空海(774年~835年)は、唐の長安において青龍寺の恵果(746年~805年)の弟子となり、密教の伝法灌頂を授かり、第一会『初会金剛頂経』の教理と実践方法を伝授(大日如来―金剛薩埵―龍猛―龍智―金剛智―不空―恵果―空海と付法)され、806年に日本に初めて、『初会金剛頂経』に基づく実践体系が伝えられている。

↑両界曼荼羅の展示を次回は期待したいです。

 

だから、日本では、普通に「金剛頂経」という時は『初会金剛頂経』(『真実摂経』)、特に、不空訳『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(大教王経)』(大正蔵865)のことだけを指しているわけだ。

なお、真言宗で唱えられている『理趣経』は、「金剛頂経」系テキストの内、第六会に含まれる『理趣広経』とよばれる文書の略本である。

『初会金剛頂経』(『真実摂経』)は金剛界曼荼羅の典拠となる経典で、真言宗や天台宗では密教の「即身成仏」の原理を明確に説いているとしている。真言宗(東密)では特に根本経典(最も重要な経典)とされ、この『金剛頂経』と『大日経』の密教経典を「両部の大経」という。

 

「金剛頂経」は、大日如来が18の異なる場所で別々の機会に説いた10万頌(じゅ:仏典の長さを示すのに用いる韻文)に及ぶ大部の経典の総称であり、単一の経典ではない。

唐の密教界の至宝である漢訳僧・不空の『金剛頂経瑜伽十八会指帰』(大正蔵869)に金剛頂経の全体概要が説明されており、それによると金剛頂経は全十八会からなるという。

インドの仏教が消滅してしまったため、チベットで現存する経典は18あるうちの12典が確認されたという。

 

 

さて、ほとんどの密教経典は曼荼羅を説き、その思想は曼荼羅の構造によって示されているそうで、「大日経」と胎蔵曼荼羅、「金剛頂経」と金剛界曼荼羅というように悟りの内容を具体的に示したのが各曼荼羅である。

空海は、唐から十八会の最初の一会とあとは六会のほんの一部(理趣教)を持ち帰ったに過ぎず、全体からするとほんの導入部分だけだったというわけだ。

↑空海の金剛界曼荼羅(京都・東寺)

 

8世紀頃のインドにおける金剛頂教研究の最高権威者・アーナンダガルバが研究対象とした金剛頂教はというと、空海の頃に比べると量的にも最大で、「金剛界品(如来部)」・「降三世品(金剛部)」・「遍調伏品(蓮華部)」・「一切義成就品(摩尼部)」から構成されており完成度もマックスであった。

 

「金剛界品」は、金剛界曼荼羅の基本となる「金剛界大曼荼羅」について説いている章、「降三世品」の主役は降三世明王(*)という忿怒尊でヒンドゥーの最高神(過去・現在・未来の三つの世界を収める神)・シヴァを調伏するためシヴァと神妃・パールヴァティーを足で踏みつけることにより三界(欲界・色界・無色界)の煩悩を鎮める方法を説いている章、「遍調伏品」は、観音菩薩を主尊とし、蓮華(ハス)ののように泥に染まらずに曇りのない清らかな心や慈悲を意味しており、世間の煩悩や汚れに苦しむ人々を慈悲の心で包み込んで未来への清らかな目覚め(仏智)へと導くことを説いた章、「一切義成就品(摩尼部)」は、摩尼が宝石(如意宝珠)を意味する「豊かさ」や「願いを叶える力」を象徴する「虚空蔵菩薩」が人々に福徳や智慧を育むことを説いた章。

(*)降三世明王立像(京都・東寺)

四面八臂で、降三世印を結び、残りの手には弓矢や矛などの武器を持ち、両足で大自在天(シヴァ神)と鳥摩妃(パールヴァティー)を踏み下した姿が印象的だ。

 

ヒンドゥーイズムの主要神の一人である最強神シヴァの古い名称は「ルドラ」であったが、ヴェーダの時代が終わり、ヒンドゥーイズムの時代になると「シヴァ」という名称が一般的となった。

