祈るまえに、恋をして。 -29ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

祈るまえに、恋をして。

香港のVictoria Peakから。

ただいま。
リキシの故郷から
お家に帰ってきました。

今日、リキシと食事をしながら

この人と入籍する時には
経験したことがない結納やら、
両親への挨拶やらを
やらかしてみようかしら
想像し、ひとりニヤニヤ
してしまった。

結納金で何買おうかしらん。
振り袖でも着ようかしらん。

両親も引き気味に、
そうね、我が娘からは
「目を覚ましなさい」と
言われるわね。

着物のことを考え始めると
着物の着付けができない
自分を恥じ入ってしまう。

たたみ方くらいはと母が丁寧に
教えてくれたが
とうの昔に忘れてしまった。

私が勤めていた会社は
ふらりと歩くと
銀座の街に出る。

自由な社風と自分の
立場をいいことに
勤務時間にありながら
銀座志ま亀さんや
銀座きしやさんの
ウゥンドウに
お鼻のファンデーションを
つけながら、魅入る私。
店の鉄壁は越えられず、
お外から眺めていただけだけど。

私のようなものは
着付け教室×着物購入×着物での外出先
は三位一体で揃っていなくては
着付けなど一生覚えられるはずもない。
ちゃんと着られるよう
になるためには
着て行く場所を作らねばならないわ!
などとその時も妄想していたっけ。

クラシックコンサート
なんか行っちゃおうかしら。
オペラや歌舞伎もいいわねと思う、
お茶を習うのもいいなぁ。

そう言えば、昔
父は私の茶道の手習いを禁止した。
父いわく、そうおいしくもないお茶を褒め、
花をほめ、互いの着物を褒めちぎる
そんな茶道に意味がないと言い
そのような見栄の世界に入ってはならぬと
書道や華道ばかりに私を精進させた。

いやいや、母は茶道をしていたし
着物を着て、お茶をたてに
どこやら出かけ、父は何も言わなかった。

今にして思えば
あれは、茶道に対する偏見ではなくて
欲深い我が娘が茶道の道を極めず
着道楽の道を突き進む恐怖から
あのような言い方をしたのだろう。

早く気がつけばよかった。

そんな私にとって今、憧れの行為がある。
着物を着こなしてこそ、
やってみたいこと。

それは最近になって私が訪れる
女性のブログにある生活。

今日はお茶のお稽古とか
お茶会なのとかで、
着物を着付けられたその様は
着物がしっかりと生活の一部で
余裕とか貫禄を感じる。
季節折々を着物で楽しんでいる姿が美しい。

その方が、
時々、着物で出かけるはずの
お茶のお稽古を

「今日はね、寒いから
お茶のおけいこ、さぼるの」

と、おっしゃるのだ。

マイリマシタ。
私も言ってみたい。

わたしなど、必死になって
着物を着る機会を作りそうなもの。
雨になりませんようにと
呪うように祈るに違いない。

でもその方は、
茶目っけたっぷりに
さぼっちゃったわ、
次はいくらでもありますの
と言うのだから
女の余裕がちがう。

結局私は、
着物にあこがれている
と言うよりは
着物楽しむ女の余裕や高みに
あこがれているんだろうな。

とりあえず、そこに行く前に
実家に帰ったら
昔、着せられた振り袖を探してみよう。
結納のために、じゃないよ。
娘のためよ。
私は、父や母に
嫁入り前のひと時
というものを
経験させてあげることは
できなかった。

電話で
「妊娠しました。
生んでいいですか?」
と聞いて、
そのまま入院してしまい
元夫と並んで
恭しく両親に挨拶などと
いうことはしなかった。

生んでいいと
即答した父も
腹の底では苦々しく
怒りたい気持ちも
あったろう。

父は「出産」と「結婚」は別と
考える節もあったが
この結婚に際して
元夫の実家を興信所を使って
調べ上げた。

急場をしのいで
選んだ興信所だったせいか
すぐに相手の知れ渡ることになり
相手の両親も激怒する。

父は、娘を嫁にやるのに
家柄や血筋を、どのような家か
調べるかは当然だと意を曲げず

彼の両親は、その慣れない状況に
困惑し、プライドが傷つき、
怒りがおさまらない。

両家はもめにもめていた。

それが私の結婚の最初。

今になって、両親と
嫁入り前の緩やかな時間を
過ごしていたら
それはとても幸せな
思い出だったろう
と思うことがある。

受け継ぐべき母の味や
育ててくれた父の想いを
知る時間。
育ってきた時間を遡り
自分を確かめ、
嫁ぐ日が来る。

そんな親孝行ができなかった。

私は自分の体調の悪さに
考える思考もなく
病院ベットに横たわるばかり。

もうすぐ桜が咲く季節。

藍白とでもいうのか
そうだvertd'eauという色の
地色に上品な柄の入った着物と
それに合わせた帯が用意されていた。

父には、突然の娘の結婚に
様々な想いがめぐっていただろう。
苛立つ気持ちが声に出て
母を困らせたように聞いている。

その父が、ある日ふらりと街に出て
京都から出てきたという呉服屋に入り、
父が思うこの逸品という着物と帯を選んだ。
後日母を同行させ
細やかなあれこれを一通りそろえ
私の嫁入り道具とした。

何よりも早く
嫁入り道具として用意されたのは
その立派な着物で、
それは本当によく似合うと
褒められた。

父が選んだその着物は
今実家に預けている。
そろそろ手元において
着て見たくなった。