龍のひげのブログ -29ページ目

戦争は起こるのか

それで結局、戦争は起こるのであろうか。いやその前にそもそも戦争は、どちらが望んでいるのか。どちらと言うのはロシアか、アメリカなどの西側諸国かということだ。戦争というものが予定調和的に流れ着く一大イベントであるならば、その質問は意味をなさないが、また本当はどちらも望んでなどいないということが絶対的な前提とされなければならないのであれば愚問ということになろうが、そのナンセンスと愚かさの狭間で、戦争は起こらない時には決して起こらないが、起こる時にはシナリオという断崖に咲く水仙の花びらの輪郭を壊さないでそっとなぞるように、慎重にためらいがちに、そして不可避的に起こるのであろうと思う。今回のロシアとウクライナの紛争で言えば、ロシア側がアメリカやヨーロッパNATO加盟国との戦争を望んでいるのではないことは確かであろう。ロシアやプーチンの肩を持つつもりはないが、一地域の紛争に過ぎないものをロシアの脅威を盛んに煽り立てて、戦争突入状態を既成事実化させ、本格的な戦争へのシナリオを着実に歩んでいるのは西側諸国であるように見える。というよりも戦争と言うものは、歴史的にそういう風にして何度も起こってきたことであり、今また同じことが繰り返されようとしているのではないのか。マスコミの論調というものは、繊細な花びらをじっと観察するように見極める必要がある。日本もまた西側諸国の一員であるので何気なく見ていたのでは、まるでもう戦争の火ぶたは切られたのと同然であり、その原因はロシアの行動にあるように感じられる。しかし本当にそうであろうか。それが中立的な見方であると言えるのであろうか。FXをしている人にはわかるであろうが、報道が戦争、戦争と言う割には、現時点の23日では、たとえばドル円の相場はまだ115円台を維持していてさほどリスクオフには進んでいない。相場はまだ本格的な戦争状態に突入することに対しては懐疑的に見ているような動きを示している。いつものようにマスコミの報道だけが先走って国民の不安心理を増大させようとしているように見える。ウクライナ東部の親ロシア派地域であるドネツク州とルガンスク州をロシアが一方的に独立承認して、ロシアの軍隊を駐留させることは、確かに表面的に見ればロシアのウクライナへの侵攻であると言えるのかも知れないが、ウクライナ内部が反ロシアと親ロシアに分かれて対立していて、これまでに多数の死傷者が出る軍事衝突が発生しているのであれば、親ロシアの地域は独立してロシア陣営に組み入れられる方が、その地域の均衡と安定は保たれて、より大きな戦争に発展しない要因になるということは言えないであろうか。西側諸国がそれを理由にロシアに宣戦布告をしないのであればということであるが。元々ウクライナはソ連の一部地域だったので、ロシアの共産主義体制が善か悪かという見方以前に、国民感情としてロシアに郷愁を抱いている人々が一定数存在するであろうことは当然であり、それが東部地域のドネツク州やルガンスク州であるならばその地域はロシア側陣営か領土に復帰することの方が自然であり、また平和的だとは言えないであろうか。私にはそのように感じられる。その二州の独立承認に関しては私はプーチンは正しい決定をしたように思える。それを口実にしてアメリカや西側諸国がロシアに戦争を仕掛けるのであれば、それはそもそものシナリオに沿ったものなのであろうということだ。ならば、どうしてそんなに戦争を必要とするのか。何のために必要なのか。戦争が武力による国家間の政治的対立の解消、解決ではなく、単に、純粋に世界を一時的に不安定にさせて破壊するために存在する手段であるならば、疫病のコロナも同じであろう。戦争発生の危機と終息しないコロナの関連性も考察される必要性がある。どのように感じるかはその人次第であろうが、少なくとも世界はTVや新聞の解説や解釈に沿うように動いていないことは確かである。

(吉川 玲)

