自分を攻撃するくらいなら外を攻撃してやる! | しなやかに美しく生きる -Angelic Life-

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“幸せな日々をかろやかに過ごす” が、私のテーマ。
誰もが光り輝く天使のような存在です。

 

 

『病気が教えてくれる病気の治し方』

という本を少しずつ時間をかけて読んでいます。

 

 

アレルギーを何とかしたい

という思いから。

 

 

 

 

 

 

スピリチュアルとかサイコとか書いてあるけれど、

 

読んでいて ”スピリチュアル” とは、ほぼ感じない内容です。

 

 

 

この方が反って現実的だと思ってしまう。

 

 

 

ザックリ言うと

 

何かを投影してできた影が症状を出している。

 

何を投影しているのか探ってみましょう。

 

という内容。

 

 

 

『アレルギー』の項目もあります。

 

ここを読んだ時には

 

「ふむ、なるほど。そうかも」

 

と思いながらも

自分のアレルギーの原因を深く探ることができずにいました。
 

 

 

 

 

私の場合、

バラ科の植物もアレルゲンの一つであると分かっていたのに

うっかりバラに反応して

ここ10日ほど痒みに襲われています。

 

 

 

また、二月頃から右肩が痛くなり始め、肘まで痛みが拡大しました。

 

 

 

 

右肩から右肘にかけての痛みを考えながら

 

『リュウマチ』のところを読んでいて私に起こったことが有ります。

 

 

 

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リュウマチ

 

攻撃的なインパルスが体で実現しそうになると無理やり抑えつけ、

使われなかったエネルギーは関節の筋肉に溜まり、

炎症を起こす。

病気の痛みは元々攻撃的な行為の産物。

気持をこらえれば攻撃性は自分自身に向かうので痛みとなる(自己攻撃)。

 

==========

 

 

 

こういった内容を読んだ時に

 

”私は無意識に自分を攻撃していたのだ”

 

と分かりました。

 

 

 

今、アレルギーで全身がチクチク痛むのは

 

自分で全身を攻撃しているんだ

 

それを子供の時からやり続けてきたんだ

 

無意識のうちに

 

と。

 

 

 

 

 

「自分がいけないのだ」

というような意識レベルの話ではなく。


 

意識レベルでは

 

自分を責めない、攻撃しない、否定しない。

 

やりたくない事は極力やらない。

 

 

 

攻撃的な所が自分に有るのは自覚していて

 

人間だから仕方ないし

攻撃的な気持になるのもそれなりの原因が有る

 

と思っていました。

 

 

 

でも

 

無意識にその攻撃をず~っと自分に向けていたのだ

 

 

と思ったら

 

 

 

 

自分が可愛そう過ぎて

 

 

涙があふれました。

 

 

 

 

 

もはや本を読むことはできませんでした。

 

 

 

 

 

 

「自分を攻撃するくらいなら、外を攻撃してやる!」

 

という心の叫び。

 

 

 

 

その叫びと共に

 

痛い右腕で空中を思いっきりパンチ!

 

 

 

 

横から誰かが

 

「ようやく分かったか...」

 

と言ってきた。

 

 

 

 

でもそれを気にする余裕もなく

 

突き上がって来る思いを止められず

 

 

 

 

「自分を攻撃するくらいなら、外を攻撃してやる!

 

いくらでも攻撃してやる!

 

そうじゃないと私、可愛そうだもん!

 

私は私が可愛いんだよ!

 

攻撃してやる!

 

外に出してやる!」

 

 

 

 

何度も心の中でそう叫びながら

 

両手両足で空パンチと空キックを繰り返しました。

 

 

 

 

エイ!エイッ! と。

 

 

 

 

ベッドで横になって読んでいたので、

 

寝ながら手足をバタバタさせて。

 

 

 

大泣きしつつ。

 

 

 

子供の様に。

 

 

 

 

 

 

具体的な人物のイメージも上がってきました。

 

 

誰が上がってこようともう構う事なしに。

 

 

 

 

イメージの中ではパンチを浴びせようと

蹴りを入れようと

 

相手が痛むことは有りませんから、

 

思いっきり。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が済むまで続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アレルギー』の項目の中でも

 

攻撃性については書かれていました。

 

 

その時は頭で読んでいたのでしょう。

 

 

あるいは

 

 

そこに触れるのが怖かったのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体と、私を見守っていてくれる誰かが

ずっと教えてきてくれたのに

なかなか気づけず。

 

やっと気づくことができた。

 

 

 

 

 

 

あの言葉を言ってきた誰か、

 

ありがとう。

 

 

 

私のカラダもありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空パンチのお陰で両腕が筋肉痛。