おのれの含羞(がんしゅう)を曝(さら)さず



故・司馬遼太郎さんの「以下、無用のことながら」より、
著作権の事もあるので、かいつまんで書くと、
p.302
桂春団治は、おのれの持つ、
含羞 ( がんしゅう ) が強すぎるために、
おのれを曝 ( さら ) す事を避け、

作中の他者 ( 登場人物達 ) をし抜く事を、
芸の出発点にしたと言う。

ふと思うに・・・
小説でそうした出発点を感じさせるのは誰かと思うに、
吉川英治がそれでは無いか ?
・・・
・・

私の場合、
そんなに人様に対して、
大々的にお見せするような
中身の充実した人間では無いので、
こそっと、ブログを書く程度にしている。
生配信なんて恐れ多い話だ。



吉川英治全集 118巻合本版/MUK production

¥価格不明
Amazon.co.jp


Kindle版だと、
たったの、200円
即、購入したww



(レビューより抜粋)
( Amazon検索で、吉川・・とすると、 )
「111作品合本」が真っ先に検索に入ってきますが、
こちらは太閤記が途中で終わってしまい、最後まで読めません。

118巻合本版とは、別のモノ




以下、無用のことながら (文春文庫)/司馬 遼太郎

¥832
Amazon.co.jp

故・司馬遼太郎さんの「以下、無用のことながら」より、
著作権の事もあるので、かいつまんで書くと、
p.268
悪人とは、現代で言うところの、
「法律を犯した人間」の意味では無く、
肉体・頭脳・精神的に極めて優れた人 ≒ 善人、
これに対して、
「亜」→ 少し不足してる人 ≒ 悪人、
という解釈が正しいらしい。
で、Amita_阿弥陀如来は、
善人にしろ悪人にしろ、残さず浄土に連れていく・・
それに対し感謝の言葉、「南無阿弥陀仏」
( 全ては Amita に帰依、帰着する )
を唱えよ・・との事らしい。
南無帰依仏
南無帰依法
南無帰依僧
すべては仏に、法に、僧に帰依 ( 帰着 ) する
・・・という言葉もある。

で、「救済」とか「救われる」と書かれる事が多いが、
それはややキリスト教的な考え方で、
仏教的には「正機」→ 自立、自らの足で立って自己解決・・
現世においては、こちらの意味合いの方が正しいらしい。
仮に「救い」があるとしても、
それは死んだ後の話だよ・・・的な意味合い。


以下、無用のことながら (文春文庫)/司馬 遼太郎

¥832
Amazon.co.jp

※ 別のテーマ _ 管理◆コンピュータ / ソフト
 内にも残すために、6/1日分の、同一記事の転載 ※




Sigil フリーソフトの利用で、勉強記録orその他を記録として残す。
つまり、
Amazonのサイトにて、書籍化しておけば、
もしかしたら将来、消え去ってしまうかも知れない、
無料ブログや、無料H.Pサービスとは違って、
( Amazonが生き残ってる限りは、)
延々と勉強記録~各種の情報が残り続ける・・と考えた。
昔は自費出版といえば、
とんでも無い金額が掛かったものだが、
今や電子情報の時代、
Amazonの利用ならば、それが無料





この一冊で大丈夫!Kindle自費出版入門/自費出版研究会

¥価格不明
Amazon.co.jp

99円だったし、
「フリーソフトの、Sigilを・・」の
文言( もんごん )につられて購入。
Sigilの青い輪っか状の「リンクボタン」が、えらく便利。
下書きには、Crecent Eveというメモ帳系のフリーソフトを使用している。
この下書き文章を、Sigilのページに paste _ 貼り付けて、
あとはページ内のどれかの文書に、link _ リンクを張って、
他のページと結び付けるだけ。


  ↑