「BLUE TRAD」さんが我が家に来られたのは今日で三回目です。
最初に来られた時にご一緒される予定でしたがスケジュールが合わなかった「murayasu428」さんも
今日はご一緒に「BLUE TRAD」さんが運転のMINIで我が家に到着です。
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10時頃の到着予定でしたが高速道路で事故による渋滞に巻き込まれ
到着が11時近くになったので直ぐにランチに出発です。
「BLUE TRAD」さんとの定番になった同志社大学寒梅館のランチです。
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今日は天気も良ったのでテラスに席を取りました。
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私が注文したのは「ハンバーグランチ」ドリンク付きです。
ドリンクは皆さんご一緒に「ジンジャーエール」です。
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食べ終わった後は「murayasu428」さんとは初めてという事も有り話が弾みました。
次から次へと「VAN」「TRAD」「コンチ」関連の話題が飛び出し終わる気配が有りません。
気づいたら三時間は既に超えていて名古屋に帰る予定の時間の事も有り一旦我が家に戻る事にしました。
 
玄関前のお二人です。
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ここでも又や話題が沸騰しましたが・・・・・。
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話足らない事はまだ山ほど有りますが出発の時間になり名古屋に向って帰られました。
 
お二人に戴いた素敵なお土産です。
「BLUE TRAD」さんからは                   「murayasu428」さんからは
 CD「HeartBreathing CAPTAIN SANTA STORY」       「VAN HEUSEN」のシャツと「牛肉しぐれ」
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次回お会いできる日を楽しみにしています。
 
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元々株式会社ヴァンヂャケットのシャツは呉羽紡績株式会社が織った生地を使っていました。
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1966年呉羽紡績株式会社は東洋紡績株式会社に合併されます。
そして以降、株式会社ヴァンヂャケットと東洋紡績株式会社は強い繋がりを築いて往きました。
 
1971年には東洋紡績株式会社、三菱商事株式会社そして株式会社ヴァンヂャケットの三社で
株式会社ラングラージャパンを設立しました。
 
又同じ1971年に
東洋紡績株式会社がメインライセンシーで株式会社ヴァンヂャケットがサブライセンシーとして
米国ガント社のシャツブランド「GANT」の製造・販売を開始しました。
当然シャツの生地は東洋紡績株式会社製を使用した商品でした。
 
1966年以降はトラディショナル・ブランドとして成長した「Kent」のショップで「GANT」は販売されました。
先ずは「Kent/GANT」のダブルネームで販売しましたが直ぐに「GANT」単独での販売に移行しました。
その当時の紙タグで裏面は何も記載されていません。
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表面に「販売 ヴァンヂャケット 東京」
裏面には「アメリカのガント社とヴァンヂャケットとの技術提携により、日本で製作された商品です。」と記載。
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表面に「製造 ㈱ヴァンヂャケット 青山 東京」
裏面には「アメリカのガント社とヴァンヂャケットとの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
1978年の株式会社ヴァンヂャケット倒産時までこのタイプの紙タグでした。
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デッドストックで左が紙タグ裏記載なしの初期物、右は表面「製造 ㈱ヴァンヂャケット 青山 東京」の後期物。
「VAN」のシャツを始めて知った時の衝撃「畳み襟」のパッケージを復活して欲しいと願っています。
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株式会社ヴァンヂャケット倒産後は株式会社ジュンがサブライセンシーとなって
「GANT」のシャツの製造・販売が始まります。
「Kent」の初代担当者安田昌弘が株式会社ジュンで立ち上げられたブランドが有ります。
それは重厚なブリティッシュをイメージした「Beverly-hills」でした。
その後安田昌弘は株式会社ヴァンヂャケットに戻り「Burton-woods」を立ち上げました。
そして「Beverly-hills」はヨーロピアン・ブランドになっていて
株式会社ヴァンヂャケットの倒産の時期を向えていました。
株式会社ジュンの佐々木忠社長は倒産の一週間後には「Kent」顧客の受け皿として
「Beverly-hills」をアメリカンチックに焼き直し正に「Kent」モデルの販売開始を打ち出されました。
その流れで「Kent」ショップでのシャツは「GANT」だったように
「Beverly-hills」ショップでのシャツは「GANT」とされたのでした。
 
裏面には「アメリカのガント社と株式会社ジュンの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
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裏面には「アメリカのガント社とビバリーヒルズの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
「Beverly-hills BOY'S」も登場しました。
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そして株式会社ガントジャパンが設立され表面に「製造・販売 ㈱ガントジャパン 東京」
裏面には「アメリカのガント社とガントジャパンとの技術提携により日本で、製造された商品です。」と記載。
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1999年「GANT」の商標権をスウェーデンのピラミッドスポーツ社が取得し本拠地を移して展開しています。
我々にとっては懐かしいシャツブランド「GANT」ですが・・・・・。
 
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株式会社ヴァンヂャケットは「ロゴ」に対してどこよりも早く統一を図った会社でした。
社内に於いて「ロゴ」のイン・レタを持っていた事でもその事の裏付けでした。
そして「ロゴ」カラーにもルールの徹底を図っていました。
基本的には3色のカラーで「VAN」「・JAC・」「for the young and the young-at-heart」で成り立っています。
 
ベースが白色の場合「V」は黒色「」は赤色「N」は黒色「・JAC・」は赤色
「for the young and the young-at-heart」は黒色となります。
 
ベースが黒色の場合「V」は白色「」は赤色「N」は白色「・JAC・」は赤色
「for the young and the young-at-heart」は白色となります。
 
ベースが赤色の場合「V」は黒色「A」は白色「N」は黒色「・JAC・」は白色
「for the young and the young-at-heart」は黒色となります。
 
2007年5月に発行された「DANKAIパンチ5号」の
特集「VANの黄金時代」で私がデザインしたページにもこのタグを使いました。イメージ 1イメージ 2
 
上記に掲載された3種類の紙タグに統一された筈でしたが
1960年代初期には「・JAC・」が異色とか微妙に字体の違うものとかが存在しました。
「VAN」のロゴには注視するも「・JAC・」部分が疎かになっていた結果だと思います。
 
1990年の3月までは13種類異質な物を手元に持っていて正当な3種類と共に額装していました。
当時は転勤族で山口県から高知県に転勤する時に荷物からスペシャルタグの額と共に紛失しました。
気付いたのは異動後数ヶ月が経ってからで運送会社に連絡するも出てくる事はありませんでした。
 
この度VANグッズコレクターのWさんから「・JAC・」がベース3色共に異色の物を譲って戴きました。
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久方に正当なデザインの物と並べてみました。以前は横に4種類そして縦に4種類持っていた事になります。
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糸の止め方が丁寧な作りのタグも1960年代後半には穴に糸を通す仕様に変って仕舞いました。
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そして1970年代に入ってからはポスシステム導入によるデザイン物とか
数次にわたって紙タグのデザインは変更されました。
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しかし「VAN」らしい「VAN」の紙タグは今回紹介したデザインに勝る物は有りませんでした。
 
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