第1次アイビーの時代男性には「VAN」「JUN」等のブランドが有りました。
しかし女性に対しアイビー・ルックをトータルに取り扱ったブランドが登場したのは
1965年6月発行の「MEN'S CLUB」43号アイビー特集号に製品が掲載された「IVY SISTERS」からでした。
同時に「アイビー・シスターズ・コーナー」のページも毎号割かれる様に成りました。
このコーナーが拡大し一冊の雑誌に成長します。それが「MC*SISTERS」でした。
 
1965年9月発行の「MEN'S CLUB」45号からは「IVY SISTERS」の広告が毎号掲載される様になりました。
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「IVY SISTERS」のステッカー。
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「IVY SISTERS」のカンバッチ。
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「IVY SISTERS」のレターセット。
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「MEN'S CLUB」の裏表紙が「VAN」の広告だった様に
「MC*SISTERS」の裏表紙を「IVY SISTERS」が飾っています。
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1976年株式会社エフエルの「IVY SISTERS」ブランドが
株式会社ヴァンヂャケットのブランドとして製造・販売されようとした事が有りました。
株式会社エフエルは帝人商事株式会社の関連会社ですが
株式会社ヴァンヂャケットが経営協力するという観点から「IVY SISTERS」ブランドを譲り受け
株式会社ヴァンヂャケットと帝人商事株式会社そして帝人株式会社の合弁会社を発足させます。
 
株式会社ヴァンヂャケットとしては
「ラングラー・ジャパン」「ショップ&ショップス」「アルフレックス・ジャパン」に続く第4番目の関連会社として
本格的にレディース分野に進出する手筈となりました。
 
当時の株式会社ヴァンヂャケットの社内文書です。
「IS準備室発足」 ~アメリカンカジュアル主体のレディース分野に進出~
『1975年10月にティーンズ(小学上級―高校)ならびにカレッジアンを対象としたレディース分野の関連会社がヴァンヂャケットに誕生しますが、このたび7月1日付をもってその為の準備室が発足しました。
ISとはIVYSISTERSの意。mc Sisterなどの雑誌で既におなじみの方もいると思いますが、これはティーンズ・レディスウェアーの分野では著名な株式会社エフエルのチョップ名のひとつです。
かねてより帝人商事株式会社との間に同社系列のエフエルへの経営協力の要請が強かったわけですが、アメリカンカジュアルを主体としたIVYSISTERSの商品傾向に我社が注目、エフエルからIVY SISTERSの分野のみを分離、これを母体に新会社を設立することになったわけです。
新会社はヴァンヂャケット、帝人商事、帝人による合併会社ですが、我社が資本金2億円(予定)の70%を出資、残り20%を帝人商事、10%を帝人が受け持つことになっています。
商品傾向としては従来のIVYSISTERSをベースにしたものが主体ですが、さらに年齢層を下げてローティーンズをターゲットとしたものと、ニュートラ的な要素の強いカレッジ向きけレディースファッションを展開していく予定です。
商品内容としてはスーツ、ブレザー、ワンピース、ジャンパー、スカート、コート、シャツ、セーター、ベスト、パンツ、さらにネクタイ、マフラー、ソックスなどに加えてバック、ベルト、アクセサリーなども企画しており、トータルな分野におけるコーディネートにも重点を置いています。
販売店としては百貨店、月販店、専門店を対象とした特約店システムで展開されますが、現在のヴァンヂャケット取引店にもレディースショップの出店をすすめるなど積極的に展開されていくことになります。
実質的に販売が開始されるのは1976年の2月からで、初年度売上は15~20億円を予定しています。
なお、この会社、名前は未定ですが、アルフレックスジャパン、ラングラージャパン、ショップ&ショップスに続いて4番目のヴァンヂャケット関連会社になるわけです。』
 
いち早く1968年に「ロぺ」を立ち上げてレディース分野に進出した事から
1958年創業以来繁栄存続している 株式会社ジュン。
8年遅れの1976年になってやっと本格的に レディース分野に進出しようとして
「IVY SISTERS」 という大看板も手に入れる事が出来たのに
「アイビー」がその先再びブームになる事も読めず
結果として設立されたのは・・・。
株式会社ヴァン・リラという名称の会社でした
 