クシャーン王朝後期には、リンガ(男根)、三叉戟、牛(ナンディン)の彫像がシヴァ神のシンボルとして今日まで用いられている。

インドで男根崇拝(リンガ崇拝)が台頭し始めたのは、ヴェーダ時代に隆盛を極めたバラモン教が勢力を失い、仏教やジャイナ教が勢力を増すと、土着の文化を吸収して新しいヒンドゥーイズムが紀元前後に興隆した。

シヴァ神の造形には踊る姿のものが多くそこから「舞踏の王」とも呼ばれたりするのだそうだが、単に人に見せるために踊るのではなく、敵を滅ぼす際のシヴァ神の相(サンハーラ・ムールティ)で踊っているというのが一般的だそうだ。

↑踊るシヴァ神の像(インド)

また、シヴァはマハーカーラ「偉大なる時間(サンスクリット語の意」とも「偉大な黒い人(チベット)」とも呼ばれる。

↑腕が6本あるインドのマハーカーラ(ラダック・リキルゴンパ)

マハーカーラは日本では「大黒天(偉大な黒い人の意か?)」として知られる。

 

↕️あまりにもちがいすぎるやろってか

 

 

シヴァの舞踊は宇宙の活動であり、絶え間なく活動する宇宙そのものと言われる。つまりシヴァ神は力のみではなく、力を有する諸々のものでもあるということだ。

シヴァ神は世界の破壊を司ると言われるがそれだけではなくて、生命活動、とりわけ生殖活動も彼の重要な職能だったわけだ(シヴァ崇拝の興隆とともに女神崇拝の台頭が目覚ましくなる)が、ヒンドウー教徒にとっては生命活動そのものがシヴァ神であるということなのだそうだ。

時代とともにシヴァは地方の土着的女神たちと次々と結婚していった。それぞれの地方で「村の神(グラーマ・デーヴァター)」はほとんどが女神であり、その女神はパールヴァティーあるいはカーリーの化身と考えられた。このようにしてシヴァには途方もない数の妃がいることになったわけである。

 

↑パールヴァティーの立像(インド)

 

パールヴァティーは一貫して大母神となった後も、大母神の「やさしき母性」の化身であり続けたといえよう。シヴァの他の妃が、女神優位の時代に次々と恐ろしき女神となり、ともすると夫を迫害したのに比べ、パールヴァティーは今日に至るまでシヴァの従順な妻であり続けている。

↑荒ぶるシヴァの妃の一人カーリー女神を鎮めるため、屍体のフリをして自らの屹立した男根で彼女との性行為に更けるシヴァの図(インド研究の大家・伊藤武氏のイラストより)

 

仏教が諸滅したインドに比べると、チベットにはなんと100種類以上の曼荼羅が伝承されており、「胎蔵曼荼羅」は、世界にも10点前後の原点作品が現存するのみで、チベットでも非常に珍しいが、その点、「金剛界曼荼羅」は種類も多く、チベットでも容易に見かけることができるそうだ。

ただ、真言宗の九会曼荼羅は見られないとのことで、そのかわり九会の成身会に相当する「金剛界大曼荼羅」が存在するそうだ。あと降三世会に相当する「降三世大曼荼羅」が比較的多く見られるそうです。アーナンダガルバによると、金剛頂教には本来44種類のマンダラが存在すると説いたそうです。

 

さて、チベットのギャンツエという街にペンコル・チューデという有名な寺があり、チベット仏教の特定宗派に属さない総合仏教の研究所的存在の大寺だということです。

特に寺の境内に聳え立つ仏塔がチベット密教美術(特に塔内のマンダラ壁画群)の究極的存在であり超国宝級ともいえる超貴重な文化財で溢れている。実際、ここには44種の金剛界マンダラのうちの40種が現存しており、宗教美術史における唯一無二の貴重な建物といえます。

↑チベットの至宝「ペンコル・チューデ仏塔

 

そこで塔内に表されたマンダラ壁画の一品の数々をご紹介したい。

まず、全マンダラの基本形とされるのが「①金剛界大マンダラ」で、これが日本の金剛界曼荼羅の中心に位置する「成身会」にあたるそうです。

中央に座すのは、四方に向く四面の大日如来で表される。この姿は、インドやチベットでは一般的だが東アジアでは受け入れられなかったようだ。そして、大日如来の四方には阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就の四如来(四仏)が座している。

