幼い頃、マッチ売りの少女という童話を読んだことを思い出した・・・
確かアンデルセン童話の一つだったと思うのだが、マッチが売れ残ったために帰るに帰れない少女が、雪のクリスマスの夜、寒さに耐えかねて売れ残ったマッチで火を灯す。灯の中にターキーやケーキやX'masツリーなどが現れ、最後には生前彼女をかわいがってくれたおばあさんが現れる。翌日、全てのマッチを使い切った少女は骸として街の人に発見される。その顔に微笑を宿したまま・・・というようなお話だったような気がする。
あまりにも有名な話だが、もう長いこと思い出すことは無かった。昨夜のあの恐ろしい出来事が起こるまでは。
そう昨夜、それも深夜のことである。
午前12:30分を少し回った頃だったと記憶しているのだが、仕事から帰宅後、普段より幾分ゆっくり入浴を済ませた僕は、雨音を耳にしてふと表に出たのだった。特別な理由など何も無い、ただ久しぶりの雨の音に促され、ちょっと外の空気を吸いたくなった。本当にただそれだけのことだった。
オリンピックが始まって以来とも思えるような静かな夜。暗闇の中に「しとしと」という静かな雨音だけが響いていた。昼間の五輪熱を洗い流すかのような、ひんやりとした夜の冷気を胸いっぱいに吸い込み満足した僕は、しとどに濡れそぼった足元を気にしながらアパートの扉の前に立った。そして扉に手をかけようとした瞬間!
「あれ?鍵はどこだっけ?」
全てのポケットをまさぐる、足元を見てみる・・・しかし、我が家の鍵の残像すら見当たらない。そう、僕は鍵を屋内に残したまま、オートロックの扉から外へ出てしまっていたのだった。![]()
「落ち着け、誰かいるさ。」自分に言い聞かせながら携帯を見やる、時刻は午前1時を少し回っていた。(このときの服装は、ロングスリーブTにジャージ、ダウンベストに足元はサンダルという軽装だったのだが、運よく携帯をベストのポケットに入れっぱなしていたのだ。)
まずは中にいる「誰か」と連絡をとらねば。
少し離れて他の窓をみやる。皮肉なことに、家主不在の僕の部屋でだけ、灯りがその存在を誇示するかのように煌々と輝いている。多少の眩暈を覚えながら、僕はいつになく慎重に他室のバズナンバーを押し始めた。
返答は一軒もなかった。ここに来て初めて、背筋に冷たいものを覚えた。このまま、一晩中ここで見知らぬ「誰か」が帰ってくるのを待つことになるのか?![]()
午前2時。考えた末、僕は、友達の伝を辿る作戦に出た。といっても僕の友人の多くはDTから離れて住んでいるため、助けを求めるといってもごくごく限られてしまう。しかもこの時間だし・・・少し考えた後、背に腹は変えられぬと踏んだ僕は片っ端からメールを送信するという暴挙に出た。結果、返答はなし・・・
こうなると、普段鉄壁な防御を誇る(と僕が思っている)このアパートが「難航不落な要塞」に思えてきた。考えれば考えるほど、中に入る手立てが見当たらない!窓か玄関を鉄棒か何かで粉々に粉砕するしか入れないのだ・・・自力Vを失った某プロ野球チームの監督のような暗い気持ちになる僕。
その時、唐突に携帯のベルが!メールを送りつけた友人の一人、Mさんが連絡してきてくれたのだった。
地獄に仏とはこのことであろう。僕は勇んで、この情けない状況を彼女に報告し助けを乞うた。彼女はとりあえず家にきて電話してくださいとは言ってくれた。雨の降りそぼる中彼女のアパートまで出向くと、stayしたら?と、案の定やさしい言葉をかけてもらった。が、幾らなんでも未婚の女性の部屋に、この時間上がりこむ勇気は沸いてこなかった。結果、古い布団を借りて家路に着く。これで何とか今夜を凌ぐのだ!
午前3時・・・道行く人も完全に途絶え、あたりは静寂と冷気とに包まれた・・・僕は、玄関先で布団に包まり、何とか逃げ出そうとする体温を逃すまいと、まるで団子虫のような体制で眼を閉じた。1度だけ、がさっという物音と気配を感じスックと立ち上がったのだが、眼に入ったのは、闇の中の散歩を楽しむアライグマであった。
ここに来て、Mさんの厚意を反故にした自分が恨めしく思えた。外気は容赦なく下がっていくように感じられた。
午前4時頃、体は寒さに震えながらも、頭は冷静な自分がそこにいた。
僕の部屋は1Fの1号室。玄関のガラス越しに部屋のドアが見える・・・とりとめのない想像の世界が広がる・・・朝になって、あのドアを開けて何をしよう?まず、お風呂に溢れんばかりの熱いお湯をはって、ゆっくりつかろう。それから、熱い珈琲を炒れるのだ!いやホットチョコの方がいいかな?ソファに横たわってそれを飲み干したら、ベッドに入ろう。幸い明日はディナーのみの勤務だ。きっと、ぐっすり眠れるに違いない!そういえば、こんな話を昔どこかで聞いたような・・・ああ、そうか、「マッチ売りの少女」だ。
お話は少女だからこそ、メルヘンになるのだ。考えてみてもらいたい。もし、マッチ売りの少女が、赤頭巾ちゃんが、小公女セーラが少女ではなくて中年のオヤジだったとしたら・・・そこには最早メルヘンの欠片すら存在し得ないのではないだろうか?
こんなことを考えている間にも時だけは動き続ける。昔、古典で聞いた諸行無常の理を生まれて初めて体感できたような気がした。
そして終わりは突然やってきた。午前7時を少し回った頃だったか、辺りに立ち込める闇を払拭するかのように、白々と、本当に白々と夜が明けてくるのが感じられるようになった頃、アパートの一室に新聞を届けに来たオバチャンが僕の目の前にその姿を現したのだった!
前もって想像してたように、その人が天使に見えたわけではない。オバチャンはやはりオバチャンであった。しかし、まるで無人島に辿り着き、数ヶ月ぶりに人に会ったかのような感動に僕の胸は打ち震えた。![]()
感動の出会い!そう思って冷え切った唇を必死に動かして、僕はコレまでの状況を説明しようとした。「これで中に入れる!」・・・ところが、オバチャンはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、”don't worry. go ahead."淡々と言った。玄関先で毛布に包まって横になっている僕を見ても少しも驚きもしなかった。続けてオバチャンは言った「鍵忘れたんでしょ?時々いるからねえ。」英語で淡々と言い放たれたのだった。
無論、その後部屋に入った僕は愛しの「鍵」と再会した後、風呂に浸かるなどというまどろっこしいことは一切省いて、すぐに深い眠りについたのだった。
それは、たった一夜の出来事であった。一つだけ収穫があったとしたら、ここには書ききれないくらい、色々なことを考えれたことだろう。自分のこと、今まで目を背けていたことなどなど。。。。
教訓。世の中、無駄なことなど何もないのだ。
