VCE - Abito A Ghetto - -6ページ目

VCE - Abito A Ghetto -

感性と知性が財産です。

妄想だけは、合法の範囲内で許された創作行為です。お願いします。妄想させてください(笑)。

小説「ハスの花」(仮名)の構想は、2013年5月からありました。言いたいことや、メッセージはそこで決まっていました。

最初に、主人公の人間性が形成された文化的背景、環境、気候、風土を考えました。主人公の出身地を、農業・漁業の両方が恵まれた地域を候補に考えました。
「長崎市外海地区」、「静岡県伊豆地区」の2つが候補でした。長崎市外海地区は、遠藤周作の「沈黙」の舞台であり、僕の文化的背景もそこにあったので、
取り扱いやすかったのですが、土地が肥沃でより農業に適しているという点で、静岡の伊豆を選びました。伊豆特有の苗字として、「伊郷」にしました。

農業・漁業が恵まれた環境の中では、持ち家を持たない母子家庭で育つというのは、圧倒的に不利な人生しかありません。他人は、先祖から与えられた既得権益(家、田んぼ、畑、漁業権)を受けて、何不自由なく暮らしているのに、
自分だけ何もない環境からスタートしなければならない過酷さが、農業・漁業が恵まれた地域であればあるほど痛感します。地域の不条理を突くような存在は、その地域では疎外の対象になるのです。

いろんな地方からの人間がいて、既得権益を持った人の割合が少ない、都会は最初から候補に外しています。

伊郷の職業を債券トレーダーにしたのは、2014年6月で最近です。職業は後付けです。そのあたりに「ウォール街の物理学者」という本を読んでいました。不確実な人生に対して論理的かつ冷静に勝負を挑む伊郷の性格を、最も描きやすいのは、金融トレーダーでした。また、金融トレーダーは大きな成功も得る一方で、致命的な失敗に遭う落差が、精神的ダメージも大きいと思いました。
今現在、債券についていろいろ勉強している段階です。

金融トレーダーということで、「ハゲタカ」の鷲津を最初にイメージしました。妄想で勝手に主演オファーを大森南朋さんに出しました(笑)。


しかし、失敗に遭った時の堕ちて退廃していく人間の姿を上手く演じきれるのは、大河ドラマ「北条時宗」で、不遇な兄 北条時輔のイメージがある 渡部篤郎さんに
しました。また、「外事警察」では、感情を捨てて冷酷になれる住本のイメージもあります。





別の作品のアイディアが浮かびました。

話の大きな流れを先に組み立てて、様々なシーンを
つなぎ合わせるというのが、僕の小説の書き方です。

第2作目は、ポスドク(博士研究員)がバイオテロを
起こす作品です。ゲノム研究所で期間研究員として
勤務していた戸沼(とぬま)は研究結果を、担当教授
長尾に横取りされたあげく、次年度の期間契約も
更新されず、研究所を追われた。

すでに35歳である戸沼には、次に勤務できる研究所が
見つからないままである。親からは「無駄だった」と言われ、
社会で働き、家庭を持ち、それなりの地位を得ている
かつての同級生からは嘲笑され、戸沼は生きる価値を
見い出せなくなっていく。


研究員としての道を絶たれ、戸沼はバイト生活を送る。
インターネット配信で憂さを晴らすのが、戸沼の唯一の
息抜きだった。戸沼の発言に誹謗中傷が返ってくるが、
それは彼にとって、自分のことをかまってくれる仲間が
いるようで、不思議な絆を感じていた。

ある日、右翼集団のトップ野村が、戸沼の配信に
興味を持った。(右翼集団が危険な配信者に対して
アプローチをかけるのはよくあることです。)
野村は、戸沼に対してそれらの配信者とは違った
学識の高さを見抜いていた。
野村は戸沼がゲノム研究をしていたことに深い興味
を示した。野村は、戸沼のゲノムの知識を活かして、
バイオテロを起こす計画を立てた。バイオテロは、
ほんの少しの投資で、甚大な損害を及ぼす貧者の
テロ方法だ。戸沼はペスト菌を改良したもので、
バイオテロを起こすことを考えた。

