第三のポルシェの体験は、購入することになった、ポルシェ・パナメーラ4Sである。第二のポルシェ体験以降、ポルシェに対する憧憬は日々膨らみ続け、常々抱き続けることとなる。幼少期の頃から、ポルシェのエンジンサウンドが脳内に刷り込まれていたせいか、街で空冷ポルシェの後ろを走るような機会があれば、ウインドウを降ろし、エンジン音に耳を傾けていた。そして、47歳にしてパナメーラではあるが、遅ればせながらポルシェオーナーとなった。

 

 

 


 ポルシェ購入前はジャガーXJ4.0エクゼクティブ(X308)を所有していた。惚れ惚れするようなボディラインを持つ、ブリティッシュグリーンのジャガーXJはかなり気に入っていた。ジャガーの前はBMW318iMスポーツ(E46)であった。ドイツ車からの英国車の乗り換えた時の第一印象は、両国の自動車文化の違いというべきか、クルマ作りの到達点が別の方向にあるということであった。英国車の場合、と言ってもジャガーXJ(X308)に限定した印象(王室御用達の車でもあるし、英国車の特徴を凝縮した代表格と言っても間違いではないと思う)ではあるが、操舵性のストレスを減らし、軽快感を演出するために必要なメカニズムを加算するのではなく、メカニズムをシンプルにすることによって軽快感を作り出しているような印象を覚えた。

 

 

 

 それゆえに、ドイツ車と比較すると、その乗り味の軽快感に、時としてチープな印象を抱いたのではあるが、それは日本車のような、販売価格帯の縛りゆえのチープさではなく、ある意味慣れてくると優しさや奥行き感のある日本車には無い余裕というべきか、それはそれで許容できるような印象を抱くに至った感がある。

 

 

 逆にドイツ車は、メカニズムを加算することで、特有の乗り味を作り出している。そのため、軽やかさ薄くなるが、運手時の安定感や信頼性につながる。どちらが良いか、それは個人の好みによって異なるが、両者それぞれ良い面を持っている。

 

 

 とは言っても、いざパナメーラを運転してみると、ボディ剛性、ブレーキ性能、走行性能と機械としての完成度では、隔世の感を覚えるほどパナメーラは圧倒的であった。

 

 

 

 

 購入に際しては、970パナメーラの場合、ノーマルの3.6Lエンジンではアウディ製エンジンと聞いていたため、ポルシェ製4.8Lエンジン搭載車と決めていた。パナメーラのエンジンは、そのボディ剛性感同様に極めて堅牢な金属で作られている印象を持つ。シリンダー内で起こる激しい爆発をものともせず封じ込め、高効率的に動力に変換する装置というべきか、運転していてもエンジンの作り込みにおける、ドイツ的な堅牢性を感じずにはいられない。これが、昔から言われているポルシェ製のエンジンの醍醐味であるのだろうか、少なくとも実走行をしながら、ポルシェの「味」を体感することができた。

 

 

 電子制御が進み、ポルシェも40年前のエンジンの制御機構は現在と様変わりしたであろうが、パナメーラでもアクセルを高回転域にまで回した時に発する、幼少時に聞いた、あの凶暴性を秘めたエンジン音は健在であった。なぜか、ポルシェという車は、そのエンジン音も含めて、華燭はないが、目的に特化された、その目的が到達した先にある機械の美しさが持つ、例えば軍用車両や兵器の美しさのような特有の色気を持っているような気がしないでもない。

 

 

 近年は燃費を稼ぐためだろうか、もちろん技術の進化によってボディ剛性を犠牲にした軽量化ではないが、乗り手の感触としては、その軽量化が高級感や機械としての魅力を失ってしまっている感が否めない。メルセデスやBMWといったドイツ車においても、ドアを閉めた時の感触や走りの質感がモデルチェンジの度毎に安っぽくなってきている。

 

 

 2018年はポルシェ誕生70周年の記念イヤーとのこと。長い年月を経て、その間に幾度かのモデルチェンジを繰り返しても、ポルシェはポルシェらしさを失っていなかった。消えない魅力を今も持ち続けているからこそ、モデルチェンジを経てもファンを魅了し続けるのであろう。

 第二のポルシェの体験はタイプ964の911カレラである。ポルシェの本道とも言える、いわゆる空冷のカレラである。この車は大学時代の先輩が中古で購入したものに乗せてもらった。今までは体感したと言っても眺めるだけであったが、助手席に座り、身をもってポルシェを体感できた初めての経験であった。

 

