「永遠なんてないんだ」
彼はそうつぶやいた。
星空の下で、それは胸がすうすうするような、底なしの不安をつれてきた。
いつか人はみんな死んでしまうものだけど、死んだらどうなるのだろう。
天国なんてほんとにあるものだろうか。
天国に着くまではどうなるの、むせび泣くみんなを見下ろして、ただなすすべもなく浮かんでいるだけだろうか。
もしも天国に行ったら?みんなニコニコして、それで時間だけが過ぎていくの?
体はあるの?意識はあるの?
もしかして、存在する、という感覚だけがあって、思考はぜんぜんできなかったりするのかしら。
あたしが死の無限ループにはまり込んで黙り込んでしまうと、彼はにこりと微笑んだ。
「ねえ、永遠なんかないからこそ、僕たちはちゃんと生きているんだと思わない?
君のその赤い髪も、個人的な趣味としてはどうかしてると思うけど。でも君の人生の中の短い時間で、そんなどうかしている髪色であれる瞬間なんて今だけだからね。オレンジでも緑でも、好きにすればいいさ。」
あたしはいきなり現実に戻らされて少しむっとして答えた。
「だって赤にしたかったんだもん。似合うでしょ?」
「まぁ似合ってるけどね。
だって君だって気づいているんでしょ?どうせ3年生になったら就職活動で黒く戻さなくちゃいけないから、だから君は入学したころから髪を染めてみたりサークルを回ってみたり、バイトしてみたりしていたんだろう?」
―――そうだ。
どうせあと1年したら、あたしは「大人」という枠にはまらなくちゃいけない。
普通に就職して、結婚して、子供を生んで?
ただ、「普通」に。
「君は大丈夫だよ。君はちゃんと気づいてた、永遠なんかないってこと。君はちゃんと生きているよ。
それにね、君が好きなことをしているときが、僕は一番君が生き生きしていると思うよ。」
「そりゃ、だってあたし、無理だもん。自分の興味ないことにかかわり続けるの」
「そう、君はそうやって、大事なことを忘れないで生きていけばいいさ。それだけは忘れちゃだめだ。
君は君の時間を生きている。
やりたいことをやっていきなよ、やらなきゃいけないことじゃなくて」
それから少し沈黙して、彼はそっとささやいた。
「ねぇ、キスしてもいい?」
「・・・いいよ」
これが最初で最後のキスになるだろうとあたしは予感していた。だって永遠なんてないのだから。
彼はそっとガラスの人形を扱うようにあたしに触れると、ゆっくりとキスを落とした。頬にも、まぶたにも、額にもうなじにも、唇にも。思いつく限り、すべての場所にキスをし終わると、彼は少し寂しそうな顔をした。それは、おいていかれる子供のような顔だった。
「ずっとこうしていられればいいのにね」
あたしは笑った。
「それじゃ、さっき言ってたのと矛盾してるわ。永遠にこんな時間が続いたら、あたしきっとあなたとこんなばかげたことしてないもの」
きっとあの子はあたしと彼がこんなことしているなんて露とも思わないだろう。だってあたしは地味で目立たない、秘密主義のうそつきだから。
「ねぇ、あなたもちゃんと生きているよ。永遠がないことなんて忘れて、ちゃんと大人になるわ」
あたしは小さく微笑むと、永遠を生きる彼に、ゆっくりと、永遠の嘘をついた。