その右翼団体のバックには、実は、ある公安幹部、大物
政治家が絡んでいた。彼らは右翼団体を通して、
現政権を崩壊させようと目論んでいた・・・。

題名の1348は、ヨーロッパでペストが猛威を振るった
年で、ペストでのバイオテロのプロジェクトを「1348」
としました。

僕らの世代(1990年代後半に大学に入った人)は、
大学院重点化が国家戦略の1つとされていました。
そのなかでも、生化学、ゲノムについては、最も
力を入れていた領域でした。
しかし、2000年代の小泉政権以降、構造化の波に
飲み込まれて、日本の生化学、ゲノム研究はどんどん
つぶされていきました。
しかも、去年のSTAP細胞の件がきっかけで、日本の
生化学、ゲノム研究が教育機関から締め出される
危機にあります。




紺無地のスーツが一番退屈という人がいますが、
紺無地のスーツには、Vゾーンのコーディネイトに
自由が効きます。

柄に柄を合わせることはポイントとルールを決めて
おけば、上手くいきます。
ポイントの1つ目は。各柄に同じ色でつなげれば、
Vゾーンに色の統一感がでます。
ポイントの2つ目は、ネクタイの柄の1つに反対色を
入れることで、華やかさが出ます。

「青のピンストライプが入ったシャツ」

「水色・赤のストライプが入った紺のネクタイ」





シャツとネクタイでストライプの幅を変えることで、
柄同士が喧嘩することがなくなります。
こっちはスポーティな感じがします。

例えば、シャツのストライプの色を赤や、ピンク系に
するという手もありますが、それはファッション業界の
人たちだけがやってもいいことです。
その他の業種の人が、それをやると浮ついた印象を
相手に与えてしまいます。

「青のピンストライプが入ったクレリックシャツ」

「青・黄のストライプが入った紺のネクタイ」







ブルックスブラザーズのクラシックなレジメンなので、
クレリックにすることで、上品さを出します。


遠藤周作先生に「深い河」のファンレターを送り、
ご丁寧な実筆のお返事が先生から直接返ってきました。
お亡くなりになる半年前だったと思います。
そのお返事は今でも大切に保管しています。
20年経ちましたが、今そのお返事で先生がお伝えしたかった
ことを、人や神の優しさを自分なりにようやく理解できました。


 

隠れキリシタンの精神世界を描いたものとして、
「沈黙」という作品は最も適切な作品のひとつだと
考えています。

舞台は禁教令が敷かれている長崎で、キリスト教
への信仰を捨てざる負えなかった外国人宣教師ロドリコと、
キリスト教の信仰を守り続ける日本人キチギローの
苦悩を描いています。

日本史で踏み絵というものがあったのを覚えていますか?
沈黙で描かれているのは、その踏み絵を通して
キリスト教への信仰を捨てるのではなく、
キリストも踏まれることによって、禁教下の信者と
同じ苦しみ、痛みを分かち合うのです。

僕が、伊郷と陽子の関係で描きたかったのは、
キリスト像を踏む隠れキリシタンの罪悪感と、同じ苦しみを
分かち合うキリストに、伊郷と陽子を重ね合わせました。

伊郷は今日を生きるために、欲望にまみれて陽子を抱く。
しかし、陽子はその痛みを分かち合いうことでしか、伊郷を
救えない。伊郷も陽子の心の痛みがわかっているから、
快感を得るのは一瞬だけで、その後は強い罪悪感に
苛まれる。

一方で、陽子も息子を育て上げるために、伊郷の欲望を
掻き立てて、欲望に応じる。それが、陽子の息子のためになる
のであれば、伊郷はこれまで積み上げてきたものを捨てる。

