晴れ
新しい世界に飛び出す時、色々の場面で「旅立ち」という言葉が使われます。
「旅立ですね」と今日は何回言っただろうか?
子猫ちゃんが貰い手がついた。お嬢さんが社会人になって東京に行ってしまう、またある人は結婚してワンちゃんを連れて行ってしまう。おばあちゃんが亡くなった。息子が結婚して家を出て、息子が飼ってた犬を置いていかれた。三月で定年退職する。
など聞くたび、私は旅立ちですねと言った。
昨日の夕方、いつも新聞の集金に来る人が、「長いことお世話になりました、僕今月で辞めるので」と頭を下げた。
「あら、どうしてまた」と私が聞くと、
「僕、大学院を三月に卒業して東京に就職するもんで」と彼はいった。
私は「あら学生さんだったんですか」
今まで集金の時、「ごくろうさま」「ありがとうございます」と言う会話しかなかったので、私は彼が新聞の仕事を、本業でやっているとばかり思っていたのである。
ちょうど夫が帰ってきて、「やあー」と、とても親しいそうである、色々話し始め、「まあ最後だから、上がって、お茶でも飲んでいかないかね」と彼を誘った。
彼は就職活動始めるとき、夫に相談したそうである。何社も受け、大学の先輩が経営してる会社に就職が決まり、自分も満足している話をしてくれた。
彼は「僕は年をとっていたから、どうも不利だったようだ」とポツンと言った。
年を聞くと娘と同じ年生まれである。大学受験に失敗して浪人していたが、親に「大学に行くより早く働け」とうるさく言われ、いったんサラリーマンになって働いていた。それから大学に入り大学院まで進んだんだそうである。
親が「学費は出せん、自分でしろ」と言うので、高校三年間と全部で十二年間新聞の配達と集金で今まで賄ってきた話をしてくれた。
私は「偉かったね、毎日朝も早いし、天候も悪い日もあるし、良く頑張ったね。でも頑張れたのがこれから自信につながるわね」と言うと、
彼は「ええ、自分でも良くやったと思っているんです。つらくはなかったです」ときっぱり言った。
親が「頼むから学校に入ってくれ」と塾に送り迎えして勉強してしてもらう家庭もあるのに、自分で何かをしたい気持ちがあることは、本当にすばらしいことと感心した。
夫は家業を継いでいたが、家業が好きになれず、25歳のとき大学にはいった。夫はこの学生さんにかつての自分を重ねたようである。
止め処もなくいろいろの事を話して「今度は結婚だわね」と私のおせっかいおばさんが言うと
「ええ綺麗な人と結婚したいです。まだいないけど」と彼の声のトーンが高くなった。彼の希望に満ちた顔は眩しかった。
彼は綺麗な結婚相手を今度は連れてくると言って帰って行った。
希望に満ちた彼の「旅立ち」に幸あれと祈る。