人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語 -12ページ目

人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

フィレンツェ在住22年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

日本の皆様


おはようございます。


日曜日に病院から帰宅することができ、


愛猫の、待ち侘びていてくれた様子も嬉しく、




やはり家はどこよりも落ち着く!

と安堵する。




このふわふわを味わいながら昼の休息を十分にして、リラックスし、


身体が普通に動くことや、食事がとれること、

家族とおしゃべりできることや、本が読めること。


本当に普通のことができる喜びでいっぱいになる。



術後の詳細をドクターから聞いていた主人は、より一層不思議な気持ちで私を見つめていた。


「本当に何もなかったかのように動けていて、感動だ!麻痺も少なそうだし!」

と。


耳の下の腫瘍摘出だったので、神経に触れる可能性があり、頬の痺れなどが残るだろうことは伝えられていた。


そういった麻痺もひと月から6ヶ月経てば、消えるはず。

消えなかった場合、それが後遺症と。


ひとまず、口角も上がるし、頬の感覚もしっかりとある。

耳近くの感覚はまだ曖昧だけれど、表情も普通らしいので、皆喜んでくれた。


ドクターの腕であろう!

これまた大感謝である。


そのドクターは、日本の鳥取大学医学部で行ったMRIのデータを大変褒めてくれていた。

的確なMRI画像は、難しい位置の手術に大変役立ったと。




退院後二週間は重いものを持ったり、激しい動きをしてはいけないということなので、

家で家事中心、


そして彫金の仕事の方は、マーケティングや宣伝、そしてデザインおこしなどに集中して、


最初から、ガンガン動きだすのは控えようと思っている。



また、退院時に聞き忘れた、大好きなワインやビールはいつから飲めるのか?

ということも、Chat GPTで確認すると、コーチゾン剤服用中や、患部の腫れがあるうちは控えるべし!

との回答を得たので、


まだまだしばらくは飲めそうもない。



だとすると、これを機に禁酒や減酒に持って行くのも悪くないのかもしれない。


などと考えながら、オーディオブックでその種の書籍を聞いて、自分へ方向付けしつつある。



お酒を飲んでいない翌朝の目覚めが、爽快なのは分かっているし、

テニスもシングルスをする日の前日はお酒を抜くと動きが全く違う。


この二点を自分にしっかりと刻めば、今までのような飲み方をやめることができるかもしれない。


晩酌時が面白くなくなる!

と思う気持ちは確かにあるが、


気持ち良く酔ってきて、おしゃべりに興じる夕べを

明晰な頭で家族と何かする時間に使っても良いわけだ。


高尚なことを書いているが、基本、飲兵衛であるので、どこまで減酒できるかは定かではないが、


早くテニスに復活して、そしてトーナメントで勝ちたいという

アラフィフの身で大それた夢を抱いているので、


そのためには、もしかすると良い機会になるのではないか?

とも思っている。



できないことが多い時期も、それがもしかすると良い方向に向かう転機なのかもしれない!

と受け止めて、


今できることに集中する。


そこで、以前よりも生活の質が向上したと自分が気付けば、儲けものである。


こうして、ささやかではあるが自分へのチャレンジが始まった。


愛猫のふわふわに癒されながら、少しずつ少しずつ戻ってきた日常生活を味わいつつ。






オルビタ リング 925シルバー 淡水パール



それでは、皆様今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪




Kaoruko Nakashima がフィレンツェで制作しているハンドメイドジュエリーにご興味がおありの方はどうぞこちらをご覧ください。 

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価格、制作時間、送付方法などのご質問は、サイト内のお問合せ、或いはブログのコメント欄より、ふるってご連絡ください。


 

 