伊郷と陽子を通して、僕なりの「沈黙」の答えを先生に出すことが
できたと思います。

僕は君が生き抜いてくれるためだったら、君の足に踏まれて
痛みを分かち合うことで、君に報いることができると思う。





伊郷が勝負師として生きる道を選んだ理由を、別でエピソード1「マグマ」(仮名)として書いています。

エピソード1「マグマ」は、8歳から20代までの伊郷を描いています。「マグマ」とは、虐げられた怒りがエネルギーとなって、最後の最後の瀬戸際で勝利を収めていく様を描いています。

なぜ8歳からのスタートかというと、伊郷が「僕のお父さん」という作文が地方紙に載ったことで、伊郷は初めて自分という存在が社会に認められたという喜びを得ました。
そのお父さんは、本業の商売がうまくいかず、深夜にスーパーでレジのバイトをしています。けど、伊郷はそんなお父さんが好きです。しかし、「僕のお父さん」というのは、全くの嘘です。伊郷には父親がいません。

伊郷は酷いいじめを受けていました。靴を隠されて、貧しい伊郷は、靴が買えず、1週間裸足で過ごし、足の裏は血まみれになりました。
また、家では、唯一の親である母親が、出来の悪い伊郷を罵倒し続けました。伊郷の母が、伊郷に厳しく接するのは仕方なかった。母は伊郷にどうにかして生き抜いてほしかった。伊郷は多大なストレスで、12歳まで夜尿症を繰り返しました。

中学に入り、伊郷の賢さと粘り強さを認めてくれた人物が現れました。それは担任の松本先生(仮名)です。伊郷が初めて面と向かって、褒められた瞬間でした。松本の一言のきっかけにして、伊郷は覚醒していったのです。
松本先生の一言は、その後の伊郷を何度も奮い立たせるものでした。松本先生の一言が、後々伊郷の心を支えるものになりました。

伊郷は14歳で自分の生きるスキームを描きました。大学に入るためのお金はどうやって工面するか、いつそれを回収するだけの稼ぎを出すか、それを母親や親戚に納得させせて、伊郷は学区トップの進学校を目指すことにしました。
また、同じ時期に音楽を趣味とする同級生 岡本と出会い、岡本は伊郷を支えました。決意して半年ほどで、彼の成績は上位10位以内になりました。小学校時代馬鹿にしていた同級生も彼に一目置くようになりました。

伊郷は学区トップの進学校に合格できましたが、最初の成績は400人中360位でした。伊郷は、自分がもともと才能に恵まれていないことをわかっていたので、自分なりに納得していました。
しかし、担任の高橋は、中学からの内申書で伊郷がのし上がっていく記録を知って、伊郷に「東大進学」を薦めました。伊郷は担任の高橋先生の期待に応えるように、入学後の半年で上位10位以内に入り、十分に東大・京大を目指せる位置に来ました。

決して順風満帆ではなかったのですが、最後の最後の土壇場で伊郷は勝利をモノにします。伊郷はその後、東大に合格します。伊郷は貧しかったので、最初の1,2年で児童ポルノ作品の転売をして、2年間で400万円近い利益を得ました。。

伊郷が、女優の陽子を知るきっかけは、その時の週刊誌グラビアです。全ての煩悩、欲望を抑えつけていた時に、陽子の存在だけが、伊郷は自分の本能を出せる瞬間だった。

大学時代の後半2年間を暮せる目途を立たせることができました。伊郷が14歳の時に示したスキームの第一段階を、達成させた瞬間です。その時、中学からの友人で同じ高校に進んだ庄司(仮名)から、同級生のさくらの紹介を受けました。さくらは、伊郷にとって高嶺の花の存在でした。同級生といえども、伊郷はさくらと高校時代一度も話をしたことがありません。同様に、さくらにとって、伊郷はどことなく気難しい雰囲気があり近寄り辛い存在でした。

