クミコの兄の綿谷ノボルは、新潟の伯父の地盤を引継いで政治家を目指すことになる。

その伯父は、建国直後(昭和7年)の満洲国に渡り、兵站上必要な物資の調査する傍ら、奉天にて知り合いの紹介で満州事変の張本人・石原莞爾の知遇を得て彼の理論を信奉するようになる。

 

ここで一言言いたいのだが作家の村上が本書の所々で、ノモンハン戦や中国戦戦について、史実をつまみ食いしているところが甚だ気になる。石原莞爾やノモンハン戦からいち早く逃げて政治家になったといえば辻正信を意図もなく取り上げてしまう。そこまでやるなら、統一協会の元締めの元総理。安倍晋三の祖父・岸信介(辻をはるかに上回る大悪人)が満洲で人や国を貶めていった事実を、間宮中尉のフィクション話を削ってでもとことん取り上げるべきだったのだろう、

 

 

 

 

ノボルの妹クミコが綿谷ノボル(クミコの兄)のことが話題にのぼると、何か変わった味のするものを間違えて口の中に入れてしまった時のような、ちょっと奇妙な表情をいつも顔に浮かべるわけだが、その表情の奥にどのような感情がひそんでいるのか、トオルにはもうひとつよくわからないと感じていた。

 

 

二人で飼っていた猫(当時はワタヤノボルという名だった)はクミコにとっては大事な象徴的存在で失うわけにはいかない存在だったが、それが突然いなくなってしまった(ストーリーには意味深い出来事と言える)。

トオルでは頼りにならないため、占いや霊能に造詣が深い(綿谷家の家庭的伝統)兄の綿矢ノボルに頼った。そこで、兄が紹介してくれたのが加納マルタだった。

 

綿谷ノボルは、クミコが結婚後もお互いの職場で連絡し合っていたが、トオルが聞かなかったので会話の内容は不明だった。しかしクミコと綿谷ノボルは話が合いそうになかったのに、一体どんな話題があったのか。兄妹間に特別に存在する血縁というフィルターが有って成立するものなのかトオルには窺い知ることはできなかった。

 

綿谷ノボルの少年時代、両親から溺愛されて育つわけだが、特に両親は歪な世界観を彼に徹底的に叩き込んだ。ノボルはとにかく一番であり続けることを要求された。その結果、綿谷ノボルはかなり奇妙で不愉快な人物になってしまった。

 

クミコと結婚する事でトオルが初めてノボルに会った印象・・・顔そのものに嫌悪感を抱いたし、直感的にこの男の顔は何か別のものに覆われていると感じた。そして帰宅後、クミコにノボルに感じた仮面のことや、その奥に潜んでいるはずの不自然にねじくれた何かについて聞いてみたかったが結局しなかった(トオルの優柔不断さも、間違いなく問題を拗らせていく要因だったのだろう)。

 

クミコが失踪する前日の夜、綿谷ノボルから自身の選挙出馬について連絡してきたことをトオルに伝えた。そこでクミコは兄の性癖についてあえて触れた。彼は結婚には不適格者で、女に求めるものが普通とは別物なのだということであった。

クミコが幼い頃(小学校4年くらい)、ノボルが死んだ姉の衣服を使って、匂いを嗅いだりしながらオナニーしていたのに出くわす。そしてノボルの抱えていた精神的トラブルは深くて固いし、決してそのような傷や弱みを他人に見せることは決してなかった。

 

実際に、ノボルの変態的性行為は、娼婦時代の加納クレタに及んだ。クレタの裸の身体を舐め回すノボルの視線から、クレタは彼が性的不能者だと感じた。そしてクレタの体を触り始めると、集中して何かを真剣に考えているようだった(多分、クレタを徹底的に汚す方法を考えていたのだろう)。彼の指の動きは意志を持っており、奇妙で気味が悪かったが、一方でクレタを性的に興奮させるものだった。そして性的に興奮して喘いでいるクレタはうつ伏せで股を拡げた状態で、ド変態男ノボルに固くてものすごく大きなものをヴァギナに押し込まれたのだ。クレタは体が裂けるような痛みを感じながら、快感に悶えて性的絶頂に達したのである。

クレタは意識が朦朧としていたが、我に戻ると自分が今までとは違う別の人間になってしまったことがわかった。

結果的にはクレタは、自分の正しい生き方を掴むことができたのだが、一方で綿谷ノボルがクレタの体を汚し、無理やりに体をこじ開けられた結果だということについて持って行き場のない怒りと絶望感を味わったのだ。

