝わることもある。
だから人間には豊かな表情やボディ・ランゲージ、時に声色を強めたりなど、様々な手段でそれを補おうとする。
目は口ほどにものを言う」とはよく言ったものだ。

自分も過去に友人とMessenger で世間話をしていた。
悪ふざけのつもりで軽く悪口を言ったところ、残念ながら相手には伝わらず傷つけてしまったことがある。
その友人とはしばらく疎遠になったが、今はもうわだかまりも消えてすっかり元通りになった。
本当に申し訳ないことをしたと今でも思っている。人は思った以上に繊細だと痛感した。

相手の目や顔色、場の空気を体感してこその話し合いだと思う。
身振り手振りや声色を変化させて相手を説得する技術は、ただの言葉の羅列以上に相手に伝える力はあると思う。
相手の目を見て話すと自然と説得力を持つ。
だから相手の目が見えないMessenger で重要な会議をするのは、個人的にあまり好ましくない。

Messenger や携帯のメールで友人と話をしていても、たとえおもしろいことを言ってもお互いに相手の笑顔を見ることはできない。全て想像で笑いあうしかない。
どうせならお互いの目を見て笑いあったほうが何倍も楽しいだろう。


まぁ自分が融通が利かないカタブツだといえばそれまでなんだが。

ありがとう

今日滋賀からの帰りの電車での出来事。
自分の隣の席で、母親のひざの上に座らされた子供がオモチャを手にしながら、仮面ライダー響鬼のOPを独自にアレンジして12番まで歌ったりして遊んでいた。
なんとも微笑ましい光景が隣で繰り広げられていた。

しばらくして眠気につられてうつらうつらしていると、子供の手からオモチャが落ち、自分の足元に落ちた。
母親が拾おうとしたが、体勢的に無理があると思い、自分が拾って子供に手渡した。
すると、間髪いれずに母親と子供に

「どうもすいません~」
「ありがとぉ」

と、お礼を言われた。
なんとも気分がよくなり、自分は子供に笑顔を返した。


最近素直にお礼を言えない人が多いと思う。
何かしてもらった時には感謝の意味を込めて

「ありがとう」

誰かに迷惑をかけたら

「ごめんなさい」

人付き合いの最も基本的なことなのだが、親しい友達の間でも「あれ?」と思うことがある。
”恥ずかしいから言いにくい”という気持ちがあるのだろうか。
けれど口に出さなければ、相手にとっては何も言わないことと同じ
心の中で思っていても相手には通じません。

そして不思議なことに、この「ありがとう」のたった一言を言われると、なぜか心が温かくなる。
人付き合いを円滑にするための、まさに第一歩である。

たった一言でいい。
少し恥ずかしくてもいい。
そんな気遣いをお互いに言い合える関係になりたい。

第三者の目

今回はまじめな話。


何かモノを創るときに気にしなければならないのが「第三者の目」(自分はこう呼んでいる)。

要は自分や仲間内で決めたことをまったく関係ない人が見たらどう思うだろうか、ということ。


その場だけでしか理解できないおもしろさを世間に出しても通用しないことは想像できるだろう。

そこで大事なのが、まったく関係の無い人の目を意識したモノ創り。

この目を意識するしないでかなりモノ創りも変わってくる。


では、この目をどう訓練するか。


自分の場合は


・街を歩いている時に、前を歩いてくる人から見た自分はどう見えるか。

・上空のヘリから歩いている自分を見た場合どう見えるか。

・電車で前に座っている人から見た俺はどう見えるか。

・授業中教壇に立つ先生から見た俺はどう映るか。


などなど。普段から趣味レベルで楽しんでやっている。


これの延長上に


・この面白さは他の人にはどう感じるだろうか。

・この文章では読み手にどう伝わるか。

・この言葉遣いでは相手はどう感じるか。


などが出てくる。



問題点は、この練習法ではどこまでいっても第三者が自分でしかないということ。


目の前を歩いている人の性格なんてわからない。

目の前に座っている人の性格なんてわかるはずがない。

どれだけ色々な性格の自分を作り出せるか。しかしそれも自分という枠の中でしかない。

所詮他人の性格なんてわかるはずがない。


しかし、やらないよりはましだと思う。

常に自分のファースト・インスピレーションを維持する。

これはかなり武器になると思う。


どこでもできる練習法なので一度試してみては?