大衆向けの映像やストーリーが子供たちの心に何らかのショックを与えることがある。
感動の少ない大人は、貧しい国の人々やホラー映像を「いつものこと」と見過ごせるが、はじめて目にする子供たちには良くも悪くも一生忘れることのできないほど影響力があると思う。
小学校高学年の男の子のママたちが「怪談を聞いてから、夜ひとりでトイレに行けなくなったときがある」と、夏休みを振り返っていた。
日本の番組は始まるときに「暴力シーンがあります」などの予告がないが、最近は観たい映像を録画しかしないので、あまり「お茶の間が気まずい」というシチュエーションはない。
このあいだ次女と自転車で信号を待っていた。
歩行者は赤信号なのに、一匹のゴキブリが横断している。
左折車が続いていたので、やがてゴキブリは何台かに轢かれ、とどめのトラックの大きなタイヤに張り付いて去っていった。
歩行者が青信号になったので、次女の自転車を促した。
次女は泣いていた。
目の前で小さな生命がなくなったことにショックを受けたのだ。
こういうときの言葉かけは、とてもむつかしい。
ゴキブリを注意してくれる家族がいなかったから、、、とか
ゴキブリは赤信号を知らなかったから、、、とか、
次女が同じことにならないよう身をもって教えてくれたのだ、とか。
蜘蛛の糸ではないけれども、ゴキブリも死を悼んでもらって成仏できるのではないだろうか。
小さな子ほど大人が見落としている虫とか雑草に目を向け、大人が提供する映像では感じ取れないほどの驚きや感動を日々味わっているのだろうなあと思った。