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日本の皆様


おはようございます。



術後二泊で帰宅できるはずだったが、一日延びて三泊となる。


傷口近くにドレーンの管が通されていたのだが、予想以上に手術が長引いたこともあり、傷口から液体や血液が、綺麗に排出されるのにも少々時間を要したようである。


土曜日に家に帰れるものと意気揚々としていたのが、ダメになって、少々がっかり。


面会時間以外は、Netflix、テニスを見たり、文庫本を読み、オーディオブックを聴く。


それ以外は何もしなくて良いので、本当に時間がたっぷりとある。


仕事についての考えをまとめたりするのにも、この自由時間は有効なのだろうが、抗生物質やコーチゾンなどを投与されている数日だったので、頭はちょっとぼんやりしている。


焦らず、ゆっくりと一日多く与えられた休暇だと思って過ごすことにする。




手術日当日に、同室だったシニョーラは一泊後帰宅して行って、一人部屋状態だったのだが、

夕方に救急病棟で手術をしたご年配のシニョーラが入室される。


スプマンテの栓を抜いたところ、それが目に当たったらしい。


話を聞くだけでも痛々しく恐ろしいのに、


それに対応していた看護師さんが


「この季節、とても多いのよ。」

とクリスマス前後のフェスタ期間に起きる悲劇について語っているので、尚更怖くなる。


この年配のシニョーラは目の中の血液をとるだけで今回の手術は終わり、再度水晶体などの手術をするための検査を翌日にすることになったようである。


何度も手術になるなんて、クリスマス前に大変なことである。


彼女が土曜日の朝に検査に向かってから、私は再び一人部屋状態となった。




二人部屋の向かいのベッドはこうして、次の患者さんのために整えられた。








眺めも良いので、気持ち良さそうな一日を眺める。



一人になったら、あれこれと部屋の中で動き始める。

病院の食事は、こんな感じ。


(パンチェッタのトマトパスタ、ほうれん草、豚肉ソテー。)


(スープみたいなものを混ぜると下にはスペルト小麦が入っていた。牛肉の煮込みとグリーンピース、人参ソテー。)



見た目はパッとしないが、カレッジの食事は、他の病院に比べて美味しかった。


私はしばらくは固いものを控えないといけないようで、パスタも柔らかめ、スープ状のものをいただいた。


実はこの週の金曜日にストライキが行われ、色々な公的機関がストップしていた。

特に学校や病院の用務員のような業務の人が行ったようで、


「ご飯がないかもよ!?」

などと囁かれていたので、通常の食事とは異なるところから来た可能性もある。




土曜日に家に帰れるはずが、日曜日となり三泊したことになる。

週末ということもあり、ベッドはガラガラだった。


しかし、イタリアの病院の費用は税金で賄われているので、できるだけ簡素に皆に平等に対応される。


入院はできるだけ少ない日数なのだ。



伯母さんと電話で話した時彼女の友人はドレーンを持ったまま退院させられたということだった。

家での処置は難しいから、病院に居させてもらえて、本当に良かった。


それもベッドがいっぱいになっていたら、私は家に帰らされていたのだがから、

入院が一日延びて、暇を持て余し始めたいたが、


そんなことに文句を言ってはいけない。


そう思いながら、入院生活を味わう。




そして翌日の日曜日の朝、無事に退院。


虫垂炎の時も驚いたが、

今回の、耳の下で神経がいっぱい通っている箇所の複雑な手術も、


手術代は全て健康保険(税金)でまかなわれ、薬代のみ実費で支払う形だった。




虫垂炎の手術費用について少し調べてみた。


アメリカだと保険なしの場合、150万〜600万

保険ありでも、20万〜80万


日本だと保険ありで10万〜20万

保険なしは30万〜60万


これでもアメリカに比べると安い。


そこへ来てイタリアは、ほぼ無料であるから、やはり驚愕してしまう。



もちろん、予約が取れないなど問題も多いが、


私の場合、幸運にも9月にイタリアに戻り日本で行った検査結果を持って行って、

診察と検査、そして手術前検査、の3回の診療後、12月中に手術が終わった。

緊急ではないが、その次のレベルでの手術待ちに入れてもらえたので、これほど早く順番が回って来たのだ。


カレッジの中のAiuto point ヘルプセンターの方の助けがあって、物事がすいすいと進んだ。

こうして恩恵を被ったあとだと、本当に感謝の気持ちしかない。



ここに辿り着くまでの予約についての紆余曲折についてはすでにブログに書いているので

気になる方は以下のブログをご参照ください。





次女と主人が見つけた耳下の腫瘍。


すごく昔からあって気にしていなかったがここのところ大きくなり始めていて、

彼らの言葉に従って嫌々検査に入った私だったが、


動いて良かったとつくづく感じ入る。


緊急ではないからと、もっと放っておいたなら、色々と面倒なことになってしまっていたかもしれない。


全ては必要な時にやって来る。


身の回りの兆しをキャッチしたら、贖わないで、進む。

進んだら、文句を言わず全てを感謝へと変えて行く。


こうすると、なぜか、物事はうまく進んでいくようだ。


イタリアでの入院体験を経て、今回も感じたことである。


それでは、皆様今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪




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日本の皆様


おはようございます。



フィレンツェ大学病院、カレッジでの手術も終わり、家に帰れる日を待っているところです。


皆様からは励ましの言葉などいただき、大変心強かったです。

ありがとうございます♪

無事手術終了、日に日に回復しております!