伊郷は自分自身をブランド化させる手段として、さくらを自分の恋人にするために、用意周到な戦略を実行します。さくらと陽子は顔立ち、身体つきが非常に似通っていました。伊郷は、さくらに陽子の面影を求めました。また、伊郷がさくらに興味をもったきっかけは、さくらの外見だけでなく、さくらの父親が国土交通省の高級官僚であったことです。さくらは女姉妹で、伊郷は婿養子になることで、その地位と金を自分のものにするために、さくらを利用します。また、伊郷は自分の不遇な生い立ちを捨てたかった。


伊郷は誰よりも勝ちたかった。羨望を得たかった。だから、さくらを自分の恋人にしたかった。さくらはプライドが高い女だった。だけど、伊郷は社会的な地位を得たかったので、さくらに従うしかなかった。そのなかで、伊郷の虐げられたストレスは溜まっていく。

さくらと付き合うと同じ時期に、陽子は一旦女優業を引退します。

伊郷は大学を卒業し、債券トレーダーとして外資系証券会社に就職します。伊郷は上司に罵倒されながらも、土壇場で勝ち抜けます。14歳の頃に決めたスキームの通りに、伊郷は目標を達成し、目標以上の結果を出していきます。

なぜ伊郷が債券という手段を選んだのかは、8歳の頃に書いた「僕のお父さん」と大きな関係があります。債券には、現実のモノやサービスとしての価値がありません。債券の価値を決めるのは、結局はその債券がいかに魅力的であるかを見せるためのまやかしに過ぎないのです。そのまやかしに市場は一喜一憂しているに過ぎません。伊郷は市場のその心理状態を掻き乱して、利益を生み出していきます。

エピソード1「マグマ」では、感情を押し殺し、結果を得るためには手段を選ばずに、どこまでも冷酷になる伊郷を描いています。

勝負師として覚醒されていく伊郷のテーマソングは、TOTOの"Child's Anthem"です。

ハスの花」、「修二会」の記事で、自分のなかで「死ぬために生きること」の答えが出ました。思考の全てが溢れ出て、それを小説として現在書いています。

仮の題名は「ハスの花」です。

もがき苦しみながらも再起を賭ける男と女について書いています。もがき苦しむことは決して惨めな姿ではなく、それは男にとっては力強く、女にとっては美しい姿であることを、同じ悩みを抱えている人に知ってほしくて書いています。

主人公の伊郷幹登(イゴウ カント)は、20代の頃かつてウォール街で名を馳せた債券トレーダーでした。伊豆の貧しい母子家庭で育った幹登にとって、勝負事は勝ち続けなければならないという呪縛に囚われていました。勝ち続けるというプレッシャーから、彼の精神と身体は異常をきたし、相場で大損害を被って、30歳でウォール街を追われることになりました。
負けることは、彼にとって「討死を意味していました。

日本に戻った幹登は、業界ではもはや終わった人物として扱われ、アルコールと向精神薬に溺れた荒んだ生活を送っていました。そんな伊郷に対して、妻さくら(仮名)は、変わり果てた幹登の姿に落胆し、息子を連れて別居することを選んだ。

妻に捨てられた幹登は、少年時代の不遇な記憶が蘇り、その苦しみから逃れたくて自殺を試みるが、未遂に終わる。
家に戻った幹登は再び死ぬために、身辺の整理をしていた時に、かつて好きだった女優の黒川陽子のグラビアが出てきた。妻のさくらと付き合う前、女優の陽子の存在が、彼の孤独な心を照らしてくれた。陽子は結果女優として売れなかったが、幹登にとっては、女性として本能的な美しさや魅力を持った女性だった。

幹登は陽子のことが気になって、ネットで検索した。陽子は現在ソープ嬢として働いていることがわかった。
幹登は明日悔いなく死ねるように、陽子と今日身体を重ねる。幹登は洒落たスーツでめかし込み、めいいっぱいの愛情と陽子の美しさを言葉で尽くした。幹登は陽子と身体を重ねる時だけに、幹登は本当の自分になれる瞬間だった。幹登は誰かに愛されてほしかったし、陽子も誰かに愛されてほしかった。

