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キハでGo!

Blog of the Kiha, by the mid-aged man, for the Kiha lovers.

こんばんは!

本日はちょっと風の強い一日でしたが、何とか雨に降られることもなくゴールデンウィークらしい外出を楽しめました。

城好きの妹と散策することになり、奈良県大和郡山市にある郡山城跡を散策することになりました。

 

いつもの最寄り駅から9時半に出発しましたが、車両は321系・・・私的には207系が良かったのですが・・・

ただ先頭は次の駅で人が下りたことで終点の松井山手駅までは貸し切り状態でしたw

 

妹とは近鉄郡山駅で待ち合わせだったので、正攻法で行くと学研都市線の祝園駅が近鉄の新祝園駅と連絡通路で繋がっているので乗り換えが便利なのですが、交通費を100円ケチりたいのと、221系に乗りたいこともあり、大和路線で郡山駅へ行きました。

221系の中には2枚目の釣りポスターがあり、よく見ると「FUKUSHIMA FANTASY」となっており、吾妻山の磐梯吾妻スカイラインの前でファイナルファンタジーのパーティがたたずむ一枚が目を引きます。

ゲームと観光地のコラボはロマンシングサガとコラボした佐賀県が有名ですが、福島はJR東日本の福島デスティネーションの企画としてファイナルファンタジーとコラボしたようです。

写真もファイナルファンタジーっぽい仕上がりになっており、スクエアのFFやロマサガのファンにはたまらない一枚です。

 

目的地の郡山駅に到着し、待ち合わせ場所の近鉄郡山駅は徒歩15分なので遅れないように出発!

構内のベンチには2枚目の通り、丸座布団が置かれており、ここにも地元の優しさを感じました。(詳しくはコチラ

ただ今回はどこの団体が設置したのか分かりませんでした。それと時間もなかったので、座ることができませんでしたw

 

待ち合わせ場所に向かって移動していると大和郡山市は金魚の養殖でも有名なところであり、歩道の車避けポールもよく見ると金魚のモチーフが!(マンホールも金魚鉢に入った金魚が

ここで金魚が養殖されるようになったのは江戸時代に柳沢吉里が甲斐藩から郡山藩の郡山城に移ってきた際に金魚を江戸から持ち込み、そこから明治時代に金魚の養殖が本格的に始まり、金魚が大和郡山市の名物となったのが通説だそうです。

JRと近鉄の駅の間にある柳町商店街の一部を金魚ストリートととして金魚のPRに力を入れているようです。通っただけですが、「金魚すくい道場」や各店舗の前には金魚の水槽が多くみられ、観光客の目を楽しませてくれました。

 

妹と合流し、近鉄郡山駅から徒歩10分ほどで大和郡山城に到着しました。

郡山城は天守閣はすでに無く、2枚目の天守台と周りの曲輪の石垣跡のみとなっていますが、石垣だけでも城としての迫力は十分に感じられ、私は天守閣の無い城跡でも十分に楽しむことができます。(地元の私部城跡も私的には癒しのスポットですw(詳しくはコチラ))

城を訪ねても天守閣に上がることはほとんどありませんしねw

 

こちらは天守閣のない天守台からの風景ですが、この高さからでも十分に城下の風景を楽しむことができます。

そんなに大きな天守閣ではなかったのと思うのですが、城の最上階を寝床にできたら毎朝の風景を楽しむことが出来そうですねw

 

城好きの妹と石垣好き(特に野積みスタイル)が私は話しが盛り上がり、写真のような算木積や一部崩れて内側に見える裏込石などで足を止めては石垣談義を楽しみました。

 

そして今回のメインはこちらの「さかさ地蔵」と呼ばれる石垣です。

この郡山城は筒井順慶の居城で当初は平城だったのですが、筒井順慶と後の城主となる羽柴秀長による大改修時に今の石垣を築いていますが、大和郡山近辺では石垣に使用する石材に乏しい地域であり、改修時は一帯の住民に20基ずつの拠出を命じたことで石臼などの生活用品から廃寺の地蔵、墓石などの多くも持ち込まれ、郡山城は転用石材を多く用いた城としても有名です。

なかでも写真の「さかさ地蔵」は北側の天守台石垣部分に90㎝の地蔵が頭部を奥にうつむき状態で積み込まれており、頭が下になった状態から「さかさ地蔵」と呼ばれています。

2枚目はその写真ですが、真ん中やや左寄りに顔があり、手前に向かって左手の宝珠と右手の錫杖が何とか見えます。

信心も大事なのですが、当時の信仰よりも城づくりを優先させる執念の凄まじさを感じました。

ちなみに大和郡山市では年に一回、法要が営まれています。

 

郡山城を2時間近く堪能し、昼食後は金魚ストリートを見学してから帰宅する流れになりました。

帰りは近鉄に乗りたくなり、近鉄郡山から大和西大寺駅へ移動。

ここで大和西大寺駅の名物である、大量のクロッシングとポイントレールをしばし堪能し、入線した8600系に乗って一路、京都方面へ向かいました。最近は8A系が増えている中で8600系がくると私的には「当たり」と感じますが、妹は「新しい方が良かったなぁ・・・」と言うので、「何を言う、8Aなどは今後は嫌でも乗車できるが8600系は今後、減っていくんだぞ!」と熱弁しますが、快適性を前面に出されると・・・何も言えませんw

そして乗ったのがたまたま普通列車であり・・・・

 

興戸のアナウンスが流れた際、妹の「母校に行ってみない?」と言われ、付き合うことにw

基本的に駅舎は30年以上も前と変わらないのですが、駅名看板は新しくなっていました。

 

興戸駅から高校・大学に向かう坂を上り、高校時代に毎朝あった朝の礼拝でお世話になった1枚目の女子大のチャペルを懐かしく感じ、そして中には入れなかったのですが、高校と大学は建物が増えて、自身の記憶にある風景との違いに懐かしさと驚きを感じつつ、母校訪問を堪能しました。

興戸駅へ戻る際、高校時代に使っていた普賢寺川沿いの裏道を歩くと子どもの日らしい川の上の「こいのぼり」を見つけました。ボンも高校生となって自身も「こいのぼり」という歳でもないのですが、妹と二人ということもあり、ちょっとだけテンションが上がって、はしゃいでしまいました。(妹はちょっと冷ややかな目で私を・・・w)

 

母校の訪問後は近鉄と京阪に乗って家に返ろかと思いましたが、雲行きが怪しくなったことと、寄る年波の疲労感から同志社前で座ってストレートに帰る誘惑に負けてしまい、妹とここで解散しました。

帰りこそ207系と思いきや、ここでも321系w

しかし快速だったので、長尾駅で後続の普通を待つと、最後は2枚目の通り、207系(更新車)に巡り合うことができ、「テツ」分補給の最後をしっかりと締めくくることができましたw

 

本日はゴールデンウィークの散策として大和郡山市の郡山城跡を巡りましたが、昼食時に安土城とその近くの観音寺城(共に跡地)にも行きたいという話しになったので、妹が帰省してくるときに訪ねる方向となりましたが・・・いつになることやらw

でわでわ

 

全く紹介できませんでしたが、金魚ストリートはなかなか盛況で観光客も多くいました。

ググると大和郡山の金魚グッズやマンホールまでw