macoブログ -27ページ目

macoブログ

わたしの、乳がん日記。
病気と向き合う生活、平和な毎日を記していきたい。
読んで誰かが、幸せになったり、時には笑ったり泣いたり。
ありのままを解放するわたし。

私の家庭は他の家庭から見たら

 

厳格な家庭だったのかも知れない。

 

世間体とかすごく気にする両親で、両親のお友達にきちんと挨拶しないでいようものなら

 

あとで、ものすごく叱られた。

 

お茶の出し方

言葉遣い

振る舞い

来ている服装

身だしなみ

 

姉はそこはうまくやって切り抜けていて

 

「よくできたお嬢様ですね」とお褒めの言葉を頂いていた。

 

 

わたしはというと

あまり表に出したくないらしかった

 

必ずやらかすからだ。

 

お客様のもてなしているお茶菓子も

 お客様の前で

「そのおやつ食べたことない。ちょーだい」と言って目を輝かせておねだりしたり

 

姉は正座でお行儀よく座って話を聞くが、

 

わたしは、スカートを履くことに慣れていなかったので、

胡坐をかいたり

体育座りで

後ろで あくびをしたり

鼻をほじったりしていた。

 

ひやひやしたことだろう・・・。

 

父にとっても母にとっても

姉や兄にとっても

まだまだ幼いわたしは

いつまでもてのかかるおこちゃまでした。

 

 

 

群大の日。

 

手術の事

 

抗がん剤の事

 

その他諸々を決める日。

 

 

「家族の方同席でお願いします」

 

とプー先生。

 

その日は珍しく父が付いてきてくれることになった

 

無口で厳格な父と一緒だから

 

なんだかわたしは変な緊張があってそれがむしろ

丁度良かった。

MRIを撮り、

 

診察室の前で待つあの緊張感。

 

さすがに父の前では貧乏ゆすりはできない。

 

とにかく、群大の診察室前は暗いものすごく暗い。

 

もっと光を入れるとかなんとかできないのかな。

 

ちっさなテレビでいつも国会の会議の様子が流れている。

 

待合で待っている人はどのくらい頭に入っているのかな・・・

 

きっと緊張して目にも耳にも入っていないんじゃないのかなと思う。

 

なんなら、優しいオーケストラとかの音楽の方がいいのに。

 

プー先生の私の番号を呼ぶ声

 

 

先に診察室に入る父

 

プー先生の横に座る父

 

そこは娘さんが座る場所だと促される父

 

 

おもむろに後ろに座る父

 

楽しい雰囲気の場所なら

 

「こりゃこりゃ」

 

とかいいながらみんなで笑いあうところなのに

 

ここでは笑いは起きない

 

おおきなオナラをこいたとしても笑いは起きないくらい

 

神妙だ。

 

先生の

 

第一声

 

「娘さんの性質のものは、実はあまり顔つきが良くなくて、こちらとしても

色々な方向性からご提案したいと考えております・・・」

 

 

おもむろに

 

わたしの横から私の顔をじっと見る父・・・・・・・・・

 

 

「おとうさん。。。。

私の顔つきじゃないんだよ。もしかして、それを言葉に出すわけじゃないよね?」

 

 

 

「先生・確かに最近の娘は笑いもしないし、ふてくされているように見えますが、これでも

器量はいい方だと 思うんですよ」

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

「言った。言ってしまった・・・・・・・・」

 

 

一瞬プー先生も鳩が豆デッポウをくらったような顔をしていたが

 

 

「あーーーーおとうさん、あの、顔つきというのは

ガンの異形度、進行度によるものでして、娘さんの顔つきの悪さをいってるんではないですよ!!」

 

 

 

そこで、蓋がポンと抜けたように

 

診察室が笑いに包まれたのでした。

 

 

お父さんありがとう・・・・

 

 

でも悪性度が高い説明をした後に、この笑いに包まれる診察室はなに?

 


 

そして、MRIの結果でだいたいの腫瘍のとる範囲が決まる。


私の場合は一番大きいもので3センチ。

その腫瘍は脇に広がらずに、乳首に向かって

増殖して浸潤しているらしい


「実は一つだけではなかったんですよ

いくつか乳管の中にも腫瘍がありまして

小葉ガンという珍しいガンも見つかったんです。」


乳がんの中でも珍しいって。


「あまり、予後のよくないガンですが、

放射線がよく効く統計が出ています。」


「そこで、温存か全摘かを決めて欲しいのですが…」


少しでも長く生きる事ができたら

別に全摘だっていい


そう思ってプー先生に伝えたら、

「まだ彼も作りたいと思うし

ご結婚もされるとおもいますし

温存でいいと思います。

胸を失うことは

後に精神的に、辛い事があるかも知れません。

医療も日進月歩進化していますから」


ときっぱり言われた。


この時のプー先生は頼もしかった。


「先生、わたし怖い、不安なんです。」

と言うと

「ぼくも不安なんです」

と項垂れる


別の日に、一度看護師さんに

プー先生に励まして欲しいのに!


と訴えた事があった


「ぷー先生は一生懸命なんです。

もしかしたら、先生と患者さんとしての相性はいいかもしれないよ?」

と言われた。


 

 時間をかけて

寄り添ってくれる

駆け出しだから

余計に


そっか

そうゆう事が…


納得した…


そして


抗がん剤は


はっきり

「受けます」と答えた


「まだ手術をして細胞を見ないとわかりませんが

乳管以外にガンは見受けないので

4クールでいいと思います」と言われた。


2ヶ月に1回


半年かけて。



「この髪抜けるんだ…」



そんな感情だった


「生きてみせる」


意気込みも出てきた。


一つ一つ決まってくると


不思議と人は


足掻かずに


前向きになってくる。



入院のご案内もありますから

カウンセリングルームにどうぞ



「あの例のカウンセリングルームね」

父は入れないので


外待合で待っていてもらい

あの目のクリクリした

看護師さんが


「どうぞ」と言って


入れてくれた



「いろんな事が決まると

少しづつ前を向けるよね


お子さんたちはどう?


今の気持ちはどう?」


めちゃくちゃ優しくて

また泣けた


診察室ではなかないと決めたのに。



「今日の心の温度計は何度?」


「マイナス5℃です」


「あれ!

上がったね

何があったの?」


「ヨガのインストラクターを目指そうと思うんです」


そう告げると


お目目丸々看護師さんは


自分のことのように


喜んでくれた。


「この人いいな。

甘えよう」と思った。



その日は次回の入院の持ち物や時間が諸々を決めて


カウンセリングルームを出た。



待合の父を探した。


居ない?




よく見たら


背中を向けている

父らしき背中を見つけた。


びっくりするほど小さかった。



それはわたしにとって

すごくショックだった。


「大丈夫

愛嬌のある

笑顔のわたしに戻るから」