僕が初めて社会人になって新潟に行って、10歳くらい年上なのにめちゃめちゃな先輩がいた。

夜な夜な麻雀したり、ボーリングしたりしてたし、仕事も教えてくれたおかもとさん、最近連絡してないけど元気かなあ。●スペやることになった、ケッとか言ってたけど。


岡本さんの口癖が「死にてぇ」だった。

だいたい夜10時くらいを過ぎると、死にてえとよく言ってた。で、10も年上なんだけど途中から「わしもじゃ」とかタメ語で言ってたなあ。


たまにメール来るときも、件名が「死にやがれ」とかだし、非常にサディスティックでシャイなあんちくしょうなのです。


で、今の職場に写って、最初は我慢してたのだが、徐々に化けの皮がはがれてくると、「しにてえ」と呟いたり、ときに叫んだりするようになってしまった。


まあ、最初はウケていたので、それはそれでよしとして。

最近は、しかし。やっかいな世の中だ。しにてぇとか書くと、それらしいサイトからのお誘いが来たりする。死という言葉に敏感なんだろうな。血の匂いに反応するサメのように。やっぱり自殺をさそうのはよくないと思うよ。


結局、最近しにてえと職場で言っても、飽きられてきた傾向がありありと伝わってくるので、最近じつは言わないようにしている。


ところで死にたいか、死にたくないかという根本的な話を最後にしておくと・・・

やっぱり7対3くらいで死んでもいいと思う。けど、死んだらそれはそれで悲しむ人も両手であまるくらいはいると思うので、やっぱりそんなことは言ってはいかんのだ。


実際においしいハンバーグを食べたりとか、冷房のがんがんきいた部屋で首まで布団をかけて寝ているときに幸せを感じられたりするわけだから。


さて、すこしは楽しくなるかしら。

いつ辞めようかとか、考えるの最近やめたんです。


なんか信頼が厚くなったけど、逃げられなくなって、仕事は増えて。



午前まで午前まで午前まで。



ケロリとする、つよい力を。圧倒的なサラリーを。


とくにないんですけど。




いや、本当に忙しいです。

中身のない日記に終わってしまった。



また来週はイベント本番といったところ。

お客さんが死ぬほど来てくれないと、死んでしまう。


青春をささげた仕事。うまくいかなくても、何か整理をして先に進まなくちゃいけない。


さあさあ、線路は続くよどこまでもっ。

優勝国すらあたらないのだから、ベスト16を書いたっていみがない。

だけど、書く。楽しいから。


A組

ドイツ消えろと言いたいところだが、ドイツとポーランドをおす。

エクアドル・・・。日本にも負けちゃうくらいだしなあ。  1位 ドイツ  2位ポーランド


B組

イングランドとスウェーデンで無風区ではないでしょうか。

トリニダードのドワイトヨークや、パラグアイのサンタクルスはひいきのFWですが。

直接対決ひきわけ、&得失点差でスウェーデンが1位、2位にイングランド。


C組

出た、死の組。コートジボワールの前評判はなかなか高い。

でもこういうパターンは決まってだめ。手堅く1位アルゼンチン、2位オランダでどうでしょう。


D組

1位ポルトガル 2位メキシコ 以上。


E組

ここも実は死のグループ。チェコとイタリアがぬけているように見えるけど、アメリカも捨てたもんじゃない。

えーと、イタリアが内部分裂を起こして、1位チェコ、2位アメリカ。


F組

JPN 2-1 AUS  CRO 0-2 BRA

JPN 1-1 CRO  AUS 2-1 BRA

JPN 0-0 BRA  CRO 2-2 AUS

なっ、なんと一勝二分。勝ち点5で、日本1位。ブラジルまさかの2位通過。

ふう。たぶん2週間後に溜め息とともに見返す気が・・・。


G組

1位 フランス。 2位 スイス。 悪いけど、韓国は前回、いい目を見過ぎた。というかやりすぎた。

しばらくは冷遇されるでしょうよ。


H組

スペインが1位。2位はウクライナに競り勝ったチュニジアが入ったりして・・・。


決勝トーナメント

GER×ENG  SWE×POL ARG×MEX POR×NED CZE×BRA JPN×USA FRA×TUN ESP×SWI

・・・すげえぜ、オランダ対ポルトガルかよ。チェコ対ブラジルかよ。ドイツ対イングランドかよ。


勝ち残るのは、ドイツ、スウェーデン、アルゼンチン、オランダ、ブラジル、日本、フランス、スイス

GER×ARG SWE×NED BRA×FRA JPN×SWI


はい、ベスト4はARG NED BRA JPN

日本ベスト4入り。(妄想ですから、赦してください) なぜかC組対F組の図式。


準決勝はARG×BRA  NED×JPN


ずばり決勝は ARG×NED!    3位決定戦でBRA×JPN


で、なぜかオランダ優勝、アルゼンチン準優勝、3位ブラジルってことで。



