龍のひげのブログ -48ページ目

新型コロナウイルスの正体について

そもそもWHOが新型コロナウイルスの治療法について、エイズやエボラ出血熱の二つの感染症の治療薬が有効ではないかと考えて臨床試験を行っていることが、不可解である。どうしてエイズやエボラの治療薬が、新型コロナウイルスに効くと考えたのであろうか。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200221-00000007-asahi-int

もちろん事態は極めて緊急性が高いものであるから、理由などどうでもよく、とにかく利くのであれば何でもよいと言われればそれまでであるが。エボラについては、コウモリを媒介して人にうつる性質があるので、まだはっきりとはしていないが今回の新型コロナも当初はコウモリが自然宿主とされたことから類似性はあるが、エボラは空気感染はしないで接触で人から人へと感染していくとのことなので、その点で考えれば別種の遺伝子構造を有していると考えられ、エボラの治療薬が新型コロナに効果があるとは考え難いものである。一方でエイズウイルスも空気感染はしないで、性行為による感染、血液感染、母子感染の3パターンであり、また自然宿主も鳥類などではなく猿であるとされていることから、遺伝子構造は新型コロナとはエボラ以上に別物であるはずである。要するに抗HIV薬が新型コロナの治療薬になる可能性は、元々のウイルスの性質や治療の機序から考えれば有り得ないはずなのである。ところが今月の初めに、タイ保健省が抗HIV薬に抗インフルエンザ薬を組み合わせると、新型コロナ感染者に対して効果があったことを報告している。その報告を受けて臨床試験を実施しているのであろうが、何が言いたいのかと言えば、ウイルスも自然界における生き残り戦略の中で遺伝子の型を少しずつ進化させていくものであるが、数年という短期間で、全く遺伝子構造の異なるウイルスに突然変化したり、遠い類型のウイルスの特徴をそれまでの一つの型の中に共存させることは有り得ないということだ。

1月末にインドの研究者たちが「新型コロナウイルスにエイズウイルスと不自然な類似点がある」「このウイルスが自然発生することは考えられない」と論文で発表し、その後、猛烈なバッシングによりその論文はのちに撤回されたということであるが、今、治療薬に抗HIV薬を用いようと試験されていることから考えても、インドの研究者たちは論文で真実を報告していたとしか考えられないものである。

https://www.news-postseven.com/archives/20200220_1543298.html

またそこから「新型コロナウイルスは、SARSウイルスとエイズウイルスを武漢ウイルス研究所が人工的に合成したものでは」という憶測が飛び交ったということであるが、それは当然の疑惑であり、また真実の可能性が高いと見做される。エイズウイルスは言うまでもなく、人の免疫細胞に感染して破壊するものであるが、コロナウイルスを改変して生物兵器として強力な有毒性を持たせるためには、エイズウイルスを人工的に組み合わせたハイブリッドを遺伝子工学的に作り出す必要性があったのではないかと私は見ている。新型コロナウイルスの感染者の症状を見ても、重症化している人はエイズ由来の作用によって免疫機能が低下していることが原因なのではなかろうか。またそうであれば、元々の免疫能力が低下している50歳以上の年齢層に発症者や重症患者が多いことの説明もつくのではないのか。WHOだけでなく日本国内でも抗HIV薬が使えないか研究が始まっているということである。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200222-00000009-asahi-soci

それは恐らくは、新型コロナウイルスの症状からエイズウイルス由来の特性を消滅させて症状を軽症化させようとする試みであり、またこの不自然なウイルスの正体を示しているものでもある。

 

