スーパーカーブームの真っただ中を栃木の片田舎の町で過ごしていた幼少期の僕は、写真集や映像で見るような実物のポルシェに遭遇することはなかった。たまに近所の悪ガキが、まるで有名人を目撃したかのごとく「ポルシェがどこどこを走ってたぞ!」と興奮気味に吹聴していることはあったが、その目撃現場に赴いても(走っている現場を見たのであるから)、当たり前のことだが見ることはなかった。
しかし、生家の近くの本屋の駐車スペースに、通常の形を取っていない、一見して国外のスポーツカーとわかる車を目にすることが何度かあった。ある時、運良くその車に接近できるチャンスがあったので、好奇心に駆られ見に行った。
当時の車に関する雑誌やスーパーカーの写真集はフェラーリやランボルギーニ、ポルシェでも930ターボと言った車が多く掲載されていたため、近所の本屋に時々止まっている車に関する情報について、当時幼少期の僕は持ち合わせていなかった。一体この車はなんだろう、と思いながら近づいていった記憶がある。
その車のボディカラーは明るい黄緑に近い緑色をしていた。テールランプの中央にPORSCHEと書かれている。運転席を覗き込むとインテリアは簡素な造りであった。また、メーターパネルもやたら安っぽく見えた。
でも、リアにはPORSCHEの文字。「こんなポルシェ、あったっけ?」と今までに見てきた「ポルシェ」とはかなり異なった印象を抱きながら家に帰った。後ほど得た知識からその車はポルシェ914であることが分かった。私にとっての初めての生のポルシェは914であった。
その914は遭遇以来、家の近所に止まっていることが多く、外出するときには決まってポルシェを確認するために、その場所まで見に行っていた。ある時、おそらく持ち主と思われる人物が、車を動かす気配があったので、動いている914を見たいがために、急いでポルシェの元に走って行った。
すると案の定、持ち主は車に乗り込み、エンジンを始動させようとしていた。僕が車に近づくと、エンジンが始動した。914のボディサイズは当時(1970年代中頃)の車と比較すると、子供の空間認識感覚から見てもかなり小ぶりだった気がする。しかし、914のエンジン音を直近で聴くと、その車のサイズからは想像できない程の爆音を轟かせた。
リアのエンジンを収めるためだけに設われた、車のサイズからは不釣合いなくらいの、広大なスペースに収められたエンジンから発せられるその轟音は、エンジンを覆い被せているボンネットを震わせ、突き破るかのような、暴力的なエンジン音であった。
914のエンジン音で思い出したのだが、昔、草津温泉に行った時、温泉街の土産物屋の店先に檻に入れられたタヌキがいた。かわいいと持って近づくと牙をむき出し、野性味を剥き出して嚙みつこうと飛びかかってきたので慌てて手を引っ込めた経験がある。
914も同様に、親しみを持って近づいたのだが、逆に「なめんなよ」と言わんばかりのエンジン音。小ぶりで洒落た914の外観とそのエンジン音にはかなりのギャップを感じたのを憶えている。これがポルシェを体感した私の最初の経験である。
(写真はwikiより転載)