はあ、むなっしい。

ワールドカップである。4年前は新潟で仕事そっちのけだった。佐渡の農家で、取材を忘れて釘付けになったトルコ戦、なつかしいなぁ。


仕事をかえてなかったら、けっこうそれなりの確率でぼくは今ドイツにいたであろうから、それはそれで今更ながらに悲しい。


さて、ワールドカップである。

90年イタリア。体が大きいのと、足が遅いのとで、私は当時ゴールキーパーだった。合理的。当時住んでいたオーストリアが何十年ぶりかで本大会に出たため、それなりに騒ぎになっていた。オランダの現監督のファンバステンとか、ジュビロにも来たスキラッチが印象に残っている。キーパー路線で言うと、イタリアのゼンガ、コロンビアのシャブ中、そして名ドリブラーのイギータだ。よく考えると、コロンビアとか、ルーマニアとかがやたら強かった。コスタリカって国の名前を初めて知ったのもこのとき。イタリアが準決勝で圧倒的に有利な笛の元、アルゼンチンの軍門にくだった。あれはなかなかショックだった。当時は、単にイタリアの青いユニフォームがかっこよくて好きだった。退屈だなあとは思っていたけど。


94年アメリカ。中学3年だったかな、高校入ってたかな。親にねだって、BSをつけてもらった。だいたいテレビつけっぱなしで寝ていた。いわゆるドーハの悲劇のあとの大会だ。あのとき、どこを応援していたかな。ドイツとかオランダとか、その辺だった気がする。マラドーナがとちゅうで追放されたのも覚えてるなあ。韓国とかサウジがボコボコにされてて、唸った。


98年フランス。なぜかイングランドをおしていた。当時、ベッカムはまだ単にハンサムな選手だった。で、シメオネ殴って退場。激しくワロタ。オーウェンが18歳くらい。

あんなにフランスが強いとは知らなかった。ジダンしかいねえだろくらいに思ってたが、あとあと考えるととんでもなかった。


02年日韓。私の優勝候補、アルゼンチンはさっと散った。そしていちおしのポルトガルも韓国にはめられた。当時の会社のハイビジョンで夢中になったし、とにかくよく見た。国内開幕戦となった、アイルランド対カメルーンやクロアチア対メキシコの2試合を新潟スタジアムで生観戦!!

さらに、新潟にもベッカム様降臨。また、陽気なアイルランド人どもとギネスを呑んだりと、それなりにホスト国の良さを体感した。


私の短い歴史のなかで、優勝国があたった試しがない。で、今回、ブラジルには優勝させたくない。

なので、本命にはブラジルを指名。

(できれば日本とクロアチアが進めばいいとすら思っている。さっさとブラジルきえちまえ~。ちなみにクロアチアは4年前に新潟県十日町市にキャンプを張った、とてもういやつである。)


では、優勝国は?



つづく。。。

おかげさまで、忙しい。


これぞ忙殺という状況。うーん、すごい言葉だ。




心から、自分があとひとり、ふたりほしい。


あるいは一日が48時間ほしい。


または眠らないからだを。




人間、忙しくなるといらだつものだ。だけれども、最近の私は、てんぱりながらもユーモアを絶やさないように心がけたりしている。




だが、周りの要求はいよいよ厳しくなる一方である。具体的に書くと、めんどうなので書かない。かんたんにいうと、上司Aと上司Bと同僚Cと・・・・彼らの言う「これをやるべし!」はとどまることを知らない。




ようは、どれも「今、やらなければならない」ことだからだ。一応、それはよくわかっている。




だが、人間は、少なくともおいらは、そんなに器用でもないし、そこまでの能力がないようだ。(一方、ある程度の器用さと能力があると、こういう状況に追い込まれがちなのも事実だけれど)




胃が痛い。仕事の量に、やらなければならないボリュームによって、胃が痛い。




転職して、いちおう一生懸命やれているのだから、これはこれで幸せといえるのかもしれない。


慣れはすごいよ、だんだんとそういうものすごいテンパる自分を事前によそくして、そのテンパリが予想した程度におさまってくれると、なんかうまくいった気になれるから。




とにかく仕事のアプローチをかえないと、スケジューリングがもっとうまくならないと。




そうやって、「なんとかしなきゃ」って考えて、「何かやってみる」ことにたどり着いた自分は、それはそれでたいした成長といえるのかもしれないな。




だいたい、めんどうくさいんじゃい。

そりゃ、誰かてモチベーションおちるんじゃい。


と、6月のビデオについて、ぐちにならないぐちを&と語る@なぜか向ヶ丘遊園の喫茶店。



ウェイトレスに何か甘いものを頼もうと逡巡しながら、「このビッグパフェを食べようと思うのだが、やっぱり大きいの?」と尋ねると、「やめたほうがいいですよ、だいたいの方が残されますから」とナイスな助言。爆笑。おまえ、正直すぎるやろ。・・・よって、モンブラン+ブレンド500円コース。