フィレンツェでは3回目の手術、と言っても、

帝王切開、虫垂炎、そして今回の耳の下の腫瘍を摘出と

どれも深刻なものではないけれど、


今回の手術が顔の近くということもあって、一番神経を使うものだったと思う。




3回ともそれぞれ異なる病院での手術で、今回初めてフィレンツェ大学病院での手術となった。


通された部屋は二人部屋でテレビもそれぞれ画面が一台ずつついていて、シャワー付きのトイレがあり、まずまず快適そでほっとした。



 (病室からの眺め)



6人部屋などだったら嫌だなぁと思っていたが、

それは遠い昔、長女を妊娠している時に調子が悪くなり、他の病院に入院した時だった。




イタリアの病院にも、


郷に入っては郷に従えで


少しずつ耐性がついて来ている私。


いつも思うのだが、

他の人との間仕切りのカーテンがあれば、着替える時も、眠る時も、診察の時も同室の人に、気兼ねがなくいられるのだが、

それは、この国では求められないようである。



とは言え、施設も医療技術も、日本に負けず劣らず、と言っても言い過ぎではないくらいで、


こうして、とんとんと手術までたどり着いているので、感謝の気持ちしかない。




同室のシニョーラは、とても気の良い人で、高校教師だった。

私より前に入室していたのだが、


なぜか手術室には私が先に呼ばれる。


執刀医が異なっていたようだ。


私は彼女の後に呼ばれるだろうと思っていたので、面食らって大急ぎで着替える。


今までの手術は眼鏡をとるのは最後の最後だったのに、ここでは病室に眼鏡を置いていくことになり、道中や手術室の様子が、ぼんやりとしか見られなかったのが、少々残念。


同室のシニョーラが後で語っていたのは、


近未来的なあちこち動く装置が壁や天井に使用されていて、驚きと、恐怖に襲われたということだった。



しかし、イタリアではどこでまでも、おしゃべりの声は続き、静かな空間は本当に稀である。


看護師さんたちもずっと喋っているし、

手術準備室でも、皆があれこれと話しかけて来る。


日本好きな看護師が二人いて、アニメの話などにも詳しくて驚く。


そうこうしているうちに、最初に

「ちょっとリラックスする薬を使うわね。」

と言われたので、


「麻酔ですか?」

と尋ねると、


「まだまだ」

と言われる。


以前の病院では、麻酔を投与されてから、中々効かなかったので、本当に眠れるのかな?と不安になったが、

今回は、

このリラックスの後から、ぼんやりして、その後記憶なし。


次の記憶は入院病室のベッドに移される時に


「終わったよ。ベッドに移れる?」


と言われて、


私の中では、ほんの一瞬で全てが終わっていたことに気づく。


手術は予定よりも長引いたということだった。




入院病室には同室のシニョーラの姿があった。彼女はまだ手術室に向かっていないということで、


「ずっと待っているとは、何てこった!」

と思う。


手術前の時間が長ければ長いほど、重い気分が続くのは、体験者ということもあり、重々承知している。


早く順番が来るよう祈っていると、手術が終わった私のもとに主人が呼ばれて、少し話しているうちに彼女の番となった。



「In Bocca a lupo! イン ボッカ ア ルーポ!」

私が送り出された時と同じように、彼女に同じ言葉を投げる。


これは、直訳すると狼の口の中!ということになるが、幸運を祈る!という意味。


これに返す言葉は


「Crepi! クレーピ!」

狼をやっつけるぞ、お腹を破って出て来るぞ!という感じ。


彼女を送り出し、少しだけ主人と話す。


目が覚めていても、麻酔や色々な薬の影響でアドレナリンいっぱいで、かなりお喋りになっていたと思う。


以前、帝王切開をした時に、

「痛み止めはいる?」

と効かれた時に、


どこまで痛くなるのかな?今全然大丈夫だけど?などと思い、


「いりません。」

と言って後から、ひどい痛みが襲って来て、苦しんだという馬鹿な一件があるので、

今回も早め早めに痛み止めはもらうことにする。


そして夜眠れないと、治るものも治らないので睡眠薬もお願いする。


イタリアの病院は夜でも賑やかなので物音ですぐ目が覚めてしまう私にとっては必須である。



普通の時には何の薬も飲まない私であるが、幾度か病院で夜を過ごして学んだことである。


救急病院に入って一晩留め置かれた時は、入院病室ではなく、救急病棟の奥の簡易ベッドで寝かされた。

その時は一晩中、人の出入りと看護師たちの喋りで、一睡もできなかった。

イヤフォンで、小説を聞いていたにも関わらず。


なので今回の入院には、イヤフォンも二つ用意して、充電が切れた時にも対応できるようにして来た。耳栓も持って来た。


前日までテニスをしてママ友たちとブランチに興じていた能天気な私であるが、今回の入院準備はまずまずちゃんとできていたようである。


朝7時半に病院いついてドキドキしながら手術を待った長い長い一日は、こうして無事に過ぎて行った。


執刀医のマッジョーレ先生をはじめ関わってくださった全ての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。


ありがとうございました。




それでは、皆様今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪




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