辞めてみて思う | 祈るまえに、恋をして。

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ときどきぽつりと更新。

4月2日、本日。
もう会社に行かないって
ひとがどこかにいるんだろうか。

いつもの時間に
目覚まし時計をとめて
いつもの時間に
歯磨きをし、
いつもの時間に
玄関で靴をはく。

そんなことを自分がもうしなくなる。
もしくは夫がしなくなる。

膨大な時間を前に
何物でもない自分が
一室で存在する、だけ。



引き際を美しくと語るのは簡単だ。
美学があるべきと
わたしも想っていたけれど。
引き際を殊更美しくできるというなら
それはそれほどの「関与」も「必要性」も
なかったんだね、と言えるではないか。
命を削るような想いをしているなら
今いるその場を去ることや
その場に残るという決断をすることは
勇気がいることだと
辞めてみて、そう思う。



退職について
リキシさんと話合った時間は2年間だ。
早期希望退職制度が発表される
ずっと前のことで
軽々に答えも出せず
悩みつくし、迷路に入っていた。


夢があって
こんなことしたいなを
叶えたのが会社だった。

だけどいつ頃からか

そつなくこなせる仕事は
感動もなくなる。
テレビで見る自分の仕事も
ラジオで聞くそれも
雑誌で見るそれも
若かったころ感じる誇らしさは
薄れ、ただの日常になる。

イベントが終わった
だだっぴろい会場で
その成功に酔うことがなくなり
風に吹かれて空を舞う
チラシを見ては
妙な空しさがこみ上げる。


この場所で「もうこれ以上」
が刻々となくなっていく。
何かが移ろう。

そんな青臭いことを
考えたのも事実。

もちろん、育ち盛りの娘がいて
もうそのころには
給与は世間の平均を大きく上回り
自分の「これ以上」を求める
気持ちに蓋をするのは
不可能ではないはず。

でも、もう、もうすぐわたしが
ここで燃え尽きるのに。
そんな感じ。


生きているのに死んでる感じ。




A3の紙に
自分が辞めたい理由と
辞められない理由を
書き出してごらんと
リキシさんに言われて
フローチャート化して
見せたことがある。

この人はそれを一瞥し
大半は金で解決できることだろといい
君の年収くらいは僕が稼ぐほうが
早いからと言って
だから辞めていいよと言ったのか
だから辞めてくれないかと言ったのかは
もう曖昧な記憶だけど。
その甘美な響きのセリフ
ひとつひとつを
ふん、ふんと聞きいり
それでも答えは出せずにいた。


そのままいけば
3年悩んでも答えは
出なかったし
あの場所に
しがみついていただろう。





クリスマスも近いある日ある朝
社長の訓示をうつむき気味に聞き
その後退職制度の発表を聞いた時
なぜかわたしは笑いが止まらず
晴れ晴れとした気持ちで窓の外に
目をやったことを覚えている。
その船に乗ろうと
わたしは決めた。
もう辞めていいよと
誰かが言ってくれているのだと、
扉は開いたと
本当に都合よく考えることにして

そしてわたしは
バーンアウトした。

よく、会社を辞めて後悔していないか?
と聞かれることがある。

1年前も2年たった今も
“後悔していない”と答える。

補足すれば1年前なら
辞めることがひとつの必然、
不思議な流れだったと
浮かれ気味に答えたかもしれないが

今はそこまでのこともない。
ただ淡々と後悔はないと
想うだけだ。




先日のこと。
アシスタントとは違う
年下の元同僚と
銀座でお茶をした。

この男の子も1年前に古巣を
飛び出したのだけど
古巣の人事情報にものすごく
詳しいのは笑える。


あっVさんあのヒト
鬱で出社拒否になって
辞めたらしいっすよ
といったのは
この記事の前に書いた
鬱気味な男性のこと。

とうとう深刻化したらしい。
組織の中で扱いにくさが目立ったのか
最後の年には閑職に追いやられ
デスクが置かれた環境も
それはそれはよくなかったんだと
教えてくれた。

共に働いた仲間だった。

そんなでもさ、
辞めないで
会社にしがみついていれば
よかったじゃない


会社を辞めて2年たったから
そう思う自分もいる。