ピンクレディーではないが、透明な存在にはなかなか気づけない。
なので、マーケティング的にも、プロモーション的にも、販促的にも「個性」。この登場シーンは多いのよね。
「個性的になれ」という論調や煽りもあるしで。
しかし。
そもそも、個性がない人や会社、お店は存在するのだろうか。と、思う次第でもある。
個性を放ちづらくしているモトは何だろうか
いくつかの原因がハイブリッド化しているとは思うけれど、「他人の目という恐怖」。
これも大きなファクターのひとつとしてありそうだ。
「いや、そうは思わない」というような意味だけれど、どうも批判や否定をされたような気になるのよね。大した根拠もないディスリ、単なる野次馬的なレベルであったとしても。
個人差はあるにせよ、有り難くはない。
この類は苦痛的な場合もあるわけで、できれば賛否の否はいらない、みたいな。
なので、一般論、業界論、社内論、正論を、つい持ち出したくなる。
それっぽいし、それらしいわけで、無難でもある。
企業やお店に目を向けてみても同じだ。
その業界っぽくないという声は、脅威にも感じられたりする。
本来得られるはずの顧客の支持を失うのではないか。などという風に。
なので、その業界の色や文化に染まりやすかったりする。
ようするに、アウトプットの元になるものは、自身ではなく無難そうな他のモノ。
このような思考でありバイアスが働くと、個性は放ちづらくなる。と言えそうだ。
どこにでもありふれている。ありがちな。
とうぜんにして、そういう傾向に偏る人や企業、お店が多いほど、いわゆる均一化、同質化は成立していく。
どこにでもありふれている。ありがちな。というように。
でも、どうなのだろうか。
すべてが自分と同じ思考、価値観などという人は存在するのだろうか。
当たり前だけれど、まずいない。たとえ身近な人だってそうだ。
なので、これは同意しないけれど、これは同意できる。
そういう格好で良いのでは。と思うわけで、むしろその方が自然とも考える次第である。
もし、何かひとつでも違うだけで全否定してくるような人(消費者・顧客)がいたら?そういう人とは付き合いようがないわけで、仕方ないのよね。
さ、いきものがかりを聞こう。
昨年末にリリースされた新アルバム、「FUN!FUN!FANFARE!」を。
しかし、彼らほど大衆受けするミュージシャンを知らない、個人的にはね。
ではでは。
