世界が軋む音
金管が鳴り切るオーケストラ曲に、昔から強く惹かれてきました。華やかで、力強く、空間を押し広げる響き。けれど本当に心を掴まれるのは、祝祭の明るさではありません。金管が強く鳴った瞬間に、世界が押し進むように感じられる音です。セルゲイ・プロコフィエフの《アレクサンドル・ネフスキー》より〈氷上の戦い〉は、その象徴のような曲です。題材は1242年、ノヴゴロド公アレクサンドルがドイツ騎士団を退けたとされる戦いです。歴史上はロシア側の勝利として語られます。しかしこの人物は、単なる西の拡大を抑えた英雄ではありません。アレクサンドル・ネフスキーは当時ノヴゴロド公として戦いを指揮した後、モンゴルの支配体制を巧みに利用してウラジーミル大公の位を継ぎ、西と戦いながらもジョチ・ウルスとの関係を駆使して地位を保つという複雑な立場にありました。わたしは以前、黄金のオルドの世界に夢中になっていた時期がありました。モンゴルの支配下で揺れるロシアの諸公国。その時代の空気を知ってから氷上の戦いを思うと、勝利という言葉だけでは語れない緊張が浮かび上がります。プロコフィエフは、安定した世界をあまり描きません。音楽は、その緊張をそのまま鳴らしているように聴こえます。低音が地面を揺らす音。勝ったというより、耐えきったという響き。歴史は不安定な地盤の上にあります。そして同じ作曲家のバレエ《シンデレラ》。戦場とは無縁の物語のはずですが、〈真夜中〉の場面でやはり世界は軋みます。華やかな舞踏会が、十二時の鐘とともに崩れ始め、不穏な和声が広がり、足元が不安定になります。ここでも金管は祝祭を支えるのではなく、その背後で亀裂を入れる音として鳴ります。時間という抗えない力が、夢を押し戻す音です。世界の構造をむき出しにする瞬間の音を聴いたとき、音楽はただの英雄譚でも、おとぎ話でもなくなります。そこにあるのは、揺れ続ける世界そのものの響きです。