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祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

入社式に出席する度
新入社員の
汚れなき、邪心なき
その後ろ姿を見つめ
なんていうか
蜘蛛の巣に引っ掛かった
美しき蝶をイメージしてしまう。


彼らがこれから経験する
「理不尽な世界」を
心の中で思ってしまう。


その昔、
会社の部署ごとにほんの小さな単位で
社員同志交流をはかりましょうなんて
名目のレクリエーションが
公然とあって。

同期の女子の配属先は
同じ会社といえど
人種が違うひとたちばかり。

こちらのよかれは
あちらの無粋で
あちらのよかれは
こちらの低俗。
それくらい。

ある日彼女は
レクリエーションに向かった。

鄙びた温泉街に
御一行がつくのは
金曜日の夕刻だ。
三々五々集い
湯につかり、酒を飲む。
揃ったあたりで酔狂な宴を持ち
宴も飽きたら
からからと下駄をはいて
温泉街を歩くのだそうだ。
もちろん女性社員一同も
からころと
男性社員の後をそぞろ歩く。


場末のストリップ劇場で
目立たぬ場所にあって
ステージの幕開けを待つ人々は
意外に熱を帯びることなく
他人に興味を持たないように
誰もがひっそりと
佇んでいるんだそうだ。

なぜかその中に彼女は
立ちつくした。

男性社員のいたずら心で
といっても恒例の洗礼行事だったのか
彼女がそこで見たものは
平常心を失った男たちの野卑な姿と
その男たちが放つ熱をおびた臭気と
繰り広げられた違法行為だったらしい。

泣きだして我慢ならず
外に出た女の子もいれば
微動だにせずその行為を
見たものもいる。
らしい。

あの時代
わたしたちが受けた
理不尽なる洗礼は
常に男と同じ仕事するなら
こんなこともあんなことも
我慢しなよ、嫌がるなよ、泣くなよ
そんなものからスタートした。

まともじゃない。
だけど給与体系が同じなら
昇進条件同じなら
オレたちと同じって言うなら
そうやって試されることが
多かった。

儀式を通過した
女子社員たちは、翌日から
ナニゴトカ、達観し、
仕事をさばき
何者にも弱みをみせず、
売り買いに徹し
儲けの追及に走り出す。



安心してほしい。
20年前のこと。もう時効。
こんなこと今の企業にはありえない。
だからこんな理不尽はない。
もう男女機会均等なんて
語るひと誰もいないからね。





今の新入社員に見る残酷さを
思うと胸が痛む。

わたしたちの時代は
就職して社会と接するうちに
世には理不尽なことが存在すると
教わり、その処し方は会社が
懇切丁寧教えてくれた。

でも今の新入社員や就活生は
採用時点で
「理不尽なことに強いこと」
を企業が求めるらしい。
その処し方も持っておれとね。

根本が理不尽だよな、それって。

働くこととか生きることって
理不尽に溺れて進むこと。
入社半年もすれば
強引な、不当な、非道な
暴論に遭遇するだろう。


彼らが背負うそれは
わたしが経験したことのない
種類になるにちがいない。


街ですれ違う
晴れやかに歩く新入社員を見ると
わたしは今でも理不尽な世界へようこそ
と心の中でつぶやいてしまう。




あぁそう言えば
わたしたちに続く
女性社員にそんな想い
させたくないな
とどこか思っていたと思う。

退社する前だったか
元部下の20代女子社員は
酒に呑まれ
取引先のうら若き男性社員に
やおらまたがり
なにやら叫びながら
ぶっとばしていたらしい。

女性上司が翌日お詫びに
奔走したというが。
ま、だから時代は変わったんだよね。


っていうかVちゃん
どんな会社にお勤めだったの?と
言う話なんだけど
とっても由緒正しき
人気企業でしたよ。
ちなみにわたしの部署のレクは
たいそう上等なお席で歌舞伎鑑賞。
当時わたくし、鼻からちょうちん
出して寝てましたわ。
4月2日、本日。
もう会社に行かないって
ひとがどこかにいるんだろうか。