株式会社ヴァンヂャケットが手がけるレディース部門の新会社
株式会社ヴァン・リラは1975年11月4日に発足しました。
社名Van Relaの由来は、VANRELATIONSの略でした。
扱うブランドはティーンズ向きの「KiKi」とヤングレディーの「eddieellen」2ブランドでした。
独立採算方式による事業部制を採用て1976年2月末春物(一部夏物)から営業活動に入りました。
 
確かに「KiKi」はティーンズチョップとして1967年時点で既に存在はしていましたが
知名度が有った「IVY SISTERS」チョップをなぜ活かさなかったのか
今だ・・・私的には疑問に残るストーリーです。
 

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1972年2月8日株式会社ショップエンドショップスは代表取締役社長に高木一憲(一雄)が就任して
資本金1億円(株式会社ヴァンヂャケット50%・鐘紡25%・丸紅25%)で設立されました。
 
株式会社ヴァンヂャケットの小売部門進出を担った設立として注目を浴びました。
 
店舗名は文化出版局発行の雑誌名「NOW」と連動した「NOW」
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イメージ 18「Mr.SHOP Kent」「FASHION BAR 404」「MENS SHOP VAN」等を展開すると同時に
脱繊維を目指したメンズ・バー「SCOTCH BANK」を運営しました。
 
1978年の株式会社ヴァンヂャケット倒産後は幸いに「カネボウ・グループ」として存続しました。
 
1986年4月から1991年3月まで山口県徳山市(現・周南市)に転勤で赴任していた時には
広島市の「広島NOW&KiKi」北九州市小倉北区の「小倉NOW」によく行っていました。
1987年のショップリストです。
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その当時いただいたステッカーです。
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2004年のカネボウ危機以降も事業再編により会社継続を図れる事になりました。
その時点では「Mr.SHOP Kent」7店舗「Kent&KiKi」9店舗
「JumpinKiKi」4店舗「Kent Family」3店舗等の運営をしていました。
 
しかし2000年株式会社ヴァンヂャケットの所有するブランドの総合プロデュース権が
株式会社ビイエムプランニングに移りかつ「Kent」商標についてはその子会社である
株式会社ケントジャパンに2005年商標権利者が移った事も有り株式会社ケントジャパンは
株式会社ショップエンドショップスに対いて「Mr.SHOP Kent」の使用差し止めの裁判を起こし
長らく使用してきた「Mr.SHOP Kent」が本家筋の株式会社ショップエンドショップスでは使えなくなりました。
 
続けて同じ様に「Kent Family」についても裁判にかけましたがこれについては却下されました。
 
その為以降の店舗名は「Kent Ave.」に略統一され又旧カネボウ・ブティックの店舗「K」と共に
店舗数は少なくはなったものの株式会社ヴァンヂャケットの名残の会社が今も存続し店舗展開されています。
 
2006年10月に株式会社双日インフィ二ティと資本提携(35%)が図られて
「マックレガ―」ブランドの販売が開始されましたが
その後資本提携を解消し2010年1月以降は取扱いをしていません。
 
現在の店舗名です
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 ショップリスト:http://www.shopandshops.jp/shoplist/
 
昨年「石津謙介生誕100年」オリジナル
ブレザー、ボタンダウンシャツ、ネクタイがあの「元町Kent Ave」で限定販売されました。
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「味の素クックドゥ」のシリーズCMで山口智充と共演している杉咲 花に注目しています。
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杉咲 花の父親は「レベッカ」を脱退し
1985年にロックバンド「RED WARRIORS」を結成した小暮武彦です。
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メンバーにはダイヤモンド☆ユカイ(ボーカル)がいます。
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「麻婆茄子」篇
 
「回鍋肉」
 
「豚もやし 小銭見つけた」篇
 
残念ながら途中で打ち切りが決定したフジテレビ系「家族のうた」の大澤こころ役で好演中です。
 
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杉咲 花オフィシャルサイト http://www.ken-on.co.jp/hana/
 
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