特に、日本では見られないチベットのマンダラの色彩の特徴である主尊の坐す中央から四方に区切られた区画が、東=濃紺、南=黄、西=赤、北=緑に着色されている。

↑金剛界大マンダラの中央部、日本の金剛界曼荼羅の成身会の基礎となる。

 

「②降三世大マンダラ」は、敵対者を調伏・呪殺する力を持つ尊格が活動する金剛部に配当される。降三世(三界の創造者)とは、宿敵ヒンドゥー教の主神であるシヴァ神のことで、このマンダラはシヴァを呪殺することを目的としているため主尊の大日以外は、皆恐ろしい忿怒形をとる。そのため四仏は、金剛手・金剛灌頂・金剛軍・金剛遍入が配当されている。特に東に配当された金剛手は、金剛杵を持ち、左足でシヴァ神を右足でシヴァの妃・ウマーを踏みつけて大日如来を守護するというチベット密教独自の尊容を示す。

↑降三世大マンダラの中央部

 

「③降三世法マンダラ」の各尊格は、活動を終えて瞑想中という設定のため、全て定印を結んで三昧(瞑想)に入っている姿で描かれる。なお、降三世マンダラで共通する特徴だが、金剛手のみ八臂で二臂が定印、他は左右に拡げるという異様な姿で表現されている。

↑降三世法マンダラの中央部

 

降三世品には「三世輪」と呼ばれる系統のマンダラがあり、基本形が「④三世輪大マンダラ」である。「輪」とあるとおり、他の金剛界マンダラは正方形である楼閣が三重の円形で表現されている。

↑三世輪大マンダラ

↓三世輪大マンダラの中央部

 

「⑤三世輪法マンダラ」は、円形楼閣が二重の同心円構造をしている。東の金剛手と大日如来の間に小さく挟まれたように描かれているのが、呪殺の対象・シヴァ神である。

↑三世輪法マンダラの中央部

 

「遍調伏品」は、煩悩をはじめ、生きとし生けるものの中にひそむ悪心や悪業を滅ぼし、悟りへと導く方法が説かれており、蓮華部に配当されるため、ここで活躍するのは観自在菩薩(観音菩薩)とその眷属である。マンダラは「⑥遍調伏大マンダラ」で中尊は大日如来で東側に観音菩薩が座す、特徴は中央部が45度に傾けた四角形に囲まれ、四隅には蓮華の花弁があしらわれていることだ。

↑遍調伏大マンダラ

↓遍調伏大マンダラの中央部

 

次は、理趣教(煩悩も悟りへの導き手になりうるという思想を展開し、セックスの歓喜もまた菩薩の境地に他ならないと説く)に関して、真言宗のものから新たに発展した密教経典・「金剛場荘厳タントラ」で、この経典に基づいて「⑦大乗現証マンダラ」が描かれる。

中尊は、毘盧遮那如来となり、四方は、金剛頂教に基づいて阿閦(方形枠)・宝生(三角枠)・阿弥陀(円形枠)・不空成就(半月枠)の四如来(四仏)が座す姿が描かれている。なお、大乗現証マンダラは、「大日経」と「金剛頂経」の両方の要素を融合させているという。

↑大乗現証マンダラの中央部

 

「金剛場荘厳タントラ」の究極の発展形態である「一切如来身口意秘密荘厳タントラ」からご紹介する以下の理趣教マンダラは、ご覧のとおりの構造の複雑さと鮮烈なる色彩に富んでおり、他の経典を圧倒するほどの美しさがある。

⑧「金剛場マンダラ」

↑金剛場マンダラの中央部

 

以下も理趣教のマンダラだそうですが、経典解釈が不明。

⑨「般若仏母成就法マンダラ」

↑般若仏母成就法マンダラの中央部

 

⑩「欲界自在マンダラ」

↑欲界自在マンダラの中央部

 

残念ながら、マンダラの宝庫といわれるチベットでも作例は極めて乏しく比較研究も進んでいない状況にあるそうですが、ここに掲載したマンダラ自体は大変希少なお宝マンダラだということに違いはありません。