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No Rice,No Life! 佐藤琢也公式ブログサイト

企業論、人財論、労働論、マーケティング論、プロモーション論。
時事問題、関心事、個人的な日常など、徒然なるままに綴ります。

『顧客ニーズ』というキーワードがある。
『顧客満足度を高めよう!』という言葉にも似ているけれど、ようするに、相手の要望や希望を聞いて、満足してもらおうという類の話である。

 

とはいえ、本当に満足するのだろうか?といえば、話は別。

 

そこまで人の心は単純ではないし、全てのニーズを言葉し、表現できているとは限らないからだ。(そこまで言っちゃ申し訳ないという気遣い、遠慮的な感情もあったりして)

さらに、ニーズに応えるとは標準装備的でもあるからだ。

 

たとえば、こういうケースがあるとする。

 

元彼とのペアウォッチを大切に持ち続けている彼女。
置き場所は棚の上、出かける時は常に腕に付けている。

 

今彼には『友達の〇〇ちゃんと一緒に買ったんだ!』と、説明するが、今彼はどこか不自然さを感じ取り、『いや、違うでしょ』と、内心思っている。

 

業を煮やした今彼は『もういい加減にしろよ!』と、つい口にしてしまい、さらに『見えない所に置いてくれ』、『オレと一緒にいる時はしないで欲しい』というニーズを彼女に伝える。

 

まだ元彼への想いが残り、『自分へ想いが向けられていないのでは』という感情を抱いているレベルだ。

 

そして、それを聞いた彼女は『誤解だけれど、そう言うのならそうする』とした。

 

さて、今彼のニーズは完全に満たされた。
物理的な問題解決とも言えるけれど、本当に満足しただろうか。

 

たぶん、そうはなりづらいだろう。その期待、想像はすでにあるわけで。なので、『自分へ想いが向けられていないのでは』という感情は拭い去りづらいだろう。(個人差がある話だが)

 

ようするに、感情的問題は解決できていないままというか。

 

では、どうするかだが、方法の一つには『捨てる』がある。
『あなたがそう思っているのだから、捨てる』と言い、目の前でゴミ箱に捨てるなり、川や海へ放り投げたって良い。(ここでのポイントは、目の前で行う、だ)

 

というのは、今彼のニーズは2つ。
『見えない所に置いてくれ』、『オレと一緒にいる時はしないで欲しい』という。

 

ようするに『捨てる』とはニーズにはないわけで、強いインパクトがある。さらに、『自分を想ってくれているのなら、捨ててくれるだろう』という感情的期待があるかもしれない。

 

これは言葉には表れない、いわゆる潜在的ニーズなわけだが、ここにフォーカスできて、はじめて彼の心は激しく揺さぶられるのだ。彼は感謝し、満足感を得られるのだ。

 

さらに付け加えれば、彼女への想い、愛情、信頼度は大幅にアップし、二人の関係性も深まるだろう。

 

(以上は、あくまでも彼女が彼と良好な関係を築きたいとする場合ね。そうじゃない場合は、ここまでする必要はないと思う)

 

 

 

少々、話が展開気味になるが、『売れる営業(販売)・売れない営業(販売)』というような言葉がある。

 

その諸々のリアルガチを目にする日常でもあるのだが、その差、違いの本質とは、どうもこういう辺りにある場合が多いと感じている。

 

もちろん、スキルやノウハウもプロとして大事だ。それは違いないけれど、人と人との関係は、こういう積み重ねも大事すぎるというか。

 

ふむ。そう考えていくと、いわゆる『顧客ニーズを満たす』、『顧客満足度を高める』とは、どこかロジカルで、物理的な解決色も強いような気がしてくる。それだけでは、どうもこう感情的な所には届きづらいというか。

 

とはいえ、『人は感情が全て』と表現しても過言ではない生き物なのだから、ここへフォーカスできない施策、取り組みとは、不発に終わる可能性が高まってしまうだろう。

 