ここで加納クレタの場合、身体の組成がうまい具合に変換できたこととマルタがクレタをバックアップしてくれたお陰で損なわれることを避けることができたが、無防備で孤立無縁のクミコの場合ははそうはいかなかった。

 

また牛河の話によると、「トオルがクミコと結婚する際、本当のところ綿谷ノボルは自分の手元からクミコを手放したくなかった。

その後、クミコがどうしても必要になって綿谷ノボルは、トオルの手からクミコを無理に自分の陣地に奪いかえそうとした。綿谷ノボルはクミコを取り戻すことを決心し、力を尽くして実行に移してそれに成功した。しかし、奪いかえしの綱引きの過程で、かつてクミコの中にあった何かが損なわれた。綿谷ノボルとクミコとの間に何があるのか具体的なことはわからないが、ただ、そこには何かしら歪んだものが存在しているようだ」と牛河は思いを述べた。

 

そして、今のクミコは夫婦だった頃とは、変質してしまったので、トオルがたとえ取り戻せることができたとしても、トオルの手に負えない存在になっていると思うことから、トオルがそのような中途半端なことをしても無駄で、クミコがトオルの元に戻りたくないのはそのためなのではないか(それほど綿谷ノボルの影響が関係しているのだ)と牛河はトオルに伝えるのだった。

 

綿谷ノボルの画策で、窮地に追い込まれたトオルは、何とか奇妙なホテル(綿谷ノボルの作った巧妙な迷宮)に潜り込むことに成功する。しかし最初に入った部屋は、だまし部屋で、そこにはクミコはおらず、部屋にはトオルを騙そうとする気配が満ちていた。そこには巧妙な罠がそこかしこに仕掛けられているのだろう。

部屋のドアが空いていたのはロビーに向かわせて罠に嵌めるつもりなのだろう。

しかし、バットを井戸から持ち出したのは一体誰なのだろう?、井戸でつながっている間宮中尉と考えるのが妥当かもしれないが、そうなると何のためだろう? あと井戸の存在を知っている人は、ナツメグ・シナモン・加納クレタ後はもしかしたら謎の女(クミコ)もあり得るかも。

 

ロビーにいた人々はトオルを殺そうと狙っている。全てがトオルを騙すためにノボルが巧妙に仕掛けていた。ロビーで流されたニュース映像もノボルが創造したもので、トオルはそれをみて動揺し、ロビーにいた危険な人たちがトオルを捕まえようと追ってきた。

すんでのところで、「顔の無い男(私は虚な人間です)=多分、間宮中尉(私は歩く抜け殻、失われたものです)」に助けられて最終決戦の場である208号室にむかう。

 

ノボルの迷宮の中では、欺きが行われているわけで、バットにこびりついた髪の毛や血糊もその一つで、そのバットでナイフを持つ男(ノボルだと思う、クミコがかち割られた人をライトは当てないでと大声で叫んでいることでもノボルの仮想空間であることがわかる)を迷宮(あくまでノボルの仮想空間での存在)でを殴り殺す。

 

これで全てが終わったと勘違いしたトオルだが、それはあくまでノボルの迷宮で行われた出来事だったわけだ。

 

現実では、致命傷を負わせ脳溢血を招くことになったが、綿谷ノボルは彼の意識下でそれを予感していたため悪夢を見続けていたこと(トオルの勝手な想像にすぎないので信憑性は低い)になったようである。

 

最後は、クミコに生命維持装置を外されて完全に絶命することになる。うまくいけばそのまま綿谷ノボルよさようならだが、多分・・・そうではないかもしれないのだ。

 

 

それは、占いとか霊能者に詳しい男である綿谷ノボルがもしかすると近いうちに復活しないとも限らないし、彼のスーパーナチュラルな能力に関する厚い信仰心ゆえにサイボーグ化するかについては誰にもわからない。

 

 

それが証拠にクミコが、あの猫(サワラ)をなぜ「大事な象徴」、それは岡田夫婦の「お守り的な存在」であったと思っていたことで明らかではないだろうか。そして、クミコがそれを失うことを最も恐れていたのだとすれば全てに納得がいくというわけだ。

 

しかし、私としては、このストーリーをデヴィッド・リンチ監督だったら、きっと素晴らしい映画に仕上げてくれそうな気がするんだけどな。