20090131 日経プラスワン
東京都内の会社に勤務する二十代の男性。職場の同僚と会社近くの居酒屋で新年会を開いた。大いに盛り上がったが、帰宅してから急に激しい腹痛や吐き気に襲われた。新年会のメニューには貝の刺し身なども含まれていた。新年会までの食事に心当たりはなく、原因はその貝ではないかと思われる。居酒屋に何らかの責任を追及することはできるだろうか。
男性「新年会に行くまでは何ともなかった」
女性「だったら、居酒屋で出された貝のお刺し身が原因じゃないかしら」
このような場合、居酒屋に苦情を伝える前に、まずは腹痛や吐き気の原因を突きとめる必要がある。なるべく早く病院で医師の診察を受けた方がよい。新年会当日の昼間に食べた弁当が、時間をおいて腹痛などを引き起こした可能性もある。
原因が分からない状況で居酒屋に苦情を言い、責任を押しつけるようなことをすれば、無用なトラブルを招く恐れもある。原因を明確にするためには、自己流で市販の薬に頼ることも避けた方がいい。食中毒の場合、医師の診断なしには居酒屋への法的な対応も難しいからだ。
医師は異常を訴えた患者を診察した結果、食中毒の疑いがあると思われる場合は、食品衛生法に基づき管轄の保健所などに届け出ることになっている。届け出を受けた保健所は、食中毒の原因と疑われる料理を提供した居酒屋などの調査をする。
調査を通じて男性の来店時に居酒屋で食中毒が発生していたと特定でき、実際に発生源の料理を食べていたのなら、男性は居酒屋で感染したと言えるだろう。男性は居酒屋に苦情を言う前に、知り合いの弁護士に相談してみることにした。
男性「新年会に出席した他の同僚らは、特に何ともなかったようです」
弁護士「感染者の数は、食中毒の認定には直接関係ないでしょう」
食中毒の被害を主張するためには、医師の診察や保健所の調査などの科学的・客観的な証拠が不可欠となる。被害の届け出が少ない場合は発生源を絞り込みにくいという側面があるが、今回の男性のように、食事の場所や内容をある程度はっきりと覚えているのなら、保健所の調査なども比較的進みやすいとみられる。
製造物責任などに詳しい中村雅人弁護士は「食中毒の症状には個人差がある。同じものを食べても症状の度合いには違いがあるし、時間をおいて異変が出てくるケースもある」と指摘する。仮に新年会に参加したメンバーのうち、腹痛や吐き気などの症状があるのが現時点で男性だけだとしても、被害者の多寡のみで食中毒の認定が左右されることはなさそうだ。
男性「居酒屋に法的な責任を追及できますか」
弁護士「原因が明確なら損害賠償を請求できます」
保健所の調査などで食中毒の原因が明確になり、居酒屋の衛生管理が問題になれば、料理を提供した居酒屋に損害賠償を求めることができる。治療費用のほか、仕事を休まなければいけなくなった場合は、その間の所得を補てんする休業補償も対象となる。被害の程度が大きければ、精神的苦痛に対する慰謝料を求めることも考えられる。
中村弁護士は賠償請求の理由として「本来受け取れるはずだったサービスを受け取れなかったという意味では、(居酒屋の)債務不履行を主張する考え方もある」と指摘する。また、「製造物責任法(PL法)の考え方を適用して、調理をした居酒屋の責任を追及していくということも想定できる」という。
昨年夏に起きた飲食店での生肉による食中毒のケースでは、被害者五人に対し合計七万三千七百円の賠償金が支払われた。内訳は治療費一万八千二百円、慰謝料が三万二千五百円で、被害者の一人には六千円の休業補償が出た。諸経費も一万七千円かかっている。
食の安心・安全への消費者の要求水準が高まり、外食産業の側も衛生管理を徹底している。万が一、食中毒を起こした場合に備えて、日本食品衛生協会などが、食品会社や飲食店が支払う賠償金を支援する共済制度の拡充にも取り組んでいる。
商品やサービスの内容に問題があれば苦情や不満を表明するのは消費者の権利だが、食中毒の場合は医師の診断などが大前提だ。治療費や薬代を請求するには診療明細なども必要になる。法的な責任追及は苦情の延長ではなく、請求の根拠を自ら用意して正当な手続きを踏む必要がある。(安川壮一)
食中毒などで消費者から損害賠償を請求される場合に備え、事業者側も対策を強化している。代表例は飲食関連業者らで構成する日本食品衛生協会が手がけている共済形式の損害保険だ。2006年6月には、店員が顧客の衣服を汚したケースなどにも対応できる「あんしんフード君」を導入した。
08年4月にはフード君の対象を飲食店や旅館から製造業者や販売店にも拡大。中国製冷凍ギョーザ中毒事件を受け、被害を与えた商品と同じラインで製造された商品の回収費も補償するなど、対策強化に取り組んでいる。
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