腹の立つことや不安に思う諸事雑感

誰しも同じだとは思うが、日常生活のちょっとしたことで腹の立つことが多い。一つ一つ些細なことを挙げていくときりがないが、最近のことで言えば、使用しているパソコンのブラウザのことでこういうことがあった。私はインターネットエクスプローラー(IE)とマイクロソフトエッジとグーグルクロムの三つのブラウザをダウンロードしていて使い分けているが、IEのサポートがまもなく終了するとかのことでIEでインターネットを閲覧していると頻繁にマイクロソフトエッジに変えるようにとの案内が画面に差し込まれてくる。これまでそれを無視してIEでサイトを見ていたのが、ある日IEを立ち上げようとしたところ、IEから強制的にマイクロソフトエッジでブラウズする設定に変更されていて、何度試してみてもIEの画面にならないのである。私はマイクロソフトエッジは使い勝手が悪いと感じているので、サポートが終了しようが見れたり動かせるのであればIEの方がよいのである。突然にそういうことをされると、設定を元に戻すのに、その方法を調べたり、誰かに聞いたりしなければらならい羽目になる。忙しいとその時間と手間が非常に腹立たしいのである。何でマイクロソフト社は利用者の意思を無視して、強引にこういうことをするのであろうか。OSの10への移行の時も、勝手に10がパソコンに組み込まれるトラブルが発生して問題になっていたが、その時と何も企業体質は変わっていないではないか。それで思うのだが、マイクロソフト社といえばその創業者は言うまでもなくビル・ゲイツである。ビル・ゲイツと言えば、今や陰謀論の世界では人類にワクチンを強制して家畜化する黒幕のように言われている。その情報の真偽については個人的には何とも言いようがないが、世界中の利用者の意思を無視して強引に自社のアップデートされたOSやブラウズをねじ込んでくる、そのような金儲けの手法がビル・ゲイツ氏に向けられている陰謀論的なワクチン疑惑の原因になっているとまでは言いきれなくとも、まったく無関係であるとも言えないのではないかと私は思うのである。ある意味では、ある視点で見れば、当人の意思とは無関係に強制的にパソコン内部に新しいOSやブラウザを流し込んでくることと、人類にワクチンを強要して、人体もパソコン同様にバージョンアップさせようとすることは同質だとは言えないであろうか。別に私は新聞やTVのような印象操作の手法でビル・ゲイツ氏やマイクロソフトのイメージ低下を目論んでいるわけではない。率直な個人の感想を述べているだけである。皆さんはどう感じられるであろうか。

率直な感想ついでに言えば、今このようなことを言えば後付けのように思われるかも知れないが、現時点のオミクロン株の猛威について、私は昨年の10月後半の衆議院選挙期間中や11月の選挙終了後に年明けの1月中旬から後半にかけて第6波が予定されているのであろうと感じていたものである。そして予想していた通りになった。衆議院選挙期間中や選挙直後は、海外ではオミクロン株感染はかなりの規模で発生していたが、どういう訳か日本国内ではほぼ0に近い状態であった。皆さんはそのことについて、おかしいとか不自然だとか、不思議だとは全く思わなかったであろうか。TVや新聞が私のこのような印象を否定したいのであれば、これまで通りに必死に自説を展開して精々否定すればよかろうが、明らかに感染者数は政府によって都合よく管理、操作されているとしか考えられない。選挙期間中の0感染数がどういう意味を持つかと言えば、大衆にコロナが一時的に終息した状態の長期的な現状維持を強く望ませる目的があったと考えられる。そして大衆におけるその現状維持の願望が、投票心理においては政権の現状維持に転換されて政党を選択させるサブリミナルな誘導効果を発揮したということであろう。結果、自民党が勝利して安定多数の議席を獲得したということである。まさかとは思われるかも知れないが、この程度のことは政治は当たり前のように考えるし、また実施するものである。そんなことはあり得ないと信じ込んでいる人は、単にその人の頭の中が年百年中のお花畑になっているだけのことである。それで選挙が終わった途端に感染数が増えたのではさすがにあまりに見え透いている。大衆の頭から選挙の記憶が薄れて、新しい内閣の政権運営が安定し始める頃が、第6波の爆発的増加の時期として相応しいということになるので、それは2022年の1月中旬から下旬位であろうと予想されたことである。からくりはいたって簡単なことで、検査数が増えれば陽性者が増える。ただそれだけのことであろう。検査数を増やすにはマスコミが盛んに不安を煽って、全く何の症状が出ていない人にまで、家族や職場の人に移さないようにするためにとPCR検査を受けさせるように誘導する。その結果、無料のPCR検査所にはTVの報道に感化された人々が列をなして検査を受けにくる。そしてPCR検査で陽性と陰性の判断基準というものがまったくわからないし、国民に対して何の説明もされていない。医者に聞いてもおそらくは誰一人として答えられないのではないのか。私の認識が間違っているのでなければ、皮膚の粘膜から採取した遺伝子を何千倍とか何万倍にも拡大させて、新型コロナの配列と符合しているかどうかを調べるのではないのか。そうであればどれだけの割合で符合していれば陽性であり、何が欠けていると陰性になるのか。というのは我々の人体には様々なウイルスの断片やカスのようなものが含まれているはずである。新型コロナが発生する以前のコロナウイルスにもおそらくは無数の型が存在していて、当然それらの配列は似通っているのであろうが、ウイルスの遺伝子配列全部をチェックすることなど到底、不可能であろう。ということはすなわちPCR検査は、検体の遺伝子が果たして今まさに生きていて人体に悪影響を及ぼしているものなのか、それとも遠い過去に死んでしまったものの残骸なのか、オミクロン株なのか、オミクロン以外の株なのか、新型コロナ以前のコロナなのか、或いはワクチンによって形成されたスパイクタンパクの残渣なのかもよくわからないままに判定しているのではないかと思われるのである。つまりは恣意的な判断がなされている可能性が高いということだ。わかりやすく言えば、よくはわからないが微妙なもの、疑わしいものは全部、陽性にしてしまえということである。政治が陽性者の数を増やしたいと思えば、とにかく検査を増やして、裁判で証拠も不十分なままにどんどん有罪判決を出すように、陽性判定を増やしている疑惑は拭い去れない。というよりもそれが間違いなく事実であろう。そうでなければ選挙期間中及び直後の国内感染者0状況と今の一日数万人に及ぶ新規感染者の状況の極端な違いを説明できるものではないと考えられる。増してや今や陽性者の濃厚接触者を検査もせずにみなし陽性とまでしているのである。建前の理由が何であれ政治の都合で陽性者数を増やしていることは否定できないと言えよう。はっきりとした症状が出ているのであればともかくも症状もないのに下手に検査などすると陽性者にされてしまう可能性があるということだ。陽性判定されると保健所の指示で10日間隔離され、その間社会生活が営めなくなる。それはあたかも無実の罪で逮捕されて拘置所に収監されるようなものである。私は正直に言って、コロナウイルスなどよりもそのような社会状況の方が何倍も恐ろしい。皆さんも世界がどのように回っているのかよく考えていただきたいと願う。

