絶対王者級のPDCAサイクル。そもそも、本当に必要なのだろうか? | No Rice,No Life! 佐藤琢也公式ブログサイト

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企業論、人財論、労働論、マーケティング論、プロモーション論。
時事問題、関心事、個人的な日常など、徒然なるままに綴ります。

こんばんは。

台風一過。じつに秋らしい快晴の日だった。
ただ、今週末には台風19号がやって来そうだとのこと。
せっかくの3連休だけれど、どなたもお気をつけて。





PDCAサイクル。
言わずと知れた「PLAN→DO→CHECK→ACTION」という螺旋状のフレームワークのことだ。

平たく言えば、やりながら修正していこうというモノ。
とうぜんにして、このスタイルは絶対王者並みに強い。

1回キリよりも10回の修正を加えた方が、正解へと近づける確率は高くなるわけだから。





PDCAなんて邪魔くさい。そうしたがらない現実


個人的に見かける多くは、「PLAN→DO」サイクル。

まるで、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」だが、よく見かけるシーンである。
(もちろん、これはこれで大切なのだが)

さて、PDCAサイクルが回らない理由は、どたなもご存知の通り。
おおむね、ビジネス書籍などで挙げられている通りでもある。

そもそも論的に言えば、時間的な余裕がない場合が多い。
営業、販売と名のつく現場と関係部署には。

今日、週間、今月。
四半期、半期、今期と、タイムトライアルの如く爆走が求められるわけで。

また、「結果がすべて」。
こういう風潮が幅をきかせている様も影響しているだろう。

現場のマネージャーは、その上司に数字を詰めらる。
その上司もまた、その上司に詰められる、と。
これまた螺旋状だ。
いや、ピラミッド型の詰められ具合だ。

あとは、何とかなる的なノリも大きいだろうな。
「先期ぐらいの数字は、踏ん張れば何とかなる」的な。
そういう根性論が混ざったかのような思考の習慣も関係していそうだ。
(これもこれで大切なのだが)

もちろん、すべての人がそうではなく、各人の温度差もあったりする。
社内にはPDCAを支持される一定層も存在するわけで。


そもそもPDCAサイクルとは、本当に必要なのか?


単なる数字とは根性論的に何とかなったりする。これはたしかである。
集客などのKPIにしても、成果にしても。

偶然というラッキーもあれば、行動量と数字が比例したりもする。
広告という露出を増やせば、瞬間的に数字は上がったりと。

つまり、「1」という数字をさらに増やすためには何とかなりそうな感はある。

しかし、そのノリの限界であり、弱点もある。

体力勝負や激しい好不調の波などが挙げられたりするが、「ゼロスタートにはめっぽう弱い」。
個人的には最大級に位置づけているものである。

たとえば、業種を問わず、自社のファンを創りたがっている企業は多い。
お客さまを囲うのではなくて、囲まれる的な。

「自らお客さまを創り出す」というひとつのトレンドでもあるが、そのシナリオが機能しているケースは少ないという印象だ。

そのメカニズムはそんなにムズカシクない。
単純にいえば、「PLAN→DOサイクル」に慣れきっていること。

いや、その方法しか誰も分からない、知らない。
と、表現した方が正しいかもしれない。

つまり、数字を追いかけるプロセスとそれとは違いがあるということである。

さて、「PLAN→DO」と「PLAN→DO→CHECK→ACTION」の両スタイル。
最終的にどちらが美酒に酔うか、ハゲシク傍観しつづけたいと思う。

ではでは。