こんばんは。
お久しぶりです!
現在は体調も万全でバンバン働かせてもらっています^^
さて、今日のタイトルなんですが…
僕は近頃ふと人種について考えてみました。
こんなことを考えるようになったのも最近やっていた某ゲームがきっかけなんですが(^-^;
このゲームがですね、
すごいんです。
とても奥が深くて…僕も人種や容姿の差別についてよく考えさせられました。
これからお話することは全て真面目に僕が思ったことです。
どうかゆっくり読んでご理解して頂ければ幸いです。
僕のやっているゲームではヒューマという種族とガジュマという種族が人種差別によりお互いに争ってしまうというのが題材で、
ヒューマという種族は今の我々と変わらない普通の人の容姿なのですが
もう一つのガジュマという種族は
手足も人間と同じで二足歩行で人間の言葉を使うのですが容姿だけが動物なんです。
まぁ…少しわかりずらいんですが、いわゆる動物人間なんですね。
ゲームの世界だからこそ有り得るお話なんですけど
実際そんな種族が現実にいたら当然怖いですよね?
そのゲームでもガジュマは“醜い物”とされヒューマから差別を受けていました。
やがて2つの種族はお互いを憎み合い、争いが勃発しようとしてしまいます。
そこで一人の女性がその争いを止める為にヒューマとガジュマの2つの種族に向けて演説をしました。
この演説がとても素晴らしい内容でして…
僕はすごく感銘を受けました。
演説の内容は以下のものです。
女性:皆さん聴いて下さい。
私達ヒューマとガジュマは隣人として、良き友として、今まで共存の道を歩んできました。
それが今、争いを始めようとしています。
種族の違い、ただそれだけのことで。
そもそも種族ってなんですか?
私達は姿は違っても、
楽しい時は笑い、
悲しい時には涙を流します。
それはなぜでしょうか?
例え姿形が変わっていても、
私たちの“心”は同じだからです。
私は思うんです。身体なんて人の心を入れるためのただの入れ物でしかない。
もし種族というものがあるのなら、私たちはヒューマでもガジュマでもなく、
大地に生きる“人”という1つの種族なんです。
大好きな人たちと憎しみあって生きることは、死ぬのと同じくらい辛いことだとは思わないでしょうか?
思い出して下さい!
私たちには共に笑い、泣き、悲しみ、喜べる時間があったはずです。
親切にしてもらったこととか、
一緒に美味しいものを食べたりしたこととか・・・
私の知っている村では、おばさんがパイを焼く度に皆が集まって、
ヒューマもガジュマもなく皆が美味しい、美味しいといって食べるんです。
どうか皆さんも、
もしピーチパイを食べることがあったら1度だけ目を閉じて考えて下さい。
あなたが“美味しい”と感じる心に“種族”はありますか?
という内容の演説でした。
僕はこの演説を聞いた時、
本当に感動しました。
ゲームでこんなにも感動したことは初めてです焏
このゲームを通じてこの演説を聞いてから、
僕は以前より人種について深く考えるようになりました。
幸い私達の世界には動物人間なんてものはいませんが、
実際私達人間にも人種というものはありますよね?
黒人、白人、それから黄人。
特に黒人はごく最近まで人種差別を受けていました。
このように私達の地球上にも人種差別というものは存在してきました。
僕は改めてこの“人種”という重みを知り、またその“人種”による差別があるのならば、なくしたいと思いました。
実際僕の周りでは人種差別を受けている人は見たことはありません。
でも、やはり人間に先入観は憑き物ですから
皆さんもよく
『○○人だから』
とか
『○○人のくせに』
というような事を耳にしたりしませんか?
僕はそういった国単位の差別もなくしていきたいと考えています。
○○人だ、黒人だ、白人だ、という前に
我々はただの“人”に過ぎません。
どこの国に住んでいようがどんな容姿をしていようが我々は皆“人”なんです。
そのことをもっともっと世界の人が理解してくれたら僕は嬉しいです。
今日は皆さんの興味のない事に散々付き合わせてしまってすみません。
そして、最後まで読んでくれた方には僕の想いが少しでも伝わっていれば光栄です。
では、明日も早いので今日はもう床に就きます渧
おやすみなさい鈊