 今から約20年も前の出来事であるが、空冷カレラの乗車印象は鮮烈に記憶している。助手席に座りエンジン音を聴くと、そのコンパクトな外観からは想像できないギャップ感のある、幼少時に聴いた914のエンジン音と相通じるものであった。なぜかポルシェのエンジン音は第二次大戦時のドイツ軍兵器の持つ魔力というべきか、そんなことを連想してしまう。それは男の本能を目覚めさせるような、官能性を秘めたものかもしれない。

 

 そして、アクセルを踏み、発進した時の加速感は今まで乗ったことのある車では感じ得なかった加速感であった。私の父はかなりの車好きであったため、数年ごとに数々の往時の高性能車に乗り継いでいた。その車遍歴は今思い出してもかなりのもので、私の記憶にある限りでは「ハコスカ」のスカイラインGT-R、ケンメリ、いすゞ117クーペ、

(エンスーの森より転載)

BMW320i(E20)

、マークⅡ(X30型2.6グランデ)クラウン・スーパーサルーン(5代目、2ドアハードトップ)、トヨタ・ソアラ2.8GT、ソアラ3.0リミテッド、BMW318i、730i、750i(E32、V12)

BMW328isクーペ(E36)、現在はアルピナB3(E46)など、の栃木の片田舎ではかなりの車遍歴を誇る。

 (写真はwikiより)

 

 私は幼少時からこれらの車の助手席に乗り、そこそこの加速感は経験していたのであるが、911カレラの加速感はこれらの車では経験したことのないものであった。リアエンジンの醍醐味であろうか、まさに背中を蹴飛ばされるような暴力的な加速感、であったのを憶えている。この経験は以降どんな車に乗っても加速感の基準のメートル原器のように私の脳裏にこびりつくこととなった。

 スーパーカーブームの真っただ中を栃木の片田舎の町で過ごしていた幼少期の僕は、写真集や映像で見るような実物のポルシェに遭遇することはなかった。たまに近所の悪ガキが、まるで有名人を目撃したかのごとく「ポルシェがどこどこを走ってたぞ!」と興奮気味に吹聴していることはあったが、その目撃現場に赴いても(走っている現場を見たのであるから)、当たり前のことだが見ることはなかった。

 

 しかし、生家の近くの本屋の駐車スペースに、通常の形を取っていない、一見して国外のスポーツカーとわかる車を目にすることが何度かあった。ある時、運良くその車に接近できるチャンスがあったので、好奇心に駆られ見に行った。

 

 当時の車に関する雑誌やスーパーカーの写真集はフェラーリやランボルギーニ、ポルシェでも930ターボと言った車が多く掲載されていたため、近所の本屋に時々止まっている車に関する情報について、当時幼少期の僕は持ち合わせていなかった。一体この車はなんだろう、と思いながら近づいていった記憶がある。

 

 その車のボディカラーは明るい黄緑に近い緑色をしていた。テールランプの中央にPORSCHEと書かれている。運転席を覗き込むとインテリアは簡素な造りであった。また、メーターパネルもやたら安っぽく見えた。

 

 でも、リアにはPORSCHEの文字。「こんなポルシェ、あったっけ?」と今までに見てきた「ポルシェ」とはかなり異なった印象を抱きながら家に帰った。後ほど得た知識からその車はポルシェ914であることが分かった。私にとっての初めての生のポルシェは914であった。

 

 その914は遭遇以来、家の近所に止まっていることが多く、外出するときには決まってポルシェを確認するために、その場所まで見に行っていた。ある時、おそらく持ち主と思われる人物が、車を動かす気配があったので、動いている914を見たいがために、急いでポルシェの元に走って行った。

 

 すると案の定、持ち主は車に乗り込み、エンジンを始動させようとしていた。僕が車に近づくと、エンジンが始動した。914のボディサイズは当時(1970年代中頃)の車と比較すると、子供の空間認識感覚から見てもかなり小ぶりだった気がする。しかし、914のエンジン音を直近で聴くと、その車のサイズからは想像できない程の爆音を轟かせた。

 

 リアのエンジンを収めるためだけに設われた、車のサイズからは不釣合いなくらいの、広大なスペースに収められたエンジンから発せられるその轟音は、エンジンを覆い被せているボンネットを震わせ、突き破るかのような、暴力的なエンジン音であった。

 

 914のエンジン音で思い出したのだが、昔、草津温泉に行った時、温泉街の土産物屋の店先に檻に入れられたタヌキがいた。かわいいと持って近づくと牙をむき出し、野性味を剥き出して嚙みつこうと飛びかかってきたので慌てて手を引っ込めた経験がある。

 

 914も同様に、親しみを持って近づいたのだが、逆に「なめんなよ」と言わんばかりのエンジン音。小ぶりで洒落た914の外観とそのエンジン音にはかなりのギャップを感じたのを憶えている。これがポルシェを体感した私の最初の経験である。

 

 (写真はwikiより転載)