ウイルスと政治の生存戦略

気候的には春は確実に近づいてきているのだが、日に日に、じわじわと日本もえらいことになってきたな。この先、どうなってしまうねやろと不安で眠れないという程ではなく、毎日、熟睡しているがそれでもやはり起きている日中は心配である。個人的には別にさほど楽しみにしてる訳でもないのでどうでもよいのだが、もうオリンピックの東京開催は無理やろ。ロンドンでやってもらえばよいではないか。今後の経過にもよるが、そう簡単に今のコロナウイルスの拡散が終息するとは考えられない。このような状況でオリンピックという大イベントを強行することは、それこそ狂気の沙汰であるということぐらいは、さすがに日頃から梅毒か何かで脳の細胞をやられてしまっているような日本の政治家たちにも判断が付くことであろう。というよりも日本の判断以前に、世界やIOCが許さないであろう。東京開催が、コロナウイルスを東京に集中させて世界中に拡散させる集積中継の場になることは避けられないであろうから、これはテロよりも恐ろしい危険性である。そういう意味では本当は東京ではなくロンドンでやっても危険度の大きさは違うであろうが、同じことである。感染者の多い中国や韓国、日本を不参加にするというのであれば話しは別であるが、そうもいかないであろうから、今年はオリンピックを中止するか、来年に先送りにすべきではなかろうか。もちろん今後、1~2カ月の間に「奇跡的」にウイルスの拡散、発症が消滅していくことになるのであれば、予定通り東京開催を実施すればよいであろうが、果たしてその可能性はどれほどあるであろうか。その判断の分岐点は、今回のコロナウイルスが一体、本当に自然発生のものであるのか、それとも何の根拠もない陰謀論やデマとして権威筋に一蹴されているが、人為的に作られた生物兵器としての超強力なウイルスが何らかの事故により漏出したものによるのかのどちらかに尽きるであろう。それ以外の判断材料となるべきものは何もないし、また何を追求しようと、何に言及しようと無意味である。私は後者であると考える。ウイルスそのものが爆発物などよりも遥かに恐ろしく危険極まりないテロのようなものだと見ている。もちろんそうは言っても、私は何もそれを政治問題として表面化させ、日本の政治やマスコミに中国へ今回の問題の真相と、その責任を厳しく追及をしろなどと言うつもりはない。また日本のような国が、単独で中国にそのような強行な態度を取れる訳がないことくらいは、日本人であればどんな馬鹿でもいやというほどにわかっているはずである。そういう問題ではないのだ。純粋に危機管理の問題なのだ。日本の平和主義とか平和外交という理念は、崇高なものであるし無下に否定されるべきではないであろう。それは分かる。しかし日本の政治やマスコミそのものが、平和主義や平和外交の方針を堅持するために、国民の生命や健康を犠牲にしてまでも、目の前の現実を捻じ曲げたり、政治そのものが都合の悪い真実に対峙することを放棄するのであれば、一体、日本が掲げる「平和」というものにどれほどの価値があると言うのであろうか。むしろその日本的な平和の外観のために究極的には、いや現実に国民の生命までもが犠牲にならなければならないのであれば、戦時中の国家総動員法による挙国一致体制の単なる国家主義的な裏返しで、本質的には何も変わっていないのではないのか。

数日前に見たNHKの報道番組では、今回のコロナウイルスを厚労省は「ウイルス性の風邪」だと見做しているということである。たかだか風邪のためにオリンピックの開催までもが危ぶまれているということである。また風邪だと言う割には、日本国内で感染の疑いがある人を検査する非公表の病院で、医師が診断する際の衣服が映されていたが、まるで宇宙服のような恰好である。今から月旅行にでも行くつもりですか、と言いたくなるような厳重防護の診療衣で、あれではこれから気温が上がっていくと、体力的に一日に何人も診るのは不可能なのではないかと他人事ながら心配になったほどであった。そもそも医者は、その辺の町医者でもそうだが、一日に何十人も風邪に掛かった人間を診療しているが、普段はマスクすらしていない。しかし医者は患者の風邪がうつって休診になったなどということを聞いたことがない。医者だから人よりも免疫力が高いとか、風邪に掛かり難い体質などということはないであろうが、日常的な光景とすれば本来はそういうものなのである。いかに日本の政治や行政が、国民の正しい理解と認識を無視している対応をしているのかわかるのではなかろうか。今回のコロナウイルスが自然発生のものであるのか、人工的に作られた生物兵器であるのかの判断について、以下のウイルス研究の国際的第一人者である「大御所」の見解を熟読してもらえれば良いと思われる。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200214-00070375-gendaibiz-sctch&p=1