また、生活者(お客さん)に言われた(指示・要望)のみを満たし、解決しようとしても、それだけでは心許ないと思う。競合他社もまた、その物理的解決は得意なわけだから。

 

ようするに、言葉そのものだけではなく、その裏側や真下にある文脈を読み取る力が大事というか。

 

やや余談的だが、組織内で『指示待ち社員』と揶揄され、指示したことしかやらない人にイライラする上役、管理職の方がいるけれど、同じ話でもあるのだよね。(この場合は生産性に大きく関わるわけだが)

 

さ、下半期が始まって数日。
気分を盛り上げつつ頑張ろう。全速力で。

9月。ハジマリの歌は『ラストシーン/いきものがかり』



その気とは、自然派性するものだ。当たり前の話だが、能動的にやる的に。

一方、それがなければ、言われる限りやらない、やっている風を装うことだってある。さらに、できない理由をロジカルに語ったりもするものだ。

とはいえ、『その気がない=悪』かと言えば、そうではないと思う。
懐かしき『あばれはっちゃく』の主題歌にも在ったではないか。
『なんちゃって なんちゃって その気も無いのに無理すんな』と。

主人公の桜間長太郎は勉強嫌い、さらに苦手だけれど、その気になれば『ひらめいた』と言い、必ず妙案を導き出してしまう。

なので、自己啓発本を読み、無理にその気を創り出そうとする必要はないと思うし、無駄にポジティブ・シンキングをする必要もないと思う次第だ。(そうしたとしても、じきに疲れてしまい、形状記憶的に戻りそうだし)



ふむ。その気になれる対象、何かが在るとは、幸せなことなのだよね。十分に。

料理もそうだよね。誰かに料理を作ってあげたいという気は、ワクワク感満載の時間を体験させてくれると思うわけで。

『何を作ろうか?』と、その数日前からウキウキした気分にもなるだろうし、レシピを研究し、買い物へ行く行為もまた、鼻歌交じりになるだろうしで。

一方、『言われたから仕方なく作る』となれば、なかなか面倒臭そうだ。全く逆の、その数日前から当日が訪れるであろうわけで。

さ。9月だ。
他人のその気をコントロール、支配することは困難だけれど、自身のその気は自然派性することがある。

特段、意識高い人ではないけれど、ふむ。頑張ろう。全速力で。

情報の量。これと支持、好感、信頼度は比例しやすい。

 

おそらく単純な心理メカニズムが働いていると思うのだが、人は自分に関心や想いを持ってくれる人を好みやすいのだろう。あの人は親切だから好き、的な。

 

さらに。ひとくちに情報と言えども、マニアック度には雲泥の差がある。

 

どこにでも溢れている一般的な情報もあるし、プロだから知り得る情報、その人の価値観やノウハウが背景にある個性的情報もあったりと。(個人的にお勧めです、的な)

 

生活者(お客さん)とは素人である。いくら詳しいと言っても、プロには到底敵わない。なので、後者的情報がより興味深いわけだが、出し惜しみしては勿体ないのだ。リアルな場にしても、販促ツールにしても。

 

やや余談的だが、巷でよく見かける『条件付き教えてあげる』はやらない方が良いよ。絶対に。(問い合わせしてくれたら、来店してくれたら等の具体的アクションとの交換条件)

 

なんせ、生活者(お客さん)に無関心なわけで。不親切なわけで。支持、好感、信頼度はそれに伴うわけで。

 

そんなテーマが中心だった今日のミーティング。販促ツールやトーク時の資料などを改良して頂きながらだったのだけれど、ふむ。実にプロフェッショナルで、マニアック度も高い。さらに、それぞれの方の個性も豊かで読み物としても楽しい。

 

いいね。夏の大型イベントを中心に大活躍される予感。

 

 

さ、明日も頑張ろう。楽しく全速力で。