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わたしの、乳がん日記。
病気と向き合う生活、平和な毎日を記していきたい。
読んで誰かが、幸せになったり、時には笑ったり泣いたり。
ありのままを解放するわたし。

わたしの胸のシコリは
最初はパチンコ玉くらいだった。

「乳腺炎とか…何かでしょう…
まさか、そんな訳ない」
と小さな恐怖はあったけど

その時、まさにわたしは離婚してまだ間もなく

息子2人も長男が小学校4年生
次男が小学校2年生

まだわたしのことを

「ママ」というほど

甘えん坊でやんちゃで

まだまだ手がかかるし
離婚したシングルマザーとしては
父にもならないとという
使命感もあり

そのまま放っておいて
知らないうちに無くなっていて欲しい

と密かな願いがあった。


でも、毎日のように
手でシコリを確認するのが癖になった。


その当時住んでいた、アパートは家賃が高めで、その当時の私は、スーパーで鮮度チェッカーをしたり
健康診断の受付をしたりで、収入も少なく
児童扶養手当をいただかないと
苦しい状態だった。

ガソリンが入れられずに

途中で止まってしまうこともあり、何度も子供に寂しく、不安な思いをさせたな…

だから、市営住宅を希望したが、抽選に外れてしまい、
近くの平家の戸建のアパートを安賃で
借りる事ができた。

そこから

わたしと息子3人のワクワク新生活が始まるはず
だった。

引っ越しの準備を終え、ある夜寝ていたら、無性に

胸の横が痒くなった。

「ゴリ」
と嫌な感触…

あのパチンコ玉のところ。

「ウソでしょ?
あれ?
何これ?」

わたしは意識が遠のき、
床に倒れるように伏せてしまった。

一睡もできずに

ググッた。
知恵袋にも質問しまくり

なんでもないよという答えを求めた。

でも、硬く
動かない
痛みのない
滑らかでない

全部当てはまるシコリ。

次の日。
前の旦那に電話した。

「とにかく、今日、病院行った方がいい」

父や母にも
告げずに

マンモグラフィーの予約を取った。

何人か検査に来ていて

わたしは1番だった。

はじめてのマンモ

「どうかお願い…」

「診察室前でお待ち下さい」と
看護師さんに言われ、
マンモを受けたわたしを含めた3.4人が長椅子で
呼ばれるのを待っていたら

看護師さんが呼びに来て
わたしを抜かして次のひと
また次のひと
次のひと。

もう。震えが止まらなかった。

何かあったんだ

わたしには時間をかける必要があるんだ。

「どうぞ。」

やっと呼ばれ

先生の顔を見ると
深刻な顔をしている。

机に張り出された
わたしのマンモ。

「石灰化の形跡があります。
恐らく、乳がんかと思われます。
エコーを撮り、さらに調べましょう
横になってください」

わたしは声も出ず、
ただ、言われるがままに
ベットに横になる。

画像を見ずに
先生の表情を見る

深刻な顔をする
「お願い!
今からでもいいから
違いましたね!大丈夫ですよ!と言って!」

「間違いありません。
乳がんです。
針を刺して調べましょう」

「先生!わたし、まだ離婚したばかりで
子供も小さいんです
わたし、死ねないんです!
わたし死ぬの?」

先生にすがりついて泣きました…


駐車場で
クルマのエンジンもかけずに。

父に電話する

「おお、どうだ?生活は…
仕事もうまくいってるか?

おとうさん…あのね。
わたし。

聴こえないよ?何?

お父さん、わたし、ガンになってしまった
乳がんになってしまったの
ごめんなさい

そこからはもう
父が何を言っているのか聞き取れなかった

聞こえたのは

運転に気をつけて
家に来なさい。