この研究者の意見に私は間違いはないと思う。但し、それはあくまでも自然発生のコロナウイルスであればの話しである。自然に現れてきたものであるのなら、過剰に恐れたり、大騒ぎするものでは本来は有り得ないのである。しかし現実には、そうではないからこそ、逆説的に一体どういうことなのかということに少なくとも政治家や医療行政に携わる人間の頭の中身はならなければならない。自民党の政治家や官僚が深刻な現実を無視しているからこそ、全中国人の日本への入国を禁止する措置は未だに取らないで、当初、中国に大騒ぎにならないようにして欲しいて要請があったことに配慮したり、忖度する姿勢を保ち続けているものである。また4月の習近平氏の来日も予定通り実施することに固執している。政治が現実を捻じ曲げる歪みが、国民の犠牲を作り出しているのである。その構図を国民は理解すべきだ。ウイルス感染症の大御所のご指摘では、コロナウイルスが健康な細胞の受容体(レセプター)にとりつくための、外側のトゲ(スパイクタンパク質)は、脆弱で壊れやすいものであるということである。空気中ではすぐにそのトゲが脱げてしまって死滅してしまうものであるらしい。また家庭用の石鹸や洗剤などの1%の界面活性剤を噴霧するだけでも殺せるということである。本来の性質はそうなのであろうと思う。しかしその本来のコロナウイルスの性質が、今の事態を正しく説明できるであろうか。我々が見せられているものは驚異的な感染力で宇宙服のような恰好をしていて、慎重に用心深く除菌もしているであろう検疫官や救急隊員が感染を防ぐことが出来ていないのである。現実に1千万都市である武漢が封鎖されていて、その内部では実際には何人死んでいるのかわからないのである。大御所の見解では、4月、5月にさらに感染が広がるおそれがあるとTVで発言されているのを聞いて唖然としたということである。なぜならコロナウイルスは気温が上がると生きていけないから、2月末から3月に入れば自然に終息するはずであると予測している。それで、もうそろそろ2月の末を迎えようとしている。終息の兆しは見え始めているであろうか。さて我々が今直面しているウイルスの正体は一体何なのであろうか。私は何も大衆にデマを喧伝しようとしているのではない。政治家やマスコミの脳細胞に侵入しようと企んでいるだけである。

 