&もプレミア(優秀な映像編集ソフト)に目覚め始めた。なんかせっかくだから、ハワイで撮ってきた暴クライアントの挙式のもようを編集してあげたいと思ったらしい。おおっ、こいつを育てたい。私の右腕に。・・・とは言わなかったが。さらに私にも、その素材をCDに焼いてよこしてくれた。


うーん、やっぱりがんばるしかないよな。一回は受けてしまったわけだし。なんて思いながら、帰宅後、おもむろにプレミアを開いた。うーん、安藤が言っていたとおり、いい絵がない。そもそもクライアントに撮らせる気がないのか、よくわからんが。


結局ブログに逃げてきてしまった。

こんなことを言ってはクリエイター失格だが、山田よ、あれを抜くのは大変なのだよ。ある種、心技体が揃って山田レベルができあがるのだな。


そして、昔の友人と話すと、たいてい昔話になるのだが、&も私もやたら記憶力がいい。

思い出したくないことも思い出すし、またあしたからがんばろうという気にもなるのだ。

ぼくがぼくらしくあるために、かちつづけなきゃならない。

ただしいことはなんなのか、それがこのむねにわかるまで。

ぼくはまちにのまれて、すこしこころゆるしながら、

このつめたいまちのかぜに、うたいつづけてる。


だ、そうだ。


最近、自分がやくちゅうなのではと思うときがある。


断じてやってないのだが。


仕事の面でこんなことがある。

仕事を任される=責任を負う=楽しくなる。


私はふとしたころから入社マル一年だが、周りの若手より若干せんぱいである。

任されると人から頼られることが多くなる。


それなりに忙しいので、「んなこと、なんでおれにきくんだよっ、ごるあ」と思うときもある。

だが、うれしい。


まずはおにいちゃんキャラとして、人に頼られること、それがまた自分の自信につながったりする。

たぶん、こういうことなんだろう。


いろんなひとのおにいちゃんでありたい、長男な私。


それって、仕事じゃなくてもきっとそうだ。

人から必要とされるとき、人は自分をもっと好きになれる。


うん、いいこと言ったかもしれん。

ひょんなことから滞在が長引いてしまった神戸出張。簡単にいうと、マスコミ対応要員としてかりだされたという感じでした。さて、2週間くらいあいだが空いてしまった。


えーと、今年はやせる。

もうイヤなの。やけに汗かくの。おにくがつかめるのもイヤなの。


それはそうと、2週間あると、相撲が初日から千秋楽になってしまうほど時が流れるわけで、ばるととか私はあんまり好きくない。


それはそうと、若いつもりが年をとった。飲み屋さんで大学生と思しきクソガキが近くにいると、本当にクソガキという言葉がふさわしいくらいに若い。まあ、そんな飲み屋にいくな。オレ。


それはそうと、最近肌荒れがひどい。なんで?


あと、何が楽しくて何が楽しくないのか、最近区別が付かなくなってきた。


まあ、少し更新に力を入れようっと。




僕のヒーロー、松井秀喜の無念を思う。

なんかきょう一日、そのせいですごいブルー。

一日も早い復帰を祈る。それだけ。はぁ。

ここ数年、ジャイアンツはあまりにも弱かった。

そしてたたかれまくった。


いや待て、2002年。原政権1年目は西武に4タテで日本一だぞ、ごるぁ。


というか、半身がちょっとだけ強くなったことが、巨人がことさら弱くなったような印象をもたせたというわけだ。


半身は90年代に比べれば強くなったに過ぎない。

Gが本気を出せばちょちょいのちょいである。


いやあまり変なことを言うのはよそう。最近、着実にGファンが減り、虎さん好きが増えている物騒な世の中だ。


さて、今年なぜジャイアンツはつおいのか。

よくわからん。そして、結局べらぼうに視聴率は悪い。


5日も、あのヤクザみたいな、というよりはヤクザそのものの三兄弟の試合は瞬間で40%を越えたそうな。ボクシングと呼べないようなチンピラの殴り合いがどこがいいのかなあ。


今のGは、決して華はない。長嶋監督で日本一になった2000年のレギュラーはこんな感じだったと思う。

仁志 清水 高橋由 松井 清原(マル) 江藤 二岡 村田真


きょう

鈴木 小関 二岡 李承火華 小久保 ディロン 阿部 矢野 小坂 


今の方が、絶対に地味だ。

でも、スモールベースボールがどうとかじゃなくて、みな一生懸命やっておる。それがいいじゃないか。


すごい基本的なことだけれども、熱いかそうでないか。私は熱さを感じるので、試合を見に行きたいと思う。


よしっ、頼むから仕事よ。なくなれぃ。