E-smile まっつんの日常 -1612ページ目

□ 姫嶋神社 楠大神

姫嶋神社 万葉歌碑
に引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
にあります
姫嶋神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

赤い鳥居へ

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

次は 楠大神

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お稲荷さんですね

次は 「おはしのはなし」vol.3

□ 姫嶋神社 万葉歌碑

元楯大神社址碑
に引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
にあります
姫嶋神社

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次は 姫嶋神社 万葉歌碑

妹が名は 千代に流れん
姫島の小松が 末に苔むすまでに

妹は この地で亡くなった乙女を
作者が親しみをこめて表したもので
あなたの名はいつまでも 世に語り伝えられるだろう
と詠んだ

次は姫嶋神社 楠大神

□ 元楯大神社址碑

姫嶋神社 金比羅宮
に引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
にあります
姫嶋神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

次は 元楯大神社址碑

元楯社 のあった場所かな~

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

大きな木が近くにありました

次は 姫嶋神社 万葉歌碑

□ 姫嶋神社 金比羅宮

元楯社
に引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
あります
姫嶋神社

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次は 金比羅宮
鳥居がありました


E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こんな感じの社です

次は 元楯大神社址碑

7月16日に投稿したなう



≪blog更新≫ #ameblo □ 田蓑神社 東照宮 ★ http://am6.jp/bXcVgz
7/16 10:20

≪blog更新≫ #ameblo □ 田蓑神社 七重之社 ★ http://am6.jp/cYUjIO
7/16 11:20

≪blog更新≫ #ameblo □ 田蓑神社 稲荷神社 ★ http://am6.jp/9y5cF3
7/16 12:20

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 ★ http://am6.jp/bXK8Xd
7/16 13:23

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 龍王社 ★ http://am6.jp/c2kQDo
7/16 14:20

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 金比羅宮 ★ http://am6.jp/dmdvc9
7/16 15:21

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 靖国社 ★ http://am6.jp/bGij8S
7/16 16:21

四ッ橋へ移動中~
7/16 17:21

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 水天宮神社 ★ http://am6.jp/9uqTkO
7/16 17:21

≪blog更新≫ #ameblo □ 五社神社 稲荷大神 ★ http://am6.jp/aq5PTx
7/16 18:21

≪blog更新≫ #ameblo □ 西島住吉神社 ★ http://am6.jp/94ODSa
7/16 19:23

≪blog更新≫ #ameblo □ 判官松伝承地碑 ★ http://am6.jp/avbrSO
7/16 20:24

交流会終了 西口を後にしてます~
7/16 21:22

≪blog更新≫ #ameblo □ 姫嶋神社 ★ http://am6.jp/cWmxKo
7/16 21:23

福島のお店さんが一同に集まって 「福島ツイッタ~会議」みたいなの出来たら良いなぁ~ #hukushimaku
7/16 22:26

≪blog更新≫ #ameblo □ 玉栄稲荷神社 ★ http://am6.jp/9uhHx6
7/16 22:26

≪blog更新≫ #ameblo □ 姫嶋神社 元楯社 ★ http://am6.jp/aOfs3N
7/16 23:29

□ 姫嶋神社 元楯社

玉栄稲荷神社
に引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
にあります
姫嶋神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

次は 元楯社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こんな感じです

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

次は姫嶋神社 金比羅宮

□ 玉栄稲荷神社

引き続き
大阪市西淀川区姫島4-14-2
あります
姫嶋神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

次は 玉栄稲荷神社


E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

狐さんがいらっしゃいます


E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こんな感じの社です

次は姫嶋神社 元楯社

□ 姫嶋神社

判官松伝承地碑
の次に訪れたのは
大阪市西淀川区姫島4-14-2
にあります
姫嶋神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

姫嶋神社 です

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

拝殿 発見

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こんな感じです

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

由緒を見つけました

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

阿迦留姫命と住吉大神を祀る 創建年代は不明
豊臣秀吉の時代に一時は住吉神社と称したが
昭和3年に社名を元に戻す

ご祭神 阿迦留姫は 「古事記」によると
「赤い玉より生まれた美人で新羅の王子 天之日矛と結婚
常に美食を用意して仕えたが 高慢な夫の態度に耐え切れず
難波に逃げ帰った」 とある