いつもの時間に
目覚まし時計をとめて
いつもの時間に
歯磨きをし、
いつもの時間に
玄関で靴をはく。

そんなことを自分がもうしなくなる。
もしくは夫がしなくなる。

膨大な時間を前に
何物でもない自分が
一室で存在する、だけ。



引き際を美しくと語るのは簡単だ。
美学があるべきと
わたしも想っていたけれど。
引き際を殊更美しくできるというなら
それはそれほどの「関与」も「必要性」も
なかったんだね、と言えるではないか。
命を削るような想いをしているなら
今いるその場を去ることや
その場に残るという決断をすることは
勇気がいることだと
辞めてみて、そう思う。



退職について
リキシさんと話合った時間は2年間だ。
早期希望退職制度が発表される
ずっと前のことで
軽々に答えも出せず
悩みつくし、迷路に入っていた。


夢があって
こんなことしたいなを
叶えたのが会社だった。

だけどいつ頃からか

そつなくこなせる仕事は
感動もなくなる。
テレビで見る自分の仕事も
ラジオで聞くそれも
雑誌で見るそれも
若かったころ感じる誇らしさは
薄れ、ただの日常になる。

イベントが終わった
だだっぴろい会場で
その成功に酔うことがなくなり
風に吹かれて空を舞う
チラシを見ては
妙な空しさがこみ上げる。


この場所で「もうこれ以上」
が刻々となくなっていく。
何かが移ろう。

そんな青臭いことを
考えたのも事実。

もちろん、育ち盛りの娘がいて
もうそのころには
給与は世間の平均を大きく上回り
自分の「これ以上」を求める
気持ちに蓋をするのは
不可能ではないはず。

でも、もう、もうすぐわたしが
ここで燃え尽きるのに。
そんな感じ。


生きているのに死んでる感じ。




A3の紙に
自分が辞めたい理由と
辞められない理由を
書き出してごらんと
リキシさんに言われて
フローチャート化して
見せたことがある。

この人はそれを一瞥し
大半は金で解決できることだろといい
君の年収くらいは僕が稼ぐほうが
早いからと言って
だから辞めていいよと言ったのか
だから辞めてくれないかと言ったのかは
もう曖昧な記憶だけど。
その甘美な響きのセリフ
ひとつひとつを
ふん、ふんと聞きいり
それでも答えは出せずにいた。


そのままいけば
3年悩んでも答えは
出なかったし
あの場所に
しがみついていただろう。





クリスマスも近いある日ある朝
社長の訓示をうつむき気味に聞き
その後退職制度の発表を聞いた時
なぜかわたしは笑いが止まらず
晴れ晴れとした気持ちで窓の外に
目をやったことを覚えている。
その船に乗ろうと
わたしは決めた。
もう辞めていいよと
誰かが言ってくれているのだと、
扉は開いたと
本当に都合よく考えることにして

そしてわたしは
バーンアウトした。

よく、会社を辞めて後悔していないか?
と聞かれることがある。

1年前も2年たった今も
“後悔していない”と答える。

補足すれば1年前なら
辞めることがひとつの必然、
不思議な流れだったと
浮かれ気味に答えたかもしれないが

今はそこまでのこともない。
ただ淡々と後悔はないと
想うだけだ。




先日のこと。
アシスタントとは違う
年下の元同僚と
銀座でお茶をした。

この男の子も1年前に古巣を
飛び出したのだけど
古巣の人事情報にものすごく
詳しいのは笑える。


あっVさんあのヒト
鬱で出社拒否になって
辞めたらしいっすよ
といったのは
この記事の前に書いた
鬱気味な男性のこと。

とうとう深刻化したらしい。
組織の中で扱いにくさが目立ったのか
最後の年には閑職に追いやられ
デスクが置かれた環境も
それはそれはよくなかったんだと
教えてくれた。

共に働いた仲間だった。

そんなでもさ、
辞めないで
会社にしがみついていれば
よかったじゃない


会社を辞めて2年たったから
そう思う自分もいる。

他者の不幸せを意識することで
そこに生まれる優越感を
幸福と感じるひとがいるのだと。

これはわたし自身を含め
誰もが持つ
人間の本能なのだと
思う時がある。

わたしはながらくこの
“他者の不幸せ”側に
立っていたのだろう。

わたしにはどこか
わたしを“不幸せ”と定義した
人たちを見返すように
鮮やかに会社を辞めたいという
この上なく愚かなで
限りなく切ない願望があったように思う。
女の意地。
最近、その引き際を思い出す度
考えるのだ。







