11番目。これでおしまい。
10とか区切りのいい数字で
しかも“病”で
このタイトル並びが
終わってしまうと
なんだか、旅立つヒトみたいでしょ。
もしくは、
「わたし、何、訓たれてらっさるの?」
と言いたくなってしまいます。
じゃ、ここで
「美しく生きる」とか
「誠実に生きる」などと
言えないよ。わたし。
私は、欲深いのですから。
「無欲です」なんて言われると
「うそぉ」と思ってしまう。
足るを知ることで
人生のたいていが受け入れやすく
なるのは知っているけれど
ここはまだ
私は自分が選んだ“欲の山”を
登り続けてみようと思う。
仕事がそうだったように
自分が選んだ山の
頂上にたどり着いたところで
見渡してみたら、なんのことはない
「欲望の果てには何もない」
となるだろうけれど。
それでも、私は
次なる山を選び、登るのだ。
欲の山。
あれがほしい、これもほしい
あれやってみたい、ここ行ってみたい。
こんな私になりたーい!
愛されたーい!
登るのよ。
人それぞれ価値観によって
「物質」「精神」「名誉」
という欲があるとして
その一つ一つを会得して、経験して
初めて味わえる価値があり。
「あーもうこれは、こんくらいでいいや」
と投げ捨てる欲もあれば
ますます貪欲に求めるものもあって。
そうやってまみれて、
まみれては、削ぎ落して
価値観が変わっていくと
なんだか、磨かれていくように、
思うんですよ。
最後の最後、洒脱で、洗練された自分を
手に入れていたらいいなぁと思う。
70歳くらいまでにねー。
それまでは、山も登らず
わかったようなコトを言うのは
やめようと。
大切なものが
今よりもっと見え始めたら
もうやみくもに
求めることもしないでしょう。
ところで常々、
野望を抱いていることが一つ。
それが「着物」。
京都の宿で
いつもお世話になっている
仲居さんにうっかりと
「京都で着物が見たい」と
言ってみた。
そしたら、うちからお伝えして
紹介いたしたしますから
行ってみては?とおっしゃる。
私の目はハートに。
目の前に着物の山があるのだから
登ろうではないか!そう想った矢先
リキシが言った。
「だめだめ、その人に着物なんか見せたら。
山のような反物を、首に巻いて買うから
もうちょっと待ってくれる?」
くそぅぅ。入山許可ならず。
でもね、必ず登ってみよう。
その欲の山に。
綺麗な綺麗な反物をかき分けて。