代車で借りた車はBMW740iMスポーツ。現行モデルの最新最上級のモデルに乗れることで期待感は大きかった。

 

 

モデルチェンジの度に大型化しているせいか、すでにBMW特有のスポーティで都会的な感じは微塵も感じられない。

やたらと大きく感じるこの車のエクステリアデザインの目的は、ただステータスを示すことに終始しただけの感がある。

 

いざ運転すると、その期待感は瞬く間に裏切られる。走り出した矢先に感じたことは、ゆらゆらと揺れるサスペンションの作り、まるで小舟に揺られているような感覚。これはBMWの足ではない。元来BMWはグレードの差こそあれ、どれもBMW特有のタイトな足回りを味わうことができた。バランスの取れた剛性感の無い、その軽さしか感じられない足回りは、極論すればカローラフィールダーといった国産車エントリーモデルのそれに似ている。

 

そして、直列6気筒のサウンドを味わうべく、ためしにアクセルを吹かすと何ともモーターが回転するような高音域のキーンとした情けないエンジンサウンド。

 

 

メーターパネル周りの操作系は、時代の流れに呼応してタッチパネルと液晶化されているのは致し方ないとしても、オレンジ色のメーターパネルの照明、とても好きだったなあ。オレンジ色で統一されたメーターパネルの照明はジェット機のコックピットのようなメカニカルな美があり、夜の運転も楽しくさせてくれた。今の液晶化されたメーターにその味わいは一切感じられない。

 

 

 

 

 

つまるところ、G11の740iMスポにはBMWらしさが全くなかった。これには驚かされた。『Freude am Fahren, 駆け抜ける喜び』はどこへ行ってしまったのか!落胆の一言に尽きる。一体どうしたんだ、BMW。

 

私はかつて所有していた、E46、318iMスポーツをこよなく愛していた。高速走行時やコーナリングでの安定感、加速、ハンドリングの心地よい重量感、どれを取っても国産車とは一線を画した作りであった。フェイスリフト後のスタイリングはE21時代から受け継がれるセダンながらもシャープで都会的なデザインを感じさせてくれた。

 

購入した2002年当時、車を評価する上での各要素を総合的に評価しても、E46の完成度の高さは他のメーカーの競合車の追随を許さないほどの出来栄えであったと思う。個人的な意見を抜きにしても、自動車史の中でE46後期モデルは秀逸した車としてのコンセンサスを得られるに違いない。

 

かつては、ドイツ車メーカーはモデルチェンジしても先代のデザインや乗り味を進化させながら引き継ぐことがうまかった。しかし、BMWに限ったことではなく、すべてのメーカーで発表される車の操作系は電子制御に取って代わり、とりわけ各メーカーの上級グレード車になればなるほど、操作系に人間の感覚を介在させることが少なくなりつつある。車好きにとってはなんとも悲しい話だが。

 

既にほぼ自動化されたEV車は実験段階とは言え、自動運転が現実化する時代はもう眼前に迫っている。

 

いま我々は、化石燃料を使った内燃機関から電気自動車、自動運転になる、その過度期の真っ只中に生きている。そんな時代に登場したBMWのフラッグシップである740iは当然、時代に呼応した作りになっている、と考えればBMWの特有のアイデンティティは失われても当然なのなのかもしれない。内燃機関で走る車はゆっくりと終焉を迎えているのだ。

 

この740iに限らず、メルセデス・ベンツ、アウディといったドイツの主要メーカーから発表される車たちは、差し迫っている近未来の車のあり方を優しく教えてくれる、その幕引きのモデルなのかもしれない。なぜなら、今後の我々は、乗り味とかエンジンサウンドなどが全く意味を持たず、自ら運転する必要のない、ただ座るだけで事足りる、自動化された車に乗って生活していくのだから。