NO21大垣駅から尼子駅まで =二日目  関ヶ原宿から 鳥居本宿  その2 醒井宿 から | おばあちゃんと 一緒に

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遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。そして2021年80歳になり、娘親子は独立し、また夫と二人暮らしになりました。

 
醒井宿12:37

鶯ケ端
 
桝形二なっている
東見付 西まで八町二間(876メートル)

 
 醒井宿」の石票

 


 

12:45地蔵川
川にそって街道がある
 
梅花も
 
 
鮫島中将の歌碑
明治28年、北白川能久親王は台湾で熱病にかられ重体になられた。病床で
「水を、冷たい水を」と所望されましたが、水がありません。
付き添っていた鮫島参謀は、かつて醒井来られた時の
水の冷たさを思い起され、一枚のかみに
  あらばいま,捧げまほしく、醒井の うまし真清水 ひとしずくだに
と詠んで親王にお見せになると、親王もにっこりされたと伝えられています。

 

 
醒井延命地蔵尊


資料館

 
地蔵川
水がきれいな宿場

 
十王水12:56
 
 
 
 
  

13;00
西行水と泡子塚

 
 
 
丹生川


 
 

 

 
久礼一里塚跡14:04

 

 
緑が多い中歩きます14:07

 
 
番場宿
14:14
街道を歩くメンバー

 

 
番場宿の石碑

 
瞼の母番場忠太郎地蔵尊

 
ススキ野を歩く





  


 
高速道路が下に

 

 

 

 

 
鳥居本宿

 

 


 


 
赤玉神教丸有川家15:49
1658年創業 

 
  

 



 
木綿屋
 
 
 
 

  
鳥居本駅15:56
 

 
 
近江鉄道で米原駅まで
 
17:06米原駅
 
今日はビジネスホテルに泊まる、米原駅の周りに食堂がなくて難儀した。
 ホテルの人の紹介で、一軒の一品料理店に入り、欠食隊の我々の注文に 、
そこのおかみさん
「うちは食堂じゃないので ご飯もの主じゃにので」 と 何回も言わせ
 結局皆生ビールで乾杯  ビールを追加したり 日本酒を追加する人
 つまみにイカ焼き、アユ天 お寿司 いくらドン 巻きずしとたのんで
それを分け合い、ちょっとした一日歩いたご苦労さんと明日頑張ろうの宴になった