(続き)


大学生になった。
嵐はCMとか、ドラマとか、テレビで見る位。
その間NEWSや関ジャニ、KAT-TUNなんかの後輩グループがデビューしていた。
新しいデビュー組もたくさんいる中、特別に好きって訳でもないけれど、それでもやっぱりCDを借りるのは嵐だった。


2008年。
大野担としても、嵐としても、転機と言われる年。重要な年だ。
私はこの年、大学を卒業して社会人になっていた。
初めて親元を離れて一人で生きていく。
慣れない環境、慣れない仕事。
直属の先輩ともそんなにうまくいってなくて、ストレスが溜まる日々だった。

久々に連休が取れて実家に帰省した日、その日は大野担には外せないドラマ「魔王」の第一話放送日だった。
何気なく見たそのドラマ。
「大野くんってこんな演技もできるんだ」
大野智に対する見方が変わった日だった。
それまでの大野くんのイメージは「うたばんでの下剋上コントの面白い人」だったから。

(続き)

Jr.から離れていたと言っても、黄金期を知ってる身としては、嵐にタッキーがいないことは衝撃だった。
タッキーが引退する時だいぶ取り上げられていたけれど、それくらいタッキーの存在は大きかったのだ。
他の4人は知ってるけど、大野智?誰?
先ほどのブログでも書いたが、当時本当にその容姿から、堂本光一くんのパクりだと思ったのだ。

チキソーソーとかユアマイソーソーから始まった彼ら。
もちろん中学生だった私達のところにも嵐ブームはきた。
体育の創作ダンスでA.RA.SHIを踊る子達がいたのを覚えている。


時は過ぎ、高校生になった。
成宮寛貴くんが好きになった。

ごくせんとか、STAND UPとか、木更津キャッツアイとか、成宮くんが出てるドラマに嵐がいた。
中でも木更津キャッツアイは友達ともハマって、その後映画も観に行ったり、「ぶっさん展」というパルコであった映画PRの催事にも行ったりした。

その当時は成宮くん推しだったけど(木更津ではアニの弟で出てた)、キャッツメンバーではバンビだなぁなんて思ったり。
そこから嵐だったら翔くんだなぁなんて思ったり。


月日は前後すると思うけど、嵐をずっと気にはなっていた私が、「A.RA.SHI」以降ちゃんと曲を聴いたのは「ナイスな心意気」だった。
きっかけはテレビで歌ってたところを見てからだけど、その時、初めてちゃんと大野くんの歌を聴いたのだ。

上手かった。
透き通る歌声だった。
ジャニーズにこんなに歌の上手い人がいるんだと驚いた。

翌日ジャニーズ好きな友達に「大野くんって歌が上手いね」と言ったことを、よく覚えている。
朝起きてスマホを覗く。
夢じゃないんだなと思ってしまう。


ありがとう 君といた すべての奇蹟に
同じ景色を 同じ想いを 抱きながら歩いてきた


私は山Pと同い年で、嵐とはJr.黄金期時代から時を一緒にした。
もちろん、今までの時間すべてを嵐に注いだって言うと嘘になる。
他の4人は知っていたが、実際大野くんを知ったのは嵐でデビューしてからだった。
その容姿から、堂本光一くんのパクりみたいな人だなぁという印象だった。
今となっては、推しにこんなこと思っていたなんて、なんて失礼なんだと、当時中学生だった自分を怒りたい。

でも、きっと、好きになる準備はできていた。

小学生の時、Jr.だった松潤が推しだった。
当時はKinKi KidsやV6がデビュー組で人気で、その後Jr.の時代がきた。
自分よりちょっと年上の、カッコいい男の子達。
Myojoなどドル誌の切り抜き交換が流行ってたから、なるべく友達と被らないように。
クラスメイトそれぞれがJr.の推しメンを決めていく中で、私は翔くんと松潤どっちにしようかなぁと悩んで、天使みたいにかわいい松潤にした。
小学生時代から、たくさんいるJr.黄金期メンバーの中で、嵐の二人で悩んだ自分に拍手を送りたい。

それから、小学校を卒業して中学生になって、環境の変化もあり、Jr.から心が遠のいた。

そんな私が再び彼らに出会ったのが1999年、嵐のデビューだった。
明けましておめでとうございます☀
そしてお久しぶりでございますあしあと
昨年も相変わらず低浮上ですみませんえーん💦
相変わらず私はマイペースに過ごしてます照れ
今年もひっそりと嵐活も続けますよ〰(笑)
5x20福岡では大好きな智のバースデーをお祝いできましたバースデーケーキ
智スッゴい嬉しそうで、何回もお礼言ってたうお座

and more日程出たし、今年もコンサート行きたいッッ花束
やっぱり私は歌ってる智が一番好きラブ
私事では今年は転職するので、環境が変わる一年になると思いますが、良い人達に巡り会えますようにキラキラ
今年もよろしくお願いいたしますウインク