「こんな子に誰がした?」は、やがて「こんな大人に誰がした?」につながる。
『「保護者の協力不足や担任任せな実態もある」と保護者との連携や校内での一致した対応を求めている。』とあるが、ここで露呈するのが学校と家庭のコミュニケーション不足。
せっかく少子、少人数学級なのに、「こんな大人に誰がした?」みたいな親や教師では、コミュニケーションがとれないのだ。
だいたい学校へ通う家庭そのものが健全な状態であることが、親の務めではないだろうか。
異例なことばかりが大きく取り上げられるから不安も多いが、
健全な家庭も、教師のかがみもまだまだ健在と思う。
実際は、メディアに取り上げられないような感動的なドラマが幼稚園でも学校でも毎日くりひろげられている。子供たちは快楽志向だから、大人が素材と正しい使い方を説明すれば、発見や工夫が尽きない。ナイフだってシュレッダーだって、大人がほんの少し子供に付き合ってあげたら、知恵がついたと思う。
飲酒やパチンコなど大人限定の快楽にはしり、向き合ってもらえない子がいるというのは、難民問題のように深刻なことではないだろうか。
ピアノを通してコミュニケーションがうまくとれていない子を見かけるが、少しの時間でも伸びてほしいし、その子の明るい未来を願う。
小学校選びは、就職活動と同じで、学校の教師の資質が見えづらく、学校も子供の家庭環境をできる限り知りたいのだと思う。だから私学は卒業生や関係者など、家庭のデータの多い子を入れることになる。
リスクの度合いは異なるにしても、教師も家庭もすべてが健全ということはないのだから、大人がコミュニケーションの手本を示し、足りない大人の分までも補える余裕のある学校と家庭が増えていってほしい。