マスコミこそが有毒なウイルスではないのか

もう永久に記事を投稿するのは止めようと考えていたが、今、日本はかつて経験したことがなかったほどの深刻な危機の瀬戸際に直面しているように思われるので、沈黙してはいられない。私が何か発言したところで、事態の何がどうなるものでもないが。危機とは言うまでもなく中国発コロナウイルスの拡散についてである。大局的に見て、現時点における日本のこの問題の捉え方は、大きく2通りに大別されると思われる。一つは楽観的な見解である。必要以上に大騒ぎする必要はない。毎冬、流行するインフルエンザ程度のことでその内に桜が咲くころまでには、自然と終息していくであろう。むしろ病原菌よりもデマや風評被害の問題の方が大きいとする見方である。もう一方は、悲観的というか、私に言わせればより現実的な危機管理に立脚した見方であるが、今後1~2カ月の間に、爆発的に日本国内の市中感染が増加し、収拾がつかなくなり、東京や愛知などの大都市が中国の武漢のように封鎖される事態となる可能性が小さくはないとする見解である。仮にそうなれば日本は破滅的なパンデミックを経験することになるであろう。それで日本の政府がどういう風に見ているのか、楽観的なのか悲観的なのかと言えば、いつものことながら情報統制を敷いていると思われるので、その2つが混在していてわかり難いという以上に無責任的である。ただ一つ確かなことは、豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号に対する日本政府の対処方法を見ても、このコロナウイルスを単なる季節性のインフルエンザのように見做していないことは明らかである。特殊で特異な病原菌であると尋常でない警戒心を抱いていることが見て取れる。それは日本だけではなくてアメリカやその他の国においても同様である。しかしその一方でこの新型ウイルスの特性について、ほとんど何もわかっていないので、正しく効果的に対処されているとは言えない。水際対策などとウイルスを国内に侵入させないことだけに神経を集中させ、潜伏期間の2週間を目途にしてから乗船者を区分けして事態の収拾を目論んできたようであるが、これまでの経過を見る限り、このウイルスは潜伏期間中に感染し密室の客船が感染者を増加させる空間となってきたものである。もう一つは異常とも言える感染力の強さで、客船の感染者を搬送した消防局の職員や事務作業の検疫職員などが、厳重に防護措置をしているはずであるのに感染している。よくはわからないが、1~2メートルの至近距離内にいる相手や接触者には、防護服や、手洗い、殺菌などに関わらず感染する力がきわめて強い特性を持っているように思われる。果たしてこのウイルスの正体は何なのであろうか。そもそも季節性のインフルエンザに類するような毎年、型を変えながら発生するウイルスが一つの大都市を封鎖させるほどの威力を持っているとは考えられない。武漢は人口1千万人以上の近代都市である。生ものの蛇や蝙蝠を日常的に食する習慣があるとは考えられない。武漢では連日、100人以上の死者が発生していることが伝えられているが、実際の感染者数や死者数は中国政府の公式発表の10倍とも100倍とも言われている。公式発表の数値は病院に収容されて、現在入院中であったり死亡した人間をカウントしているだけであろう。武漢では感染がわかっても公共の交通機関がストップしていて病院まで辿りつけなかったり、医者に診てもらっても特別なコネがなければ家に戻されるだけで入院させてもらえなかったり、突貫工事で建設された劣悪な環境の強制収容所のような施設で隔離されるだけであるという。ところが日本の報道は、政治の規制がかかっているのかマスコミが自主的に規制しているのか知らないが、そのような現地の悲惨な実態をほとんど伝えてはいない。していることと言えば、真実を追及する声をデマや有害な陰謀論としてウイルスのように世論から隔離、払拭させようとしているだけのことである。有害なウイルスはどちらであろうか。報道機関の方ではないのか。TVニュースを見ているとデマや陰謀論についてキャスターが、「そのような事実はない」などと強い調子で断定しているが、一体何を根拠に自信を持ってそう言い切れるのか。武漢に最強クラスのBSL-4の病原菌を扱うウイルス研究所が、中国に唯一存在することは事実である。中国の杜撰な管理体制や隠蔽体質を考えれば、その研究所から人工的なウイルスが漏えいしたと考えることの方が、より自然で人間的であると言えるのではないのか。大体、自然発生のウイルスであれば、街中で突然、人間がばたばたと倒れるような症状にはならないはずである。政治やマスコミには中国への忖度や、中国からの圧力があるのであろうが、正当な疑惑は必要なのであって、その疑惑を有害視することの方がよほど絶対的な社会悪である。またそのような社会悪から、お花見感覚のような、桜が咲くころまでにはコロナウイルスは終息するであろうというような平和ボケの楽観論が流布されているように思えてならない。東京が武漢のように都市封鎖される事態になればどうなるのであろうか。日本はもう終わりである。因みに調べたところ、武漢市の人口は1,089万人で人口密度は1,217人/k㎡であるのに対して、東京都は人口1,395万人に対して人口密度は6,359人/k㎡である。東京は武漢の5倍以上の過密度があるということだ。今、国内の感染者数は数十人でまだ経路の調査が可能な範囲内であるが、今後その数が10倍、百倍となっていくとほとんど放置というかお手上げ状態になることは目に見えていることではないか。東京が、或いは東京だけでなく大阪や他の都市もそうであるが、武漢のようにはならないと誰がどのような理由で断言できるのであろうか。もちろんそうならない方がいいに決まっている。しかしそのためにこそ正当で正常な危機感と危機管理意識が必要とされているのではないのか。今の日本にはそれがないことが、もうすでに潜在的に近未来を折り込んでいるような気がしてならない。