僕はカメラマンであるけど、その前にパフォーマーでありエンターテイナーである。
 

 

 


何を言っているかというと
写真を撮り、お客様に提供しているだけじゃないということ。
 


写真をただ撮って、お渡しして、終わりだけじゃないよね
 


会うことによる気づき
話すことによる気づき
写真を見ることに気づき
関わることによる気づき
 

 
そうゆうのを手渡す存在である。
 

 

 
ただ綺麗に写真撮って、終わりじゃなく
 


その人に気づきを提供し

体験自体が面白いなぁって
会うことが楽しみで
話すことが楽しみで
撮られることが楽しみで
 
 

そんなエンターテイメントをこれからも
磨き続けようと決めた
 

 
パフォーマンスを磨くこと
これが10年目の課題になるかも
 

 
綺麗な写真を撮るなんて当たり前
 
それを超える体験を提供するのが
TSUGUの撮影としてやっていこう。

 

 

 

 

〇〇したら嫌われるかもしれない・・・って思われる方へ

 

 

嫌われるって相当なことだよ、

嫌われずに行動している人は絶対に嫌われないよ。

 

 

なぜなら、

嫌われないように動いている人は行動してないので、

嫌いの前にどうでもいい存在になっています。

 

 

 

 

大概のことは 

好き・嫌い・どうでもいい 

の3つに別れる。

 

 

どうでもいい の比率がほとんど、たぶん90%以上。

知らないことのほうが多いだろう。

 

 

好き・嫌いの枠に入るってことは

余程相手にフックすることを言っているんだよ。

 

 

だからそこまで踏み込めているなら

嫌われた数の分だけ好かれているよ。

だから嫌われた分だけ好かれるんだよ。
 

 

発言して、行動した分だけ、好かれるんだよ。

 

 

嫌いって言うのすげー疲れるんだよ。
わざわざ言う必要ないから。
 

 

世の中に喧嘩したい人なんていないんだ
分かってほしい人しか居ない、

 

 

自分の気持が通じないから
喧嘩するんだよ。

なんでわかってくれないんだ!って

 

 

他人とは分かり合えないのが普通なんだぜ
 

 

だって生まれ持って生きてきた環境や育て上げられた人が違う
興味あるものが違う
違いが山ほどある中で育ってきたんだ
 

 

だから分かり合えないんだよ。

分かり合えないが普通なんだよ。
 

 

だから、分かり合えたことは奇跡なんだよ。
 

 

そんな奇跡の軌跡を適当にするから

喧嘩がいっぱい起こるんだ。

 

 

日常を大事にしよう。
ちゃんと伝え合おう。
大事に思ってることを大事だって言おう。

 

 

嫌われないで、好きだから、好きになって欲しいから
好きで居て欲しいから、伝え続けよう。

 

 

 

 

カメラマンってめちゃくちゃ労働収入者なんだけどさ、

これを辞めようとは思わないんだよね。

 

 

撮影の時は、カッコよく色々してるわけじゃなくて
地面寝転んだり
池に落ちそうな態勢になりながらも撮ったりさ
撮影時間の1.5倍編集時間もあってさ
 

 

危なかったり
身体はスゲー疲れたりするんだけども

不労収入あった方が良いのは十二分にわかるんだけど。
 

 

汗水垂らして、頭こねくり回して、泥臭いことして、

依頼して頂いて稼いだお金に価値あるように思えちゃうんだよ。




どっちが良いかって話じゃなくて
おれは泥臭い方が好きで
仕組みに働いてもらうのはほどほどにして
自分で働いていきたいんだと思う

 

 

血の通った関わりで
心が交えた写真で
 

 

おじさんになっていっても
ほんとよく頑張るよねって言われながら
腰痛てー!!
って言いながら
ずっとやっていきたいな

 

 

今タイミングの人は撮りにきてよ
今じゃない人はそのうち撮りにきてね♪笑

 

 

でもどうせなら
なんか気になるなら
飛び込んできてよ

 

 

いろんな自分見てこれからどうしたいかわかるとおもうからさ

 

 

 

 

Q.TSUGUにとっての”服”とは?

 

 

自分の現れ。

なんつーったらいいかなぁ・・

性格を。俺の性格を。”人柄写心家“というよりも

丸山嘉嗣の性格を・・性格? 

人間の一番外側、なわけじゃん?

 

 

で、頭の中で思っていることの延長線上にあるもの

だから、なんつーの・・

「見た目だけじゃないよね」って言うじゃない、言葉として。

 

 

 

 

でも見た目だけじゃない、っていう訳じゃない。

要は見た目がすべてだ、って俺は思ってるし。

 

 

だってその見た目を選んでいるのは、この人なわけでしょう?

だから、“見た目” を “選んでる” わけじゃない^^

だから 見た目がすべてなわけよ。

 

 

 

 ーーそうしたら、例えば「外見じゃないよ!」って言っても

   そう見せてるのは自分だから、

 

 

 

そうそうそうそう、それはあなただよね、

だから、

「それをそれでいい」って思ってるから 

その服なんだよね。

 

 

 

 ーーじゃぁ、見られる側からの責任じゃなくって

   自分で自分を・・自分でそれを選んでる責任がある、っていうこと、人生の。

 

 

 

まぁ、それを意識してない人のほうが多いだろうけどね。

 

 

 

 ーーそこまで突き詰めて考えている人のほうが少ないと思うんですけれども、

 

  

 

でもそれはもう。その人まんまの現れだろうしね

 

丁寧にしてない・・丁寧にしてないというか。

そこまで意図したほうがいい、とは思うし。

だって、それがその人だから。

 

 

その服選んでいる理由は、その人が決めているわけでしょ?

誰かに決められたとしても、それを選んでいるのはわたしでしょ、

 

 

それでいいや、って思ってるかもしれないし、

それがいい、って思ってるかどうかはわかんないけど

 

 

それを認めているわたしがいるから、こうなってるわけじゃん。

 

 

それを変えたいんだったら、やるしかないし。

「どうしたいの?」っていう感じだよね、

 

 

 

 

〜セミナーより抜粋〜

 

今日という日を特別にするのではなく
毎日という日を特別にするから日々が輝く

 


どこか1日だけが 記念日なんじゃない
どこか1日だけが 大切なんじゃない
 

 
過去のどこか1日が深く心に残るのではなく
未来のどこか1日を大事に生きるのはない
 

 
今日という
今という
瞬間をいつもいつも丁寧に過ごすことが大事なんだ

 

 

 


記念日が大事なんじゃない
記念日は他人にとって判り易い日なだけ
 

 
オレが生まれ日は10月19日らしいけど
オレが覚えているわけじゃない
そういわれたからそれを取り入れているだけなんだ
 

 
この日が大事なんじゃない
毎日、今日、今、生きている瞬間が大事なんだよ

 

 

仕事している時間 と プライベートが分かれているわけではなくて
分けているだけであって、全て等しく与えられている時間
 


全て大事な1秒なんだ


だから
 

何のために生きるのか
誰のために生きるのか
誰と一緒に過ごすのか
 
そうゆうのがすごく大事なんだよ

 


特別にしようとする1日は特別な1日にしようとするから特別な1日になる。
 

 
だからこれからも毎日を、今日を、今を
真剣に生きる。
これまでも、これからも、このやり方でずっと行く。
 

 
33年間生きてこれてよかった
危うい日もいっぱいあったけど
今日があってよかった
 

 
明日もあったらいいな
って思って今日も一生懸命に生きよう

 

 

 

 

〜2016年10月より〜