抗がん剤中止
私にとっては朗報だった
抗がん剤のアナフィラキシーショックを受けたことはショックだったけど
まだ、わたしには
やるべきことがあるのだと
生かされているのだと
確信した。
じゃあ、わたしにはいったい何ができるのだろう。
抗がん剤治療が中止となったら
今度は、放射線治療だった
抗がん剤が中止になったので、放射線は少しだけ多くしようと
プー先生の提案だった。
それは、手術した周りを主に33回
毎日群大に来るように言われた。
不思議と億劫とは感じない
抗がん剤よりはずっとましだもん。
家から群大までの距離は車で約50分
けっして短い距離ではないけど
その時間にヨガの実技の勉強もできた。
33回毎日
車で50分。
インストラクション
要は、インストラクターのガイダンスのセリフを覚えるのに
このドライブは絶好の勉強時間になったの。
そして帰りには、病院のお弁当や
靴下を買うのも楽しみだった
その間も、当初から相談に乗ってもらっていた
高橋看護部長さんと話をする機会も増えていった
入るのさえも嫌だった
カウンセリングルーム
でも今となっては、私自ら覗き込んで
お話したいですと、ニコニコしながら
椅子に座って話し込んだり。
でもある日、高橋さんと話をしていて
私の生かされた意味がわかった気がした。
頭の中でポンと小さな芽が浮かんだ
「高橋さん、わたし、小さな芽が顔を出したイメージが湧いた!!」
「うんうん!!」
「それでね、私、ヨガで、私の様に困っている人を助けたい!!
わたし、恩返ししたい」
と告げた
私の中に小さな芽と希望が見えた。
「その芽がやがて大きくなって
その芽が今度は大きな木となって
困っている人の
日避けとなり
風よけになりたい
雨避けになれたら
わたし、生きている
生かされている意味がわかった気がしたんです」
と伝えたら
「もう大丈夫だね
生きがいを見つけるって
ほんとにその人の生きるエネルギーになるんだよ!」
と言われた。
スクールも終盤。
もうすぐ
スクールの最終テストの日も近づいていた
私の日課
瞑想
過去でもない
今の自分
呼吸することが奇跡であること
目覚める事が奇跡であること
美しい
かわいい
目の前に写るその全てが新鮮で
生きている喜びを感じていた