(吉川 玲)

TVとユーチューブの選択肢

何も言いたくはないけれど、何か言わなければならない。生きている限りは。黙ってばかりいると自分が生きているのか、死んでいるのか分からなくなる時がある。

ということで今回言うべきことは、別に何でもよいのだが、とりあえずユーチューブのことについてである。金持ちユーチューバーのヒカルが中堅芸人にユーチューブをこき下ろすようなことを言われて激怒した動画を流したことが話題になっている。このヒカルの激怒に対して、どういう訳かヒカルを批判するコメントが溢れ、炎上したことからヒカルが謝罪動画を上げ、相手の芸人とも和解したことを報告して、終息したこととなっている。しかし実際にはこれは高度な炎上商法で、実際にはヒカルやユーチューブの悪口を言った中堅芸人など存在しないのではないか、虚構の作り話ではないかという見方もあるようだが、どうであろうか。私はさすがにそれはないと思う。なぜならヒカルは芸人が言った話しの具体的内容として、ダウンタウンの固有名詞を挙げて、ユーチューブの世界にはダウンタウンのようなレジェンドはおらんやろとまで述べているのである。そしてそれに対して、お前は一体、ダウンタウンの何やねんと激怒動画で言い返している。普通に考えてフィクションの炎上商法で芸能界のビッグネームであるダウンタウンの名前を利用することなど絶対にあり得ないことであり、また今、飛ぶ鳥を落とす勢いのヒカルがそこまでして動画の再生数を稼ごうとする理由がない。仮にそれが嘘であるならばダウンタウンや吉本興業に訴えられる可能性のあることであり、ヒカルは利口な男なので、そのような危険で愚かなリスクを冒すことは考えられない。それではヒカルの悪口を言った芸人とは誰なのかと言えば、私はスピードワゴンの小沢ではないかと考えている。小沢が一番、ヒカルが言っていた中堅芸人の特徴に当てはまるような気がする。ただ小沢もユーチューブをやっているのである。自分がユーチューブをやっていて、ユーチューブやヒカルの悪口を本人の面前で言うのかと考えれば疑問ではあるが、芸人であれば言うのではないか。まあ実際のところはよくはわからないが。ともかくも別にその芸人は誰でもよいのだが、私はヒカルという男について、正直なところ面白いとは思えないのだが、社会学的に見て、面白いというか興味深いところはある。それでヒカルの動画を私はよく見ている。それがどういうことなのかについて述べることにする。