わたしの20代の社会人生活は
ほめられたものではない。

入社早々朝まで働くのが
当然という業界カルチャーに
染まっていたが。
そこはやはり若くて
どこか恋愛第一主義で
ふわふわとした目線で
うつつをぬかす
日常だったと思う。

入社2年目で妊娠し
入社4年あたりで社内離婚をした。
もう記憶すら曖昧だ。


おかしなもので
社内のわたしを見る目は
憐憫の情にあふれかえった。
なにゆえかわからぬが
わたしは
「夫に捨てられた妻」となり、
わたしではないわたしの物語は
いたるところで噂された。


もっとひどくなったのは
その元夫が社内の
派遣社員と数カ月後に
再婚してしまった時だ。

それはやはりわたしの身に起こった
“不幸せ”と定義され
社内に誕生した
元夫の新生活に見る幸せと
元妻の母子家庭に見る不幸せは
奇妙な三角関係を軸に
創造されていく。

確かに元夫は離婚から
1年もたたないうちに
わたしが頭金を全額出した
マンションで従順な新妻と
暮らしはじめ、
わたしときたら、人事ごとも最悪で
運から見放されたような状態。
この誰もが同じ会社に
毎朝出社するのだから
おもしろかったにちがいない。

いやいやわたしは
不幸じゃありませんと言っても
せんないことで
言いたい事はたくさんあったが
一端動き始めた物語は
もうわたしのものではない。


わたしは結局
ただ黙って働いた。
ただ黙って働けば働くほど
かわいそうがってくれる人がいて
驚いたが、そのうちわたしは
“母子家庭”という世間一般
不幸せなカードを利用して
相手の心に入り込む術すら
手にしていたように思う。

いつしかわたしは
誰もが、自分より少し
「不幸せ」な人を
求める気持ちを逆手にとり
面倒な組織と人間関係を上手に
わたり歩いた。
自身に起こる幸せのあらゆる
出来事を隠す努力をし、やがて
それにも慣れていた。

組織人としての後半、わたしは
大抵のことをそつなくこなす
成績優秀者であったけれど。

それでも誰かの目には
再婚もせず
恋人の存在は見えず
仕事に邁進する40代の女は
やっぱりどこか痛々しく
見えるようで
わたしをうんざりさせるには
十分だったように思う。






「おまえさ、辞めるったて
これから生活していけないじゃん
娘の進学だって金がかかるぞ」

早期希望退職にエントリーした朝
上司にあたる役員はこう言った。
そうしてエントリーは認めないからな
と言い放った。


だからわたしは
はじめて身の上に起こった
“幸せ”について丁寧に語った。
頑なに秘密にしておいた
わたしが育んだ幸せについて。

辞めたって生活は困らない。
幸せになるために退職したいと。





最終日に送別会が入っていた。
その中にいた50代の女性は
行間や語尾に終始自慢と嫌味が
付きまとい、面倒な人だった。
夫の勤務先、憧れの街にある住まい
子息の留学生活。
年に一度はハレクラニ。
ついでに言うなら
トリーバーチにドルチェ&ガッバーナ。


宴もお開きとなる頃、彼女が
あなたのパートナーって
何してる方なの?とお聞きになった。

この時のわたしは
この上なく愚かだったにちがいない。
ゆっくりと、そして淡々と
リキシの仕事についてお答えし
その立場について重ねて説明した。


「40歳にしてこの上なく好条件な
男を捕まえたのよ、わたしは」
そう積年の想いを吐きだしたような
顔をしていなかっただろうか。
その姿はこっけいで
さぞ切なく映ったことだろう。


彼女はただ黙って聞いていたような気がする。
わたしは彼女に微笑んで席を離れたような気がする。

それでわたしが
“他者の不幸せ”側から
抜け出だしかどうかはわからない。

ただわたしという女の、
どうしようもないその意地が
今となっては
無意味なものと思えるのだから
それはそれで良かったのだろうと
考えている。