
都農食肉検査所
獣医師 下村高司さん
平成22年度は、決して忘れられない、また忘れてはいけない1年となりました。
4月20日、口蹄疫発生。私は食肉衛生検査所の職員ですが、宮崎県では農政水産部との人事交流が盛んであり、家畜保健衛生所の勤務経験もあります。そのため、発生2例目の4月22日から殺処分を中心とする防疫活動に従事するとととなりました。
発生農場数292戸、国内初となるワクチン接種も実施、最終的には約29万頭という、想像を絶する数の家畜を殺処分し、終息宣言まで4カ月余りを要した、日本の畜産史上未曾有の事例。宮崎県はおろか、九州地区の牛豚が全滅するんじゃないかという危機感がありました。
犬もネコも、牛も豚も、とにかく生き物が大好きで獣医師の道を志した私が、来る日も来る日も牛豚を殺す毎日。連日、早朝から深夜に及ぶ防疫作業。一日何件も発生が確認され、終わりの見えない状態。土日もゴールデンウィークもなく、家族と過ごす時間も、睡眠時間もろくにない。35℃を超える気温の中、長袖長ズボンの防護服、ゴム手袋・長靴を着用しての肉体労働。いくら水分を補給しても、全てが汗となって流れ出す。 肉体的にも精神的にもあれほどの苦しみは、後にも先にも22年度の口蹄疫を置いて他にないと思います。
過去に例のない事態に直面し、マニュアル通りに事は進まず、ほとんどが手探り状態でした。どうやって殺処分するのか、必要機材は、動員者の割り振りは、作業効率・拡大防止・作業者の安全のバランスは・・・。福祉保健部の職員だとか、農政水産部の職員だとかは関係ない。誰も経験のないことだから、とにかく、防疫の要である獣医師として、トータルコーディネーターとして自分で考え、行動する。
現在、県職員の獣医師にも危機管理能力であるとか、人材育成が強く求められる時代ですが、口蹄疫を経験したことで、そのどちらも間違いなくレベルアップしていると感じています。実体験に勝るものはありませんから。
あの年の冬、宮崎県で高病原性鳥インフルエンザの発生が13例も確認されました。国内で初めて、大規模食鳥処理場でも発生しましたが、人にも、他農場にも二次感染させることなく、完璧に封じ込めることができました。これは、口蹄疫の経験を踏まえ、獣医師がその能力を十分に発揮し、全ての対応が円滑に実施できたからだと考えています。重大な家畜伝染病等の発生時、獣医師に求められる物は、その知識や技術はもちろんのこと、トータルで物事を考え、動員者を導く強いリーダーシップであり、宮崎県職員には少なからずそれが備わったと思っています。
冒頭でお話したとおり、宮崎県では農政水産部と福祉保健部の獣医師の人事交流が盛んです。農政水産部に就職しても、福祉保健部に異動することができるし、その逆も可能です。福祉保健部には約100名の獣医師が在籍していますが、そのうち約3分の1は農政水産部での勤務経験がありますし、口蹄疫では40名近くが何らかの防疫作業に従事しました。これは他県ではあまりないことではないでしょうか。
心身ともに本当に苦しかった22年度。いま振り返っても「よく頑張ったな。よく耐えることができたな」としみじみ感じます。多くの人々に支えられて何とか乗り切れた。支えてくれた方々に対する感謝の気持ちは絶対に忘れてはならないと思います。そしてもう一つ、あの日々を支えたのは「県職員としての、獣医師としての使命感」。ああいう経験ができたことは、宮崎県の獣医師にとってある意味幸せなことだと思いますし、経験できなかった若い世代にもずっと引き継いでいかなければならない、大きな財産だと思います。
私は宮崎県の獣医師であることに誇りを持っています。もう一度やり直すとしても、宮崎県職員になろうと思っています。産地と直結した行政であり、獣医師としての存在意義を存分に発揮できる環境が整っていると実感していますから。