まずその中堅芸人が誰であるかはともかくも、ヒカルと芸人の個人間のトラブルや喧嘩なのではなくて、社会的な背景とすれば、ユーチューブとテレビの対立の構図がある。ヒカルは日本のユーチューブを代表するような人物なので、ヒカルとユーチューブは、同意語のようなものであり、実際にヒカルはユーチューブを馬鹿にされたとして激怒していたのである。今の時代はもはや言うまでもなく若者を中心としてTV離れが進んでいる。莫大な広告料金のマーケットがTVからユーチューブに移行してきている。よってユーチューブの世界で成功しているヒカルのような一部の人間はこれまでの常識では考えられないような巨万の金を手にしている一方で、TVを活躍の主戦場にしている芸人は、ただでさえその中での競争や生き残りが熾烈であるのに、TVのパイ自体がユーチューブに食われて縮小している状況下にある。野心家のヒカルはそれにも増してTV界に進出して、自分がより大きな存在になるためにTVという媒体を利用しようと企てているのである。よってヒカルはWIN―WINの関係などと言っているが、TV界やTV志向の芸人たちが先達者として表面上は冷静さや余裕を装っていても、内心ではヒカルのような存在に対してかなりの危機感を抱き、敵対視することもある意味では当然であるといえる。そういう図式の中で発生した出来事であるのでこれは炎上商法などではなくて、今の時代の必然である。ここにおいて話しの大前提として説明しておかなければならないことがある。それはTVとは何のために世の中に存在しているのかということである。情報伝達のためなのか、娯楽のためなのか。もちろんそれもある。しかし本質的な存在意義はそれ以外にある。そのことについて恐らくはヒカルも芸人もわかってはいない。わからないままに対立しているのである。それはTVとは政治の要請として、大衆を洗脳する道具であるということだ。日本だけのことではない。世界中で共通して言えることであろう。しかし今や若者たちはそれを理解していなくともTVの押し付けがましさを倦厭して、見なくなってきている現実がある。日本のNHKなどその最たるものである。実質的な国営放送であるNHKは、民間放送も結局は同質であるが、民主主義と言う名の洗脳を大衆に向けて日々行い、世論の統制を図っているものである。若者層は理屈ではなくて、本能と皮膚感覚でそれらを忌避している。NHKは強制的に視聴料を徴収するがゆえにTV機器の設置を拒否する人々すら増えている。そしてその受け皿としてユーチューブが存在するということなのであろう。ただし今、我々が本当に考えなければならないことは、ユーチューブのようなネット上のコンテンツが、情報源として既存の権威的な媒体であるTVや新聞の代わりになり得るのかということではなかろうか。これまでのような紋切り型のマスコミ批判を延々と繰り返していても、社会は進歩も改善もしない。未来永劫に続くかのような洗脳や印象操作が日常の光景として継続していくだけのことである。確かにTVや新聞は権力と癒着していて、どうしようもないほどに腐敗してはいるが、それでも世界で発生している現実の断片を知ることはできる。情報とは食物によって肉体に吸収される栄養素のようなものである。TVや新聞は、腐っているかも知れないが一応は栄養のバランスを考慮されて作られた献立のようなものである。一方でユーチューブなどのネット上のみから得られた情報は、カップヌードルやコンビニ弁当、ファーストフードのような極端な偏食であり、そういう食生活を長年続けていると栄養失調になったり、健康を害して病気になる可能性が高い。腐ってはいても偏りのない全体的な栄養というか毒素を含んだ献立の食事がよいのか、そういうものの全体性を排除して自分に興味があり、好きなものだけを食べ続ける食事がよいのか、これは究極の選択であるとも言える。我々現代人は日々の日常生活を過ごす中で、どちらに転んでも問題が大きいような情報選択に迫られながら生きているのである。TVかユーチューブかというような二者択一の空虚な選択肢ではなくて、もっと革新的で、政治や様々な利権から独立した、生活や人生を豊かにしてくれるような栄養のあるおいしい情報が世の中に蔓延してくれないものだろうか。そういえばヒカルは動画の中でひろゆきに聞かれて判明したことだが、今、北京で冬季オリンピックが開催されていることもその時まで知らなかったようだ。そういう私も忙しくて全くTV観戦はしていないが、さすがに知ってはいる。オリンピックのことを知らないのであれば、今まさにロシアがウクライナに侵攻して戦争が勃発しようとしていることも知らないのであろう。可能性とすれば第三次世界大戦にまで行きつくこともあるのだから、さすがにそれはアウトなのではなかろうか。仮にTVや新聞をまったく見ないでユーチューブばかり見ている若者の何割かがそういうことだとすれば、それはそれで大問題である。ならばこんなことは言いたくはないが、TVや新聞をもっと積極的に見ろと言わざるを得ない。そういうことだ。緊急で動画を回している場合ではないであろう。

(吉川 玲)