幹登は陽子の名誉のため、陽子が女優だったことを決して口にはしなかった。陽子も幹登がかつて自分のファンであったことはわかっていたが、それを口にはしない。幹登と陽子が見ているのは、過去のお互いではなくて、現在のお互いだけだった。幹登は債券市場で再起をかけるため、陽子は女優として再起をかけるために、お互いを騙し合い利用されていることはわかっていたが、お互い何も知らないふりをした。

陽子は幹登に心を開き、自分はシングルマザーで男の子がいることを、幹登に話した。幹登は、陽子の息子にかつての不憫な自分の生い立ちを重ね合わせた。陽子の息子には荒んだ生き方をしてほしくなかった。

そのとき、幹登は自分の生き様を、陽子の息子に伝えるために債券市場で大勝負を賭ける・・・。

幹登と陽子のモデルは、これまで出会ってきたいろんな人の人生の局面をつなぎ合わせています。

幹登と陽子のテーマソングは、ビリー・ジョエルの「アレンタウン」です。苦しいなか這いつくばって生きる様子が浮かびます。







パテをケバブの味にしているので、結局はトルコ料理の
ソースが一番美味しいです。




トマトソースにヨーグルトを加えるだけで、トルコ料理の
味になります。なかなか想像がつきにくい味かもしれませんが、
ヨーグルトの酸味が肉の脂を流してくれます。

アダナケバブを作った時のパテの半分を、ハンバーグにしました。



ハンバーグが割れる原因は、2つあると思います。
1つは、こねが足らないこと。もう1つは、火が強すぎる
ので、つなぎの玉子と、(牛乳に浸した)パン粉が先に
水分を奪われて、ハンバーグが割れます。

トマトソースで煮込んだハンバーグも好きですが、
肉の焼いたジューシーな感じを生かすために、
別皿に、ゆず胡椒とポン酢で食べました。

中島みゆきの「糸」が最近、若い女性の間で注目
されているようです。ネクラでいること、孤独を愛する
ことを、社会が気高いものだとようやく認知してくれて、
嬉しいです。

生きることは99%苦しいことで、だから1%の嬉しいことに
価値がある。1人でいる時間は、どこが苦しいか、
悲しいかを冷静に分析するために必要なものです。
感覚を麻痺させて、明るく振るまい、がむしゃらに
頑張ることは、結局、自分を偽り、素の自分に戻った時に、
どうしようもないほどの悲壮感しか残らない。

中島みゆき 「わかれうた」


「別れはいつもついて来る。幸せの後をついて来る」
だから、僕は、会える時間をいつも最後だと思って、
悔いが残らないように、想いの全てを伝える。

中島みゆき「窓ガラス」


これは、中島みゆきが研ナオコに提供した曲だそうです。
バックでギターを弾いているのは、下積時代のアルフィーです。
無神経な女友達が、元彼のことをベラベラと無神経に話し、
苛立たせる歌です。
似たような光景が、facebookなんかのSNSで見られます。
facebookは日本の閉塞的な村社会を反映させています。
話さないことがいいことだってあることを、気遣うのが大人です。




香川の実家から、うどんが届きました。
そのなかに、ひめきゅうりが入っていて、おつまみを
つくりました。

まずは、味噌だれで、もろきゅうです。
味噌だれは、味噌大さじ1杯、砂糖小さじ1杯、あさつき、
ごま、顆粒出汁を混ぜ合わせただけです。



ひめきゅうりは、きゅうりに比べて青臭さがなく、
水分も少ないので、ひめきゅうりのほうが食べやすいです。

次は、塩コンブ、ゴマ、ゴマ油を混ぜ合わせて、
浅漬けにしました。



塩コンブは、キャベツ、白菜でも同じようにできます。