ワールドカップである。4年前は新潟で仕事そっちのけだった。佐渡の農家で、取材を忘れて釘付けになったトルコ戦、なつかしいなぁ。
仕事をかえてなかったら、けっこうそれなりの確率でぼくは今ドイツにいたであろうから、それはそれで今更ながらに悲しい。
さて、ワールドカップである。
90年イタリア。体が大きいのと、足が遅いのとで、私は当時ゴールキーパーだった。合理的。当時住んでいたオーストリアが何十年ぶりかで本大会に出たため、それなりに騒ぎになっていた。オランダの現監督のファンバステンとか、ジュビロにも来たスキラッチが印象に残っている。キーパー路線で言うと、イタリアのゼンガ、コロンビアのシャブ中、そして名ドリブラーのイギータだ。よく考えると、コロンビアとか、ルーマニアとかがやたら強かった。コスタリカって国の名前を初めて知ったのもこのとき。イタリアが準決勝で圧倒的に有利な笛の元、アルゼンチンの軍門にくだった。あれはなかなかショックだった。当時は、単にイタリアの青いユニフォームがかっこよくて好きだった。退屈だなあとは思っていたけど。
94年アメリカ。中学3年だったかな、高校入ってたかな。親にねだって、BSをつけてもらった。だいたいテレビつけっぱなしで寝ていた。いわゆるドーハの悲劇のあとの大会だ。あのとき、どこを応援していたかな。ドイツとかオランダとか、その辺だった気がする。マラドーナがとちゅうで追放されたのも覚えてるなあ。韓国とかサウジがボコボコにされてて、唸った。
98年フランス。なぜかイングランドをおしていた。当時、ベッカムはまだ単にハンサムな選手だった。で、シメオネ殴って退場。激しくワロタ。オーウェンが18歳くらい。
あんなにフランスが強いとは知らなかった。ジダンしかいねえだろくらいに思ってたが、あとあと考えるととんでもなかった。
02年日韓。私の優勝候補、アルゼンチンはさっと散った。そしていちおしのポルトガルも韓国にはめられた。当時の会社のハイビジョンで夢中になったし、とにかくよく見た。国内開幕戦となった、アイルランド対カメルーンやクロアチア対メキシコの2試合を新潟スタジアムで生観戦!!
さらに、新潟にもベッカム様降臨。また、陽気なアイルランド人どもとギネスを呑んだりと、それなりにホスト国の良さを体感した。
私の短い歴史のなかで、優勝国があたった試しがない。で、今回、ブラジルには優勝させたくない。
なので、本命にはブラジルを指名。
(できれば日本とクロアチアが進めばいいとすら思っている。さっさとブラジルきえちまえ~。ちなみにクロアチアは4年前に新潟県十日町市にキャンプを張った、とてもういやつである。)
では、優勝国は?
つづく。。。