人はどんなことがあっても、 いずれは柔軟に受け入れていく。
問題の捉え方も
解決方法も人それぞれだと感じる。
わたしは、小さい頃から
臆病で泣き虫で悲観的に物事を捉える性格だったから
受け入れるには時間がかかるけど
それなりに、日々生活が出来ていたのは
子供たちがいたからだと思う。
「この子たちを残して死ねない」
でも、私の様子がおかしかったのは、子供なりに感じていたのかもしれない。
告知される前は、子供たちの友達が来ると私も子供たちの友達と一緒になって
遊んだり一緒にお菓子を取り合ったりしながら過ごしていたのに
わたしは、一人、ダイニングテーブルに座り、スマホを見たり、本を読んだりしていた。
ある日、長男(たつき)の担任の先生から電話が入り、急遽学校で担任の先生と話すこととなった。
「最近、たつきくんが、突然、教室から出てしまったり、友達と喧嘩するようなことが
増えました。ご家庭でなにか、ありましたか?」
どきっとして
一瞬戸惑ったけど、話すことにした。
「先生、たつきには内緒にしていましたが、私、乳がんを患ってしまったんです。
相談せずにすみませんでした。」
「え・・・そうなんですね・・・お辛いですね・・・。なるほど・・・それで、よくわかりました。」
「落ち着きのないところや友達にも乱暴なところもきっと
不安や寂しさの現れなのでしょうね、今後もお母様のご病気の事はお話には
ならないのでしょうか?」
「まだ年齢的にも、そうですし、離婚したばかりですし
様子を見て話しをしたいと思います」
「わかりました・・・」
先生は目に涙をいっぱい溜めていた。
少し前のわたしなら、嗚咽しながら先生の前で泣いていただろう・・・
告知されてから1か月くらいは経っていた。
次男(龍)は大丈夫だろうか・・・そんな気持ちがふとよぎったけど
あの子なら大丈夫だろうと勝手に私は、解釈をした。
樹、10歳
龍之介、7歳
でも、ちゃんと向き合って話す日が来る準備をしなきゃ。
ちゃんと笑顔の私で居なくちゃと心を奮い立たせた。
病院の先生からは、今後の治療計画が出されていた。
抗がん剤治療はした方がいいこと
その後に外科的手術
放射線治療
ホルモン治療
治療のオンパレード。
抗がん剤の説明やMRIの予約を入れて、心の準備は整い始めていたけど
その頃の私の体重は43キロと7キロほど減っていた
周りの友達にも話をしていて、会うたびに泣かれた((笑))
泣いてくれた・・・
夜中に友達から電話が入る
「もちろん、今の病院はいい病院だと聞くけど
群馬にこだわらなくてもいいんじゃない?」
セカンドオピニオンを進められた
受けるなら、都内とかガン研とか・・・
そこで、わたしは悩みに悩んだ・・・そして
群馬大学医学部付属病院にも行ってみようと決めた
そんな頃、わたしはいつものように
子供を送り出す
そして、本を読んだり
チラシや広告を見たりしていた。
そんな時に
ふと
ヨガインストラクター養成講座募集の広告が目に入った・・・
「なんてキラッキラしているのだろう・・・」
「私にもできるかな・・・」
マタニティヨガやスポーツジムのヨガは受けたことがあったけど
わたし・・まだ何かしてもいいのかな・・・
その広告をずっと食い入るように見た。
いつも持ち歩いていた。
何度も何度も電話しようとして
諦めた。
ガンだっていったら
断られるかも。
でも、父に相談したら、快く応援してくれた。。。
意を決して電話した・・・
優しい女性の電話口の声。
「あの、じつは私・・・乳がんでまだ、胸にあって
これから抗がん剤や手術が控えているんです・・
でも。目指したいなと思っていて・・・・・・・・」
「・・・・・・」
少し沈黙があり
諦めようかと息をのんでいたら
「ぜひ。そうゆう方ほど、ヨガインストラクターになって欲しいと思います」
穏やかで優しいけど 凛とした言葉だった。
