衣擦れの音
その音の思い出は
母とともにある。
母はよく着物を着るひとで
父にかわって出る
会食や会合には
着物でよく出かけた。
全身が映る鏡の前に
畳紙でくるまれた着物を
出し始めると
私は勇んで母のそばに
陣取り、その姿を見つめた。
特別綺麗な感じがして
着物を着る手順は
手品のようで
楽しくてはしゃいだ。
するすると絹の擦れ合う音を
聞きながら、母は気のないような声で、
着物にまつわるあれやこれや
決めごとのようなものを
私に話して聞かせてくれる。
もうすぐ夕暮れがやってくる。
衣擦れの音。
母の手にあわせ、ゆらゆらと
揺れる帯の合間から
窓の向こうに見える築山。
母の小さな背中に流れ沿う絹が
儚げで、綺麗で、
そしてもうすぐ私をおいて
出かける母の横顔に
寂しい気持ちがつのった。
よそいきの顔をした母が
もうこのお家に
帰ってこないんじゃないかと
思わせて、不安になった。
もうすぐ私も
あの頃の母の年齢に近づく。
11番目。これでおしまい。
10とか区切りのいい数字で
しかも“病”で
このタイトル並びが
終わってしまうと
なんだか、旅立つヒトみたいでしょ。
もしくは、
「わたし、何、訓たれてらっさるの?」
と言いたくなってしまいます。
じゃ、ここで
「美しく生きる」とか
「誠実に生きる」などと
言えないよ。わたし。
私は、欲深いのですから。
「無欲です」なんて言われると
「うそぉ」と思ってしまう。
足るを知ることで
人生のたいていが受け入れやすく
なるのは知っているけれど
ここはまだ
私は自分が選んだ“欲の山”を
登り続けてみようと思う。
仕事がそうだったように
自分が選んだ山の
頂上にたどり着いたところで
見渡してみたら、なんのことはない
「欲望の果てには何もない」
となるだろうけれど。
それでも、私は
次なる山を選び、登るのだ。
欲の山。
あれがほしい、これもほしい
あれやってみたい、ここ行ってみたい。
こんな私になりたーい!
愛されたーい!
登るのよ。
人それぞれ価値観によって
「物質」「精神」「名誉」
という欲があるとして
その一つ一つを会得して、経験して
初めて味わえる価値があり。
「あーもうこれは、こんくらいでいいや」
と投げ捨てる欲もあれば
ますます貪欲に求めるものもあって。
そうやってまみれて、
まみれては、削ぎ落して
価値観が変わっていくと
なんだか、磨かれていくように、
思うんですよ。
最後の最後、洒脱で、洗練された自分を
手に入れていたらいいなぁと思う。
70歳くらいまでにねー。
それまでは、山も登らず
わかったようなコトを言うのは
やめようと。
大切なものが
今よりもっと見え始めたら
もうやみくもに
求めることもしないでしょう。
ところで常々、
野望を抱いていることが一つ。
それが「着物」。
京都の宿で
いつもお世話になっている
仲居さんにうっかりと
「京都で着物が見たい」と
言ってみた。
そしたら、うちからお伝えして
紹介いたしたしますから
行ってみては?とおっしゃる。
私の目はハートに。
目の前に着物の山があるのだから
登ろうではないか!そう想った矢先
リキシが言った。
「だめだめ、その人に着物なんか見せたら。
山のような反物を、首に巻いて買うから
もうちょっと待ってくれる?」
くそぅぅ。入山許可ならず。
でもね、必ず登ってみよう。
その欲の山に。
綺麗な綺麗な反物をかき分けて。
10とか区切りのいい数字で
しかも“病”で
このタイトル並びが
終わってしまうと
なんだか、旅立つヒトみたいでしょ。
もしくは、
「わたし、何、訓たれてらっさるの?」
と言いたくなってしまいます。
じゃ、ここで
「美しく生きる」とか
「誠実に生きる」などと
言えないよ。わたし。
私は、欲深いのですから。
「無欲です」なんて言われると
「うそぉ」と思ってしまう。
足るを知ることで
人生のたいていが受け入れやすく
なるのは知っているけれど
ここはまだ
私は自分が選んだ“欲の山”を
登り続けてみようと思う。
仕事がそうだったように
自分が選んだ山の
頂上にたどり着いたところで
見渡してみたら、なんのことはない
「欲望の果てには何もない」
となるだろうけれど。
それでも、私は
次なる山を選び、登るのだ。
欲の山。
あれがほしい、これもほしい
あれやってみたい、ここ行ってみたい。
こんな私になりたーい!
愛されたーい!
登るのよ。
人それぞれ価値観によって
「物質」「精神」「名誉」
という欲があるとして
その一つ一つを会得して、経験して
初めて味わえる価値があり。
「あーもうこれは、こんくらいでいいや」
と投げ捨てる欲もあれば
ますます貪欲に求めるものもあって。
そうやってまみれて、
まみれては、削ぎ落して
価値観が変わっていくと
なんだか、磨かれていくように、
思うんですよ。
最後の最後、洒脱で、洗練された自分を
手に入れていたらいいなぁと思う。
70歳くらいまでにねー。
それまでは、山も登らず
わかったようなコトを言うのは
やめようと。
大切なものが
今よりもっと見え始めたら
もうやみくもに
求めることもしないでしょう。
ところで常々、
野望を抱いていることが一つ。
それが「着物」。
京都の宿で
いつもお世話になっている
仲居さんにうっかりと
「京都で着物が見たい」と
言ってみた。
そしたら、うちからお伝えして
紹介いたしたしますから
行ってみては?とおっしゃる。
私の目はハートに。
目の前に着物の山があるのだから
登ろうではないか!そう想った矢先
リキシが言った。
「だめだめ、その人に着物なんか見せたら。
山のような反物を、首に巻いて買うから
もうちょっと待ってくれる?」
くそぅぅ。入山許可ならず。
でもね、必ず登ってみよう。
その欲の山に。
綺麗な綺麗な反物をかき分けて。
残暑厳しい9月の頭
私には肥大化した子宮筋腫2つと
同じく7センチ以上に
膨れ上がった卵巣
両乳房に合計3つのしこりが
見つかった。
リキシが命じた
レディースドックとやらで
女にまつわる臓器の
ありとあらゆるものを
チェックしていた。
そして見つかったのが
そんなような異常だった。
「蝶よ花よと女を生きる」
といって会社を辞め
やっと、さぁどう1年を過ごそうか
などと考える気持ちになっていた
矢先の出来事だった。
医師の説明はシンプルで
ここはドック機能しかないから
どの症状も早く病院の診察を受け
医師に従ってくれと。
特に卵巣は摘出しなくては
いけないと念を押された。
私は、その時妙に冷静で
「あーそうですか」と
病院を後にしたのを
覚えている。
物言わぬ私の体が、
私に話しかけてきて
「まずはあなたの中の女そのもの
を見て、向き合って頂戴」
と言われたように想い
今まで無理をさせたのだから
さぁ、これからは大事に大事に
甘やかさねばと思ったりして。
そして、卵巣も、子宮も、乳房も
女そのものを表す臓器
どれ一つとして
手放すつもりなどないと
それだけは、きっぱり
心に決めていたりした。
それからは、切らなくても治す
と断言する医師たちとの出会い
を手繰り寄せ、昨日、やっと
今後の方針を聞いて帰ってきた。
検査を重ね続けた乳房は、
問題のあるしこりではなく
卵巣は細胞や機能に
問題がないことも
わかった。
その肥大化してしまった
卵巣だけは問題で
切除せず、薬を飲み続け治療する。
女でそのものの場所
自ら、卵を作り
血をたくわえ、
男を受け入れる場所。
女のサガに生きる臓器に
私は今しばらく執着し、手放せず
暮らしていこうと決めている。
女のからだを
余すことなく
味わいつくし
生きていくのは
大切だと思っている。
私には肥大化した子宮筋腫2つと
同じく7センチ以上に
膨れ上がった卵巣
両乳房に合計3つのしこりが
見つかった。
リキシが命じた
レディースドックとやらで
女にまつわる臓器の
ありとあらゆるものを
チェックしていた。
そして見つかったのが
そんなような異常だった。
「蝶よ花よと女を生きる」
といって会社を辞め
やっと、さぁどう1年を過ごそうか
などと考える気持ちになっていた
矢先の出来事だった。
医師の説明はシンプルで
ここはドック機能しかないから
どの症状も早く病院の診察を受け
医師に従ってくれと。
特に卵巣は摘出しなくては
いけないと念を押された。
私は、その時妙に冷静で
「あーそうですか」と
病院を後にしたのを
覚えている。
物言わぬ私の体が、
私に話しかけてきて
「まずはあなたの中の女そのもの
を見て、向き合って頂戴」
と言われたように想い
今まで無理をさせたのだから
さぁ、これからは大事に大事に
甘やかさねばと思ったりして。
そして、卵巣も、子宮も、乳房も
女そのものを表す臓器
どれ一つとして
手放すつもりなどないと
それだけは、きっぱり
心に決めていたりした。
それからは、切らなくても治す
と断言する医師たちとの出会い
を手繰り寄せ、昨日、やっと
今後の方針を聞いて帰ってきた。
検査を重ね続けた乳房は、
問題のあるしこりではなく
卵巣は細胞や機能に
問題がないことも
わかった。
その肥大化してしまった
卵巣だけは問題で
切除せず、薬を飲み続け治療する。
女でそのものの場所
自ら、卵を作り
血をたくわえ、
男を受け入れる場所。
女のサガに生きる臓器に
私は今しばらく執着し、手放せず
暮らしていこうと決めている。
女のからだを
余すことなく
味わいつくし
生きていくのは
大切だと思っている。