また 「摂津国風土記」 逸文には
「新羅の女神が夫のもとを逃れ
筑紫の国の伊波比の比売島(大分県姫島)に暫くいたが
ここは新羅から近いので きっと夫が追いかけてくるにちがいないと
摂津の国に移り住んだ
そして もといた島の名をとって比売島と名付けた」
とある

姫島は難波八十島の1つで阿迦留姫が留まった比売島が
この地にあたると伝えられてきた

古老の話によると ヒメが訛ってヒエ(稗)島と呼ばれ
ヘジマと発音していたという
また この地は木綿織がさかんで
女性は3巾前掛をして よく働いたという
この機織の技術や前掛は阿迦留姫が広めたと伝えられている

ただし 大阪で木綿の栽培が始まったのは戦国時代といわれ
史実と異なるが このような伝承が残っているのも
阿迦留姫命をこの地の産土神として
人々が大切に祀ってきたからであろう

境内には 姫島の地に関する万葉歌碑がある

妹が名は 千代に流れん 姫島の小松が 末に苔むすまでに

妹は この地で亡くなった乙女を
作者が親しみをこめて表したもので
あなたの名はいつまでも 世に語り伝えられるだろう
と詠んだ

次は玉栄稲荷神社

□ 判官松伝承地碑

西島住吉神社
の次に訪れたのは
大阪市西淀川区大野2-4-111
にあります
大野下水処理場

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

その前にあります
判官松伝承地碑

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案内板にはこう書かれてありました

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源平の戦いのあった1185年(元暦2年) 2月16日に
平家追討のために大物の浦(尼崎市)から
屋島に向けて軍船を出した九郎判官義経(源義経)が
折からの突風のために大和田の浦
(西淀川区大和田)に漂着しました

そこで当地の住吉大明神(大和田住吉神社)に
海上安全を祈願し 再度軍容をたてなおして
18日未明に順風を利用して四国に向かいました

このときの由縁の松を判官松といい
義経の腰掛松とも手植の松とも呼ばれて伝えられています

その後 判官松は樹容壮麗となり 西摂の名勝として
遠近に知られるだけでなく
淀川尻の指標として舟人の親しむところとなりましたが
惜しいことに明治10年の落雷によって
消失してしまいました

次は姫嶋神社

□ 西島住吉神社

五社神社 稲荷大神
の次に訪れたのは
大阪市西淀川区西島1
あたりにあります
西島住吉神社

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

入口横あたりに 狛犬さん

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

前の鳥居 があります

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

鳥居を通り

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

名前を確認
酉島と読み間違えてしまいました

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拝殿はこんな感じ

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

由緒がありました

元禄11年(1698年) 九条村の池山 新兵衛が420両を収めて開墾し
佃・大和田の対岸より西にあるところから西島と名付けられた

開発の折 この地の守護神として住吉四柱大神を勧請し
子々孫々に心を受け継ぎ御加護を戴き
今の地の発展につながっています

明治42年内総務省発令の合祀令により
五社神社 に一旦は合祀されたものの
その後昭和22年 正遷宮祭(御祭神がもとの宮に遷られる祭事)
が執り行われています

この地は大阪湾の深奥部にあたり かつては美しい川辺で遊んだり
村の人達が畑仕や洗濯をしたり のどかな田園風景がみられた反面
水禍をまともに受ける土地柄でもあり
海上の守護神である住吉大神を勧請し
祀られた村人の心が偲ばれます

現在 西島の工場地としての様相は
この町の富農の息子として生まれた高石 義雄氏が
若くして鉄鋼に日本の将来があるを感じ
大正年間に生家に伸鐵工場を創立して独立

独自の創意工夫と不撓不屈の精神をもって 業績を伸ばし
高石製鉄所そして大阪製鋼株式会社の設立から
更には時代の先を読み各社の合併を成し
合同製鐵株式会社の今の姿に至っています

今度 高石 義雄氏の1人娘(高石 勝子)としてこの地で生まれ育ち
幼き頃 祖母と共に参った思い出の神社がさびれ果てた状態に
心を痛められ再建の御力添えを頂き 平成20年民有地であった
この地の所有権を五社神社 に移転され
この地に生業を営む各社様を始めご縁ある方々と共に
西島住吉神社大改修事業が執り行われました

次は判官松伝承地碑