もう一度松村宗棍の口碑の一部を思い出してみましょう。

・手(拳)は足より先
・スピードこそ最優先
・無構え
・一拍子(無拍子)


首里手におけるこれらの要訣は

・一撃必倒
・起こりを消す(無構え、無気配、無拍子)

を骨子とし、武士の必死の精神の発露なくしては実践不可能なものです。
前編に述べたように

『切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』
『切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込みゆけばあとは極楽』


という精神を己の身体で体現するのでなければ、武術的に全く意味のないものです。



この「手(拳)は足より先」を実現するためには、以下の身体操作が要求されます。

・重心を身体の外に出す(倒地法)
・袴腰

しかし現在行われているその場基本や移動基本は、この身体操作をほとんど取り入れずにやっています。
つまり現在普通にどこの道場でも行われている基本(その場&移動)は、
・居着いている
・スピードが出ない
・起こり(次の動作)が見える
・二または三拍子のロボット的動作
ということになり、武術的な見地からは非常にマズイ(拙い)のです。

だからやればやるほど、武術的見地からは遠くなってしまうのです。
これが私の言う、基本や移動が役に立たないということの真意です。



その場基本や移動基本は、空手が唐手ではなく空手として日本本土に移入された時に、受け入れ先の中心であった大学空手部の学生達によって考案されました。
大昔の沖縄の武術家達は形(型)稽古のみで事足りたがゆえに(←理由は近々述べます)、身体鍛錬以外の稽古は特に発達しませんでした。
その場基本も移動基本も組手も、本土の大学生達が中心となって創意工夫した結果、稽古方法が発展したのです。

ところが、「居着かない」「手(拳)は足より先」「一拍子(無拍子)」などを倒地法や袴腰なしに実現することは不可能です。
そして実際やってみると、前のめりになってしまったり、倒れてしまって前方の地面に手をつかなければならなかったり、姿勢が不安定にブレてしまって見映えが良くないのです。
形(型)をやる時のように、連続動作を一連の流れの中でやる分にはなんとか出来るのですが、それでも姿勢が不安定で前のめりになったり、手をつかないと倒れかねないギリギリが要求されてしまいます。

形(型)から一部を切り取って、反復練習するようにしたのは素晴らしいアイディアですが、それだと一連の流れに乗ることが出来ないため、どうしてもその場にとどまった(居着いた)、二または三拍子な動きしか出来なくなります。
当時のエリートたる大学生達がその聡明な頭脳を以てしても、そのような制約下で居着かない、無拍子の動きをおこなうことは不可能でした。
両方式は相容れないのです。


ある先生は、当時の大学生達が西洋身体操作に洗脳されて、その西洋式身体操作で基本を理解したからだと主張しています。
しかし私は、この先生の見解には賛成しません。

大学生達のその場基本とか移動基本というアイディアは誠に素晴らしい稽古法でしたが、残念ながら居着かない無拍子の方法とは相容れなかった、というのがむしろ真相ではないでしょうか。
これは、ある意味無理もない事だったと私は考えています。
居着かないように蹴ったら、勢いよく身体ごと前方に倒れてしまいますからね。
そのようにつんのめらないように、自然と身体の方は重心をコントロールしてしまいます。
つまり自然に居着くのです。
居着いて当然なのです。



1つだけ追加しておきます。
それは那覇手の名誉の為でもあります。

上記西洋身体操作原因説の先生によると、重心の捉え方には「静歩行」と「動歩行」があり(←これは私も賛同します)、その先生の著書を読むとあたかも居着かない動歩行が優位のような印象を受けてしまいます。
しかしそれは本当でしょうか?

那覇手は居着いているとよく言われますが、人間のあくまで自然な立ち方や重心の置き方に立脚した身体操作法が劣位にあるものでしょうか?


人間の自然な立ち方は居着いた立ち方です。
居着かないためには、特別な身体操作が不可欠です。
居着かないことを必須とする首里手は、この特別な操作を常にやっておくか、即座にスイッチングする必要があるのです。

これまでこういう話は全く誰もやっていませんが、首里手も厳密に言えばこのスイッチングが必要で、つまり居着いた状態から居着かない状態への身体操作が欠かせません。
那覇手は最初から居着いたままなので、このスイッチングが不要なのです。


私は、首里手と那覇手の大きな違いというのは、身体操作法の違いといった細部ではなく、あくまで何度も述べている武士的精神の解釈の有無、そしてそれを体現するか否かの違いと見ています。
武士の必死の精神を具体的に用法に落とし込み、そしてそれを身体操作で体現し実践するのが首里手